肉を切らせて魂を断つ
「そろそろ、決着を
つけようじゃあないか」
ライダーススーツはすでに何箇所も斬られ
そこから
白い肌が露出している。
ソードマスターも
外見は無傷に見えるが
魂にいくつかの切り傷を負っている筈だった。
両手の剣を
体の前で交錯させて
左右をその刃で守り、
ソードマスターへと突進する
――捨て身の策か?
ソードマスターは刹那の間に
敵の行動を予測する。
――横からの太刀筋、袈裟切りは
おそらく左右の剣で防がれる
残された太刀筋としては
正面を上から下へ
切り捨てる軌道のみだが、
それもまた敵の誘いであろう……
おそらくそこに太刀を出した瞬間に
一方の剣で防がれ
もう一方の刃で貫かれる
とは言えこのままでは、
防御の構えから懐に飛び込んだ瞬間
一転して攻撃に転じて来る
残された道は
敵が攻撃に転じた刹那、
相手より早くその身を切り裂く。
――我が『神速の剣』であれば
振り被った刹那、
ソードマスターは
その空いた脇腹から真横に
その筈であった。
しかし、
そこから微動だに動こうとしない。
ソードマスターが
負わせた筈の傷は
太刀が刺さったその瞬間に
すでに塞がれており、
そればかりではなく
体に刺さっている箇所は
同化を果たしていた。
――しまった!
剣を封じるのが目的であったかっ
振り下ろした一刀目もまた
敵を誘い込むためのもの。
ソードマスターが
気づいた時には時既に遅く、
その体は貫かれていた。
いや身体には全く傷はないので
肉体を貫かれている訳ではない、
その魂を貫かれたのだ。
「うう」と呻き声を上げ、
その場に崩れ落ちるソードマスター。
『肉を切らせて骨を断つ』ならぬ
『肉を切らせて魂を断つ』と言ったところか。
技量はほぼ互角か、
相打ちも辞さない
その覚悟が勝敗を分けたのだ。
戦いの終わりを確信する
その息は少し乱れている。
「だから言ったじゃあないか、
体の傷はすぐに治るって」
体に刺さった剣を引き抜く。
「まぁ、最後のはちょっと、
卑怯だって気がしなくもないけどね」
-
「ニンジャマスター、いるんだろ?
出て来なよっ」
日本庭園で闇と同化していた
ニンジャマスターが
影の中から姿を現す。
ソードマスターのことを心配する余り、
夜陰に乗じて敷地内から
ことの一部始終を見守っていたのだった。
「ソードマスターは
あんたに任せたよ
このまま連れて帰っておくれよ」
倒れている同胞に
駆け寄るニンジャマスター。
「数日は起きないかもしれないけれど、
一番治りが早い
『突き』で仕留めたからね、
すぐに魂の穴も塞がって
目を醒ますだろうよ」
ソードマスタ-を軽々と抱え上げ
左の肩に担ぐと
ニンジャマスターは頷いた。
「あたしはあの
なんとかしなくちゃ、いけないからね」
すっかり屋敷も静まり返っており、
先刻のようなどんちゃん騒ぎの音は
聞こえて来ないが、
それはそれでまた別の心配が生じる。
『まさか、殺しちゃいないだろうね』
これ以上マフィアと関わりたくない
即刻帰りたいところ。
「
かたじけないでござる
この恩は生涯忘れませぬ」
ニンジャマスターは
深々と頭を下げた。
「まぁ、いいってことさ
あたし達もいつ
あんたに助けてもらうことになるか
分かったもんじゃあないからね」
それに……」
「魂は斬られたけど、
ソードマスターと
あんたとの
切られなかったってことさね」
微笑を浮かべそう言うと
ソードマスターを担いで
再び闇と同化し消えて行く
ニンジャマスター。
この件に恩義を感じたニンジャマスターは
これから先、
情報屋として、また時には
自ら諜報役や密偵を買って出て、
協力してくれるようになるのだった。
-
その後、
マフィアの屋敷に戻ると、
大親分をはじめ、若頭、
三下に至るまで全員が
既に精気を吸われ
ノックアウトされた後だった。
もちろん全員死んではおらず、
サキュバスの娘達の通常からすれば
かなり控えめな方でもある。
娘達はすっかりご満悦の様子。
その場に倒れている人間全員の
直近数時間の記憶を
消して回る
これで今回の件は、
なかったことになってくれれば
「なんで、あたしだけが、
こんな目に合うのかねぇ
今晩、
襲ってやろうかね、まったく」
愚痴の一つも言いたくなるというものだ。
-
数週間後、
その移民局の
喫茶『カミスギ』を訪れ
ソードマスターに関して報告をした。
「
推挙してくださった甲斐あって、
対異世界人特殊強行班の協力者として
ソードマスターさんが認定されました」
密入国者捜査への協力者として、
自分の代わりに
ソードマスターを推薦していたのだ。
おそらく今後日本で
最もキナ臭いことが起こり得る、
ソードマスターが望んでいる戦場に
一番近い場所になるかもしれない、
その最前線。
それを早期に予想した日本政府もまた
対異世界人特殊強行班なる
大掛かりな部署を新設している。
しかしそれは
心中複雑なものでもあった。
異世界からの密入国者や
移民者達の犯罪が増えれば、
真っ当な移民者への風当たりも
強くなって行くだろう。
自分達が人間と良好な関係を
築こうと努力し続けても、
人間達の反感は
強まって行くばかりなのかもしれない。
そして今はまだ密入国者でしかないが、
もしこの先彼等が侵略者となることがあれば、
元の世界の住人同士が
この人間の世界で対立し
互いに戦い殺し合う、
そんな日がいずれやって来るかもしれない、
などと考え出すともはやキリがない。
-
移民はまだはじまったばかりだが、
ソードマスターに限らず、
異世界から移民して来た者達の大半は
新しい環境に馴染めず、
不安や焦燥感、孤独等を
何かしら少なからず抱えている。
人間にその気はなくても
差別や迫害を受け、
除け者にされていると感じる
異世界の者達も多勢居るに違いない。
そうしたことをきっかけに
裏社会やダークサイドに
堕ちて行く者達もいるだろう、
何の問題もなく
こちらの世界に馴染んでいるのは
サキュバスぐらいのものなのかもしれない。
サキュバスはおそらく
人間が居る世界であれば
何処ででもすぐに馴染めるだろう、
何故サキュバスは
基本的に人間からしか
精気を得ようとしないのか?
異世界にあれだけの種族がいながら、
サキュバスが精気を吸うのは
人間に限られている、
そこに理由があると考えるのは
自然の成り行きでもあろう。
そこから考えて
導き出した結論。
――サキュバスという種族は
――人間という種族を愛している
――魂に刻み込まれているレベルで
その根底にはこの
いわゆる人間の屑に思えるような者達の
腐った魂が美味と感じられるのも、
こちらの人間の親が言うところの
ダメな子程可愛いと言う心情に近いのだろう、
などと勝手に想像したりもする。
人間の存在なくしては
サキュバスもまた
存在することが出来ない、
それが
そしてそれはおそらく
神も悪魔も同様な筈……
それが千年の時を経て
-
移民局の慎之介は
現在起こっている摩訶不思議な現象を
パートナーとしての二人の活動は
まだはじまったばかりだ。
「最近、路上で突然死する人が
多発していまして、
あまりにも不自然なので
何か原因があるのではないかと……」
頷きながら詳細を聞く
「そうだね、また
ニンジャマスターに調べてもらった方が
いいかもしれないね」
地下であるにも関わらず
天井から声がする。
「拙者なら、もうすでに
ここに居るでござるよ」
今回もまた天井にある
換気口の格子を外して
狭い穴からぬるっと降りてくる
ニンジャマスター。
新しい助っ人が一人増えていた。
「こんなこともあろうかと、
ずっと天井で待機させて
もらっていたでござる」
「いや、だから、毎回言うけど、
お願いだから入り口から
入って来ておくれよっ」
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