第23話 打ち上げ

 夜。

 アンデッド軍との防衛戦の打ち上げのために酒場にやってきた。

 ボルトン団長を始めとした衛兵の同僚たち。

 そして第五分隊の仲間たち。

 戦いによって、誰一人欠けることがなくて良かった。


 酒場は衛兵団で貸切となっていた。

 しかも、代金は取らないのだと言う。

 酒場のマスター曰く、

「あんたたちは今回の戦いで、立派に戦ってくれたからな。おかげで俺たちは何一つ損害を被ることがなかった。そのせめてもの礼だ」

 ということらしい。


「立派に戦ったって言っても、実際にアンデッド共と戦ったのはこいつらだけだ。俺たちはただ待機してただけだ」

 ボルトン団長は苦笑しながら言った。

 それを聞いた酒場のマスターは驚きに仰け反った。

「こいつらだけって……たった四人の衛兵で!? いやあ、強いんだなあ。あんたたちがいてくれればこの街も安泰だ」


 マスターが嬉しそうに俺たちの肩を抱いてきた。


「それに比べて騎士団の連中は……。王族や貴族連中、秘宝しか守る気がねえ。街の人間はどうでも良いと思ってやがる」


 酒場のマスターは忌々しげな表情で吐き捨てる。


「けど、奴ら、今回は衛兵団に面目を丸潰しにされたからな。ざまあみろだ。俺たち街の人間からしても気分がいい」

「……ま。そのおかげで目を付けられそうだけどな」


 とボルトン団長が頬杖をつき、葉巻を吹かしながら面倒臭そうに呟いた。

 マスターは俺たちに向かって言った。

「今日は皆、好きなだけ飲み食いして、英気を養ってくれ」

「いやっほーう! おっさん、話が分かるじゃねえか! 懐具合を気にしないで呑む酒がこの世で一番美味いからな!」


 と酒飲みのスピノザは大喜びしていた。


「今日、街の巡回に行った時、色々な人たちから感謝されました。この街を守ってくれてありがとうございますと」


 俺の向かいに座っていたセイラが昼間の光景を思い出して呟いた。


「ああ。そうだったな」


 街の人々からは口々に感謝の言葉を投げかけられた。

『あんたたちのおかげで助かった』

『この街を守ってくれてありがとう』

『俺たちのために戦ってくれる姿、最高に格好よかった』

「私たち衛兵は街の人たちを守るためにいますから。激しい戦いでしたが、皆さんの言葉を聞いて頑張って良かったと思いました」

「セイラは皆に感謝されて、ボロ泣きしていたからな」

「そ、それはもう蒸し返さなくていいじゃないですか! 私はそこまで活躍していないのに感極まっちゃいましたけど!」

「いいや。俺からすると、充分頑張っていたように見えた」

「――えっ?」

「セイラがいてくれたからこそ、あの短時間で奴らを倒すことが出来た。俺一人では到底出来なかったことだ」


 俺はセイラに言った。


「だから、もっと自分に自信を持ってもいいんじゃないか」

「あ、ありがとうございます……」


 セイラはそう呟くと、頬を赤らめて、俯いてしまった。


「どうしたんだ? やけにしおらしくなって」

「い、いえ。今まであまり褒められることがなかったもので……。しかも尊敬するジークさんに仰って頂いたものですから」

「ウフフ。要するにセイラは照れているんだよ」


 俺の股の間からファムがひょこりと顔を覗かせた。


「ファム。お前、どこから出てきてるんだ……」

「僕はシャイだからね。日の当たる場所に出ることに抵抗があるんだ。故に影や隙間に姿を潜めているというわけだよ」

「シャイな奴は人の股間から登場しないだろ」


 俺は冷静にツッコミを入れた。


「それにしても、君は部下のこともちゃんと褒めるんだね。前任の分隊長は、他人の手柄も平気で横取りするような人だったのに」

「俺一人で戦ったわけじゃないからな。セイラやスピノザ、ファムがいたからこそ奴らを全滅させることができた」


 それは紛れもない事実だ。

 俺がアンデッド軍の攻撃を全て止めたところで、奴らを攻撃する者がいなければ、戦いに勝利することは出来ない。

 どれだけ頑丈な盾があったとしても、盾だけでは勝つことは不可能だ。切れ味の良い剣があるからこそ、盾が活きるのだ。


「自分の活躍よりも、まずは仲間を立てる……か。君は元冒険者だったとは思えないほどよく出来た人間だね」


 だけど、とファムは続けた。


「その性格だと、これまでに損をすることも多々あったろう。例えば、パーティの仲間に自分の活躍を理解されなかったりね」


 思い出したのは【紅蓮の牙】のことだった。

 彼らは誰一人、俺がパーティでどのような働きをしているか知らなかった。敵の攻撃を全て引き受けているということも。

 俺もまた、敢えて自分から言い出すことをしなかった。

 それは誇示してるようで、無粋だと思ったから。


「ウフフ。その表情、心当たりがあるんだね」


 とファムは俺の内心を見透かしたように言った。


「きっと、君が抜けた後、パーティの仲間たちも気づくだろうさ。君がどれだけの働きをしていたのかということを」


 そうなのだろうか。

 いずれにせよ、もう終わった話だ。 


「――さて。僕は君に褒めて貰ったわけだけれど。言葉だけとは少し寂しい。どうせならご褒美が欲しいと思ってね」

「ご褒美?」

「いかにも。隊長直々にね」


 とファムは言った。

 ……いったい何を要求されるのだろうか。


「あまり高いものは買えないぞ。給料が入ってないからな」

「ウフフ。それなら心配しなくてもいいよ。高いものじゃない。君はただ、褒め言葉と共に僕の頭を撫でてくれればいい」

「――はい?」


 と俺は聞き返した。


「え? 頭を撫でるだけでいいのか?」

「前にも言っただろう。僕はね、かまってちゃんなんだ。承認されたいんだよ。そのためにも褒めながら頭を撫でて欲しい」


 真面目な顔で言うファム。


「まあ。それくらいなら」


 俺は了承すると、ファムの白銀の髪にそっと触れる。


「……これでいいのか?」

「ダメだ。ちゃんと褒め言葉も添えて」

「……ファムがいてくれたおかげで助かった。お前の的確な弓の援護がなければ、俺たちはきっとやられていただろうな」

「ウフフ。自分の気に入った人間に承認される。これは至福の時間だね」


 ファムは満足そうな表情をしていた。

 ……捻くれているように見えて、意外とチョロいのか? いや、照れている俺の反応を観察したいだけかもしれない。

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