犯罪抑止力

満員電車の奮闘ぶりを

自分の目で確かめた愛倫アイリン

電車を降り駅のホームで

黒ギャル派の娘達に尋ねる。


「で、なんであんた達は通報しないんだい?」


ここまで来てようやく愛倫アイリンは、

至極真っ当なことを問うのだが。


「!」


黒ギャル派の娘達は

まるで目から鱗が落ちたような顔をしている。


気を取り直してヤルヤンは質問で返す。


「いや、サキュバスのあたし達が

ハミケツや胸を触られたぐらいで

痴漢を通報出来るもんなんすか?」


「そりゃあ、出来るだろうよ」


「あたし達だって、

こっちの世界で人権てもんが保障されてるんだから」


もちろん異世界からの移民者達の人権は

当然こちらの人間同様に保障されてはいる。

だが、実情に則していないこともあり、

いろいろと判断基準が

グレーと言えばグレーでもあった。


ヤルヤン達からすれば、痴漢行為の対価として

少なからず精気を吸い取っていたのだから、

後ろめたい部分も感じていて

実際に通報という発想に至らなかったのであろう。


そういうことをヤルヤン達と話していた愛倫アイリン

今回の件を何とか出来るかもしれない

アイデアがひらめいた。


-


「すいまないねぇ、

また慎さんの力を借りちまって」


今回の件で、愛倫アイリン

また慎之介の力を借りることにした。


「このお礼は体で払うからね」


「いえ、それは結構ですから」


最近満更でもない慎之介だが、

そう返すのはお約束。


「まぁ、移民者の方々を支援するのも

自分達の仕事ですから。

今回は支援と呼べるのかどうかはわかりませんが」


「そういうのが得意な人間が局内にいまして、

そいつに拡散してもらいました」


慎之介が頼んでネットに流してもらったというのは、

話題になったSK線の痴女が、

実はどこかの痴漢撲滅民間団体による

痴漢あぶり出しのための囮捜査員だという噂。


ネットで大きな話題となったSK線の痴女、

その正体がわかったとなれば、

その話題は同ぐらいネットに拡散されるし、

もしかしたらそれ以上に注目されることになる。


そもそも既に話題になっている事柄、

その上に更に乗っかって被せるのだから、

拡散させるにはそれ程の労力は必要ない。


-


これで痴漢撲滅民間団体による

痴漢あぶり出しのための

囮捜査員ということになった

ヤルヤンと黒ギャル派サキュバス達。

それはネットで拡散され周知の事実となっている。


それは、見えているトラップ、見えている罠。

しかも性質たちが悪いことに

わかっていても必ず引っ掛かる罠。


それが囮だとわかっているのに、

痴漢常習犯がよこしまな気持ちを持って

その電車に近づく限り、

本人の意志とは関係なく、

黒ギャル派達の魅了と誘惑の術に引っ掛かり

引き寄せられてしまう。


邪な気持ちがない者には発動せず、

邪な気持ちがある者にだけ強く発動する、

そうした条件付きの魅了や誘惑の術を

愛倫アイリンは彼女達に教えていた。


そして痴漢行為を働いた場合は、

通報され駅係員に連れて行かれることになる。


まるで痴漢ホイホイのようなものだ。


最初こそ痴漢トラブルで

電車が止まる事案が今まで以上に多発したが、

次第に痴漢行為自体が減って行く。


痴漢する気がある

邪な気持ちの人間がこの電車に乗れば、

確実に捕まるしか道はなく、

それを避ける最も良い方法というのは

この電車に近づかないということになる。


『犯罪抑止力』


ヤルヤン達黒ギャル派サキュバスは

犯罪抑止力としての置物、装置としての役割を

上手く機能させることに成功したという訳だ。


-


そして、痴漢撲滅の功績が認められたのか、

ヤルヤンをはじめとする黒ギャル派サキュバス達は

SK線の痴漢撲滅キャンペーン、

そのポスターのモデルに起用されることになった。


だがさすがに痴漢撲滅ポスターに

胸の谷間とハミケツの写真を載せる訳にはいかないので、

彼女達のアイデンティティーである

胸の谷間とハミケツは封印され、

重装備で撮った写真が使われることになる。


それでもヤルヤンは

お得意のアへ顔ダブルピースで最後の抵抗を試み、

そのままポスターに掲載され爪痕を残す。


もちろんそのポスターにはこう書かれていた。


『痴漢は立派な犯罪です!』






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