第14話 問題児

 今日から新たに始動した第五小隊。

 しかし、俺とセイラ以外の隊員は出勤してきていなかった。

 ものの見事にサボりをかましていた。

 他の衛兵たち曰く、これは珍しいことではないらしい。むしろ、そいつらが普通に出勤してくることの方が珍しいとか。


「よくそんな連中がクビにならずに放置されてるな……」

「彼女たちは素行にこそ多少の問題はありますが、実力は間違いありませんからね。街の防衛には欠かせない人材です」


 セイラが俺の疑問に分かりやすく答えてくれた。

 衛兵にとって何より必要なのは強さだ。

 もちろん、それに加えて協調性があれば申し分ないが、その不足分を埋めるくらいには彼女たちは腕があるということだろう。


「取りあえず、そいつらを出勤させないといけないか……」


 このまま放置しておけば、上司である俺の管理責任を問われてしまう。

 ……全く。大変な小隊を押しつけられたものだ。


「セイラ。隊員たちが今、どこにいるのかは分かるか?」

「そうですね。この時間ですと、スピノザさんは酒場にいると思います」

「え? 酒場? 今、朝だぞ?」

「スピノザさんはいつも夜通し呑んだくれていますから。朝まで呑んで寝て、夕方になると起きてまた呑むの繰り返しです」

「もう問題児の匂いがプンプンするな」


 むせ返ってしまいそうだ。


「まあ。居場所が分かってるのなら、接触すること自体は楽そうだ。セイラ。悪いが俺をその酒場に案内してくれるか」

「はい! 任せてください!」


 俺はセイラに連れられて街の大衆酒場へと向かった。

 大通りの一角にその場所はあった。

 扉を開けて中に入ると、嵐が通り過ぎた後のように荒れていた。

 テーブルの上には空になったジョッキや酒樽が散乱しており、酔い潰れた客がそこら中の床にぐったりと倒れ込んでいた。


「これは……酷いな……」


 いったいどんな飲み方をしたらこの惨状が生まれるんだ?


「いました。あそこです」


 セイラが指さした先――奥のテーブルに死んだように突っ伏した女性がいた。


「スピノザさん。起きてください」

「んあ……?」


 スピノザと呼ばれた女性は気怠そうに顔を上げた。

 鮮やかな金色の髪。刃物のように鋭い目つき。

 思わずはっとするほどの美人だ。

 しかしそれを帳消しにするほど柄が悪かった。

 目の下には隈が浮かび、二日酔いの顔色は悪い。それに尋常じゃないほど酒臭い。どれだけ呑んだらこうなるんだ?


「セイラじゃねえか。……ったく。夢に仕事の同僚が出てくるんじゃねえよ。せっかくのいい気分が台無しだっつの」

「夢じゃありませんよ。私は現実の登場人物です」

「…………」


 スピノザはじーっとセイラの方を見つめると、


「どれ」


 とおもむろに手を伸ばしてセイラの胸を揉んだ。


「な、何をするんですか!?」

「や。これが夢か現実か確かめようと思ってさ。けど、この感触は間違いねえな。目の前にいるセイラは本物だ」

「そんな確かめ方をしないでください!」


 セイラは両肩を抱くと、顔を真っ赤にして抗議していた。

 スピノザはその様子を見て、ニヤニヤと嬉しそうにしていた。……コミュニケーションの取り方がセクハラオヤジと同じだ。

 スピノザはそこでセイラの隣にいる俺の姿に気づいた。


「……ん? あんたは?」

「俺はジークだ。一ヶ月ほど前に入団した」

「ふーん。道理で見ない顔だと思ったぜ。そりゃそうか。あんたが入団してから、あたしはろくに出勤してないんだからな」


 堂々と言うことじゃない。


「ジークさんは入団してから僅か一ヶ月で分隊長に昇進したんですよ。それで今日からは私たちの上司になるんです」

「あ? じゃあ、前の分隊長の野郎は?」

「彼はその……お辞めになりました」

「ほーん。ま、どうでもいいけどな。雑魚に興味はねえし」


 スピノザは小指で耳をほじりながら、俺に目を向けてくる。


「――それで? その分隊長様が、あたしに何の用だよ。もしかして、親睦を深めるために飲み会でも開きに来たのか?」

「まだそんな時間じゃないだろ」

「分かってねえなあ。酒ってのは、呑みたい時に呑むもんなんだよ」


 完全にアル中の発想だった。


「俺はあんたを出勤させに来たんだ」

「断る」


 スピノザは即座に切って捨てた。


「いや、断るじゃなくてだな……。雇用契約をしている以上、あんたは賃金を得る代わりに出勤する義務がある」

「正論を語るなよ。胸焼けしちまうじゃねえか」


 スピノザはつまらなそうに言った。


「あたしは自分よりも弱い奴の命令に従うつもりはないね」

「なら、俺があんたより強いことを証明すれば、言うことを聞いてくれるのか? ちゃんと毎日出勤もすると」

「まあ。そういうことになるね。……けど、あんたがあたしに勝てんのか? 見たところそんなに強そうには見えないけどな」

「勝てる自信がなければ、口にしたりはしない」


 俺がそう言うと、スピノザはにやりと愉しそうに笑った。

 その目には、好戦的な光が宿っている。


「上等じゃねえか。あたしがあんたのことを見極めてやるよ。あたしを従わせるだけの器を持った男かどうかをよ」

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