第21話 無双

 アンデッド軍を統べる頭目――リッチは目の前の光景が信じられなかった。

 彼は百の軍勢を率いて王都アスタロトへと進軍した。

 門前に待ち構えていたのは偵察で確認した通り、たった数人の衛兵のみ。


 ひょっとすると光のオーブはすでに別の場所に移されたのでは? しかし、秘宝の反応は間違いなく王都の中から出ていた。

 人間たちは勝ち目がないと悟り、早々に匙を投げてしまったのだろうか?

 

 いずれにしてもこの戦いはすでに勝ち戦だ。衛兵が守る正面の門を突破し、百の軍勢を引き連れて一気に王都に攻め込む。

 ――そういう手はずだった。


 しかし、戦闘開始から一時間余りが経過しても、一向に攻め込める気配はない。未だに門を突破することができない。

 それどころか、兵たちは次々と返り討ちにされてしまう。


 ――バカな。百の軍勢があっという間に倒されているではないか! たった数人の衛兵を相手に何を苦戦しているんだ!?


 奴らは強かった。


 金髪の女――仲間がスピノザと呼んでいるのを聞いた――は人の背丈ほどもある巨大な大槌を縦横無尽に振り回し、アンデッド軍を蹴散らしていく。骸骨剣士たちは再生不可能なほど粉々に潰されてしまった。


「どんどん掛かってきな! 全員、このあたしがぶっ飛ばしてやるよ!」


 と叫びを上げる彼女は獰猛な獣のようだった。

 それに露出の多い奇っ怪な鎧を身につけた女――セイラと言うらしい――は無駄のない洗練された剣筋でアンデッド兵たちを次々と斬り伏せる。

 かなりの腕前の剣士だ。


 だが、あの装備であれば、一撃を浴びせれば致命傷になる。

 大勢のアンデッド兵たちを相手にしていれば、必ず隙は生まれる。

 そして、まさに今その隙が生まれたところだった。


「ヒャハハ! 貰った! ――ぐあっ!」


 セイラを狙おうとしたアンデッド兵の脳天を、矢が射貫いた。弱点の脳を潰され、その場に膝から崩れ落ちると動かなくなる。


 ――どこから撃ってきたんだ!?


 衛兵たちは三人ぽっちだと思っていたが、どうやらもう一人いるらしい。

 見えないところから、衛兵たちをフォローするように矢を放ってくる。

 距離がある上に、戦闘中はどの兵も激しく動き回っている。それをどれも一撃で仕留めてしまうとは、末恐ろしい射撃の技術だ。


 何よりも――あの男だ。

 がたいのいい屈強な男――ジークと呼ばれていた――は誰よりも矢面に立ち、こちらの兵たちの攻撃を一身に受け止めていた。

 本来ならもう、とっくにくたばっているはずだ。

 にも関わらず、奴はダメージを受けた様子がまるでない。

 ひょっとして無敵なのではないか? 思わずそんな恐怖がよぎってしまうほどの、尋常じゃない体力と防御力を有していた。

 リッチはアンデッド兵たちに叫びながら指示を出す。


「どいつもこいつも、その男ばかり狙うな! その男は異様に頑丈だ! まずは他の衛兵たちから順番に潰していけ!」

「そ、それが――出来ないんです! 他の衛兵を狙おうとしても、気づいた時には、あの男に意識を向けてしまって……!」

「まるで強制的に狙わされているかのような――」

「何だと……!?」


 さっきからどの兵もあのジークとか言う男ばかりを狙っていた。

 強制的に狙わされているのだとすれば、奴はスキルを使い、自分にアンデッド兵たちのヘイトを向けさせているのだろう。


 それだけじゃない。

 他の衛兵たちに放ったはずの攻撃も、全て奴のところに吸収されてしまう。

 剣も、魔法も。

 百の軍勢の攻撃を一身に受けてなお、奴はまるで応えていない。

 攻撃を全て止められてしまったら、なすすべもない。

 他の衛兵たちの激しい攻撃にただひたすら蹂躙されるだけとなる。


 こんなはずではなかった。

 リッチが率いるアンデッド軍は、未だ過去の戦闘の傷を引きずった人間たちを圧倒することが出来るはずだった。 


 なのに。

 たった一人。

 たった一人の衛兵の存在によって全てを狂わされてしまった。


 ……ジーク。奴は紛れもなく化け物だ。無敵の盾だ。


 もしかすると、国一つを容易に滅ぼしてしまう魔王様の攻撃ですら、奴は止めることが出来るかもしれない。

 そうしているうちにアンデッドの軍勢は壊滅していた。

 もはや、力尽きずに戦場に立つのは自分のみになっている。

 ジークと呼ばれる男がリッチの方に歩み寄ってきた。


「来るな! 来るなあっ!」


 リッチは次々と高位魔法を撃ち放った。

 それらは全て奴の身体に直撃した――が、歩みは止まらない。

 奴が目の前に来た時、リッチは敗北を悟りその場に膝をついていた。アンデッド兵たちの無数の骸の中に佇みながら、呆然と項垂れる。

 それをジークと呼ばれる男は冷たく見下ろしていた。


「くそっ……。お前さえ……お前さえいなければ……光のオーブを我が手中に収めることが出来ていたのに……!」

「俺が門番でいる限り、ここは誰も通さない」


 ジークと呼ばれる男は剣を振りかぶると、リッチの首を撥ねた。この瞬間――百もいたアンデッドの軍勢は完全に一層された。

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