神々再誕編

Ep.01 天を照らす男


 『人では人を管理できない。故に、人では星を管理できない』


 長い年月をかけて、地球という星の頂点に君臨する生物ーー人間。

 他の生き物にはない知能や知性を持ち、圧倒的数を誇る生物である。

 しかし人間は完璧ではない。己の幸福を満たすためであれば、数を率いてを排除する。己の生を満たすためであれば、容赦なくを狩る。己の進化のためであれば、躊躇なくを蹴落とす。そう、それが人間である。


 ではなぜそんな人間が地球を支配できているのか。知能が優れているから? 数でを圧倒しているから? どれも違うし、正直なところ答えなど誰にもわからないのかもしれない。


 ーーしかし、2023年某日。本来であれば、その答えに人類が辿り着けるわけもなかったのだが、その答えは自ら地球に姿を現した。

 そして人類は知ることとなる。自分たちがいかに下等で、無力な生き物であるのかと。



********************



 突如、全ての生物が倒れた2023年より遡ること5年前。

 今思えば、これは今回の現象の前兆だったのかもしれない。


 ことの発端は、大阪のとある場所にある中小企業の事務所内。

 そこに勤めている24歳会社員の男は、いつものように上司から、所謂"パワハラ"を受けていた。


「24年間も生きて、上手になったのは謝ることだけだな。ほんと、お前の人生価値ねぇな」

「はぁ〜〜あ、使えねぇな、ほっんとに。逆に何ができんの? 気持ち悪りぃなマジで」

「あのさ、もうさっさと辞めるか、消えてくれや」


 彼は仕事ができない訳ではない。こうなったのは、ほんと些細なことだ、1回の飲み会を断ったという。だがそれでもここまで言われる筋合いはない。なのに……

 それでも、この理不尽を前に男は耐えた。何度殴ってやろうと思ったことか。何度殺してやろうと思ったことか。それでも彼は耐えた。

 今の社会では、職を失えば全てを失う。だからこうして、謝ることが1番なんだと、毎度毎度怒りを抑えて耐え忍んだ。


 しかし、何故だか今日は違った。


「あ〜〜ぁ、もういいやーー『殺してしまおう』」


 脳裏によぎったその殺意は、溜まり溜まった怒りを晴らすかのように、上司の男に牙を向けた。


 そして気がついた時には、男は上司の頭を握り潰していた。


「あぁ〜〜、最高。なんて気分だ。こんなに気持ちがいいなら、最初からこうしてれば良かった」

 

 愉悦に浸り、潰した頭を見つめながら笑う男。

それを見て、唖然とする先輩、泣き叫ぶ後輩、昨日愚痴を聞いて慰めてくれた同僚の怯えた表情。


 そのどれもが、彼にとっては、ただただ快感だった。


 そしてこの時、男は悟った。


「そうか……俺は神の力を手に入れたんだ」と。


 この異常な現象は、ここ大阪だけで起きたわけではない。

 日本を飛び越え、あらゆる国や地域で、彼のように突然変異による力の暴走、限界を超え、到達できるはずのない力を手にした人間が次々に現れたのだ。

 

 世界中が混乱に陥る。


 力を手に入れた者達は、"変異種ヘンイシュ"と呼称され、善悪関係なく、各国政府は軍や警察を手配し、変異種の確保に動いた。


 それから数日、発表通り変異種の捕獲作業が開始される。

 大方の予想では、個vs国なわけだから、抵抗をやめて降伏すると思われていた。

 だが、変異種は誰1人として従わなかった。そう、国と争う決断をしたのだ。

 普通に考えれば、数も武力も圧倒的に国が有利だ。だが、1つ誤算があった。

 驚くことに変異種には銃や兵器といった化学武器が一切効かなかった。そのせいで、争いは長期化した。


 それから数日後。複数の国は確保を撤回し、見つけ次第即時死罪を決定する。

 人と、"元"人の力による争いは、次第に周囲にまで影響を及ぼし始めた。


 そんなある日、ある国の変異種が数名、1人の男によって討伐された。

 それは警察や軍の人間ではなく、同じ変異種であった。

 変異種には変異種を。この日より、政府に加担する変異種とそうでない変異種の"共食い"が始まった。

 そして、5年という月日をかけて、完全解決とまではいかないが、どこの国も変異種の暴動を抑制した。

 しかしそんな中、『あの日』が訪れる。



     〜〜2023年某日〜〜



 謎の声が聞こえ、突如起きた現象により全ての生物が気絶してから数分が経過し、倒れたものたちは徐々に目を覚ましていく。


 気を失ってほんの僅か。体感的には、少し眠った? くらいのものだった。


 ただ、意識を取り戻してすぐに気がつく。肌に触れる空気の感覚、耳に聞こえる自然の音、目に映る景色は変わらないのに何かが違うという、まるで壮大な違和感に。


 しかし、彼らが気づいた違和感はまだ始まりに過ぎなかった。


 少し前まではあったはずの人類にとってのありふれた平穏な日常は、もうどこにも存在していなかった。


 世界は非情。平穏は崩れ、想像を絶する現実が彼らを待ち受けていた。



      〈某巨大研究施設〉



「バ……バカな、あり得ない……。太陽と月が……消滅した」


「冗談だろ?? じゃあなんでこんなに外が明るいんだ!? って……あれ? いま夜中なのになんでこんな……」


 最初に気づいた異常、それは月と太陽の消滅。

どう考えてもどちらもヤバイことで、普通に地球が終わる……かと思われたが、おかしなことにこれといって世界に危険は起きていないし、起きる気配もない。その代わりに、月と太陽とは似て非なる目の形をした謎の恒星が誕生し、それは常に空から地上を見下ろしていた。

 

 次に2つ目の異常、それは時差が消えたこと。

厳密に言うと、朝の6時から18時までは全世界が明るく、18時から朝の6時までは全世界が暗くなるというものだ。これにも、世界中にいる学者が頭を悩ませ、次第に考えることを辞めた。なぜなら、それが当たり前となってしまったからだ。

 

 そして3つ目、この異常だけは、考えることを辞めたくても辞めれない、消えて欲しいと願っても消えない、最も災厄なものであった。


     

     〈カナダ首都オタワ〉



「そ、空をご覧ください! 翼の生えた巨大な……人? あれは人なんでしょうか?! 

所々に赤い皮膚、指の爪は刃物のように尖ってます!! まるで、あれはドラゴンのようです!! 首都オタワの上空を優雅に飛行してます!」



   〈エクアドル ガラパゴス諸島〉



「ーーこちら前衛部隊。……っ隊長、発見しました! 通報通りです。デ、、デカイ……。 この距離から見ても3メートル以上は優にあります!!」


「あぁ、映像で確認済みだ。全身毛むくじゃらで、顔も何もかもわからんなぁ。ただ、唯一ハッキリしているのは、あんな生き物は見たことがない……変異種でもない。まさしく"人外ジンガイ"だ」



  〈アメリカ合衆国 ワシントンD.C.〉



「国民の皆さん、落ち着いて避難してください。これは訓練ではありません。繰り返します、これは訓練ではありません!! まず、一眼ヒトツメの個体には触れない、三眼ミツメ四眼ヨツメに遭遇した場合はタダちに避難、ならびに下記連絡先にご連絡ください。これは訓練ではありません!!!」



   〈ロシア連邦首都 モスクワ〉



「アルチョム大統領。戦闘準備整いました」


「よし、決して殺すんじゃないぞ?? 必ず生け捕りにしろ。多少、犠牲も出るだろうが気にすることはない。"あれ"を捕らえることができれば、我が国の未来は安泰だ。ふっふっふっ」


 ロシアやアメリカ、それ以外にも世界のあらゆる国や地域で"何者"かが突如出現した。


 人々はそれを"人外"と呼称し、その人外を排除するための戦いが始まっていた。


 そんな中、世界から見てもそこそこの大国であるはずの日本では、意外にも他の国と違いまだ何も起きていなかった。



     〈東京都内 某所〉



 この日、内閣総理大臣による、緊急記者会見が行われた。


景徳ケイトク新聞です。

"人外"による被害が世界各地で相次いでおりますが、日本での出没情報等はまだ耳にしておりません。進展等はございますでしょうか」


「えぇ、いま現在日本において"人外"が出現したという情報はございません。進展等があれば周知シュウチし、対処を検討する次第でございます」


「ーー朝開チョウカイ放送です。

円城寺エンジョウジ総理。今、世界で起きていることに対して、日本はどう対応なされるおつもりですか」


「えぇ、他国から要請があれば、検討する次第ではございますが、こちらについても未だ進展等はございませんので分かり次第、発表する所存ショゾンでございます」


「ーー今日コンニチ放送です。

人外と変異種には何か関係がありますか」


「えぇご存知の通り、変異種は未だ解明できていない謎の多い存在です。今回の人外と変異種に関連性があるかどうかも不明であります」


 記者たちの雨のように降り注ぐ質問になんとか答える 内閣総理大臣 円城寺エンジョウジ正孝マサタカ


 類に見ない緊急事態故、この会見は予定時間を大幅に超えた。



********************



    〈東京都新宿区歌舞伎町〉



 同刻、大雨が降る中、屋根のない潰れた店の前の階段に座る1人の男。男は顔を上げ、空をジッと見つめていた。


 そんな男を、遠くから見つめる4人の者たち。


「ーーいた。こいつで記念すべき10人目だ」


「そうだな。俺たちも早く英雄になるぞ」


 男たちは、階段に座る男に近づき声をかけた。


「おい、お前! 変異種だな? 俺らは個人で変異種狩りをしてる者だ。まず名前を聞こうか」


 ※変異種狩り

変異種を狩り、売り捌いて生活をしているもの。

変異種1人当たり約5000万、買い手によっては1億出すものもいる。


「つうか、そもそも変異種が1人で外出歩いたらダメだぜ? 常識だ。なぜなら、俺らみたいなのに殺されちまうからな。で? お前、名前は?」


・・・・


「おい!」


 その声に反応した男は、ゆっくり視線を下げ、彼らを睨みつけた。


「……そうやって、殺した相手を売りつけて金儲けをしてるのか?」


ッ!?


「はぁ、図星か。全く目障りな乞食ゴジキだな。まぁしかしお前らは運がいい。俺は考えごとをしている。だから今は殺さない。後で殺してやるから、やり残したことをしてこい。最後に罪を償うチャンスをやる。ーーほら、行け」


 そう言うと、男は再び天を見上げた。


「ははっ!! こんなバカ久しぶりに見たぜ! もしかして俺らが普通の人間に見えてるのか??」


「だとしたら傑作だな(笑)」


「なぁアンちゃん、状況が見えてねぇようだな。4対1だぞ? 4対1。変異種同士の戦いは数がより多い方が勝つ。これも常識だ。この状況で俺らに勝つ? ふ、そんなことできるやつ、俺は1人しか知らねぇ」


「そうだな、あいつしかいねぇな。つうことで、残念だがお前じゃ勝つどころか、逃げることも出来ねぇぞ」


・・・・


「ちっ、また無視かよ。はぁ……正直、名前ありの方が高く売れるから聞いてやったのに。あ〜〜もういいや。適当に偽名つけて売り飛ばすか。遺言は……ねぇな。よし、あばよ兄ちゃん!!」


 4人は一斉に男に飛びかかった。だがーー



        "グチャ"



 その鈍い音とともに、飛びかかった4人の頭は潰れ、首から下を残し、他に伏した。


 雨音がより一層強くなる。


 それでも変わらず天を見つめる男は、雨に打たれながら、

       

        

       「……黙れ」



 男が発した言葉で、土砂降りだった雨は止み、空から光が差し込んだ。


 男は、無残にも頭のない状態で倒れ込む4人を見つめ、


「雨音で折角の忠告が聞こえなかったのか、将又ハタマタただの脳無しか……どちらにせよ、残念だ。誰にだって悔い改める機会はあるというのに」


 男はゆっくりと立ち上がり、転がる死体の前に座り込んだ。


「ーーアマネ 千年チトセ。唯一お前達が恨んでもいいの男の名だ。生まれ変わって殺しに来い。そん時は、また殺してやる」


 そう言い残すと、物陰から現場を目撃してしまった通行人の背後に移動し、


ムシが湧く。"頑張れ"と伝えろ」


 そう耳元でササヤくと、男は姿を消した。


 平穏だった日本にも、徐々に"変化"が起き始めていた。

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KanNagi 〜神物語、地球に襲来 ヒトニカ  @kawaharamasayuki

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