第3話 私達の娘を返して
第三の被害者小学生Cがとうとう出てしまった。
「小学生連続誘拐事件捜査本部」に僕も再集結した。
暫くざわついていたが、その扉を思いっ切り開ける音がした。
皆、しんとなるから、本部の看板がガラリガラと音を立てて倒れるのが余計に響いた。
「私達の娘を返して! あかりを返してよ!」
「頼む。どんなことをしてでも、元気なあかりを連れ戻して欲しい」
松川あかりさんのご両親だろう。
僕は独身だが、殴り込みはあるものかと思った。
親だもの。
子を案じない訳がない。
「警視庁を首になりなさいよ。何もできないなら、役立たずでしょう!」
あかりさんの母親などは、泣き咽びながら、怒鳴り込む。
「首になる前に娘を探し出してくれ。警察の方々」
父親が、母親をなだめる。
「な、それでいいだろう。お前」
そのときのグラマラスバディーに目をやると、肩を震わせていた。
「可愛いお嬢様は、きっとご無事です」
「松川様、松川あかりお嬢様のいらっしゃる所を必ず探してみせますわ」
「難事件は必ず解決! 真一様指令下の特別捜査員です!」
ビューティーさんは太ももからラブさんは胸元から、輝く旭日章を出す。
「何の変身ごっこだ? おふざけは要らないんだ」
「ご尤もで。こやつらのことは、お気になさらず」
僕は、文句をつけながらも、グラマラスバディーを追い出さない三國捜査本部長が気掛かりだ。
「奥様は、編み物がお好きでしたわね」
「それが、どうかしたの? 今は、関係ないでしょう」
ラブさんが天に向かって、「いらっしゃい。私のお友達」と腕を伸ばすと、いつの間にか両腕に大きな編み物が降りて来た。
「グラマラス・ラブと申します。お嬢様は、ご無事です。このブランケットをよろしかったら」
「ま、まあ! 引き上げ編みで随分と立体的になっているのね。それに、この暖色系の色合いにグレーが素敵だわ」
母親は、気が付いたようだ。
「ここに、『まつかわ あかり』と編み込んである。ああ、あかり。あかりちゃん……」
母親が夫の胸で涙を隠した。
ブランケットを父親がそっと掛ける。
「すまん。家内は、少々混乱しており」
母親の様子を見て、あかりさんの父親が落ち着いたのか、声のトーンを落とした。
いや、僕には疲れがピークになったと見える。
「グラマラス・ビューティーです。出張の多い旦那さんには、ターサと呼ばれる甘いお手製お菓子です。召し上がってください。お疲れも取れますよ」
暫し、遠慮がちだった父親が、緑茶と共にターサを頂く。
「ん、劇的に甘くて美味しい。うんまいです」
心労か、涙をぽろりと流している。
取り敢えず、現場の喧騒は落ち着いた。
ご両親には、隣室にてお待ちいただく。
「ご両親にとって、お嬢様の存在は大きいのですね」
「私は、絶大だと思いますわ」
「……ラブさん。僕は微熱が止まりません」
「はて?」
◇◇◇
「おい、グラマラスバディー。君らは役に立たんではないかい」
三國捜査本部長がホワイトボードに拳を当てる。
「次は、犯人が現れる小学校を絞って囲い込みましょう」
ビューティーさんがラブさんにアイコンタクトを送る。
「私もそれがいいと思うわ」
「010101010101001001001001001011111000010010110! 分かりました」
長いよ。
「で、ビューティーはどこだと思うの?」
「東区よ。東スミカ小学校です。これしかない程の精度、98パーセントがここを示しております」
ホワイトボードの地図に印を付けた。
少々海岸線に近い学校で、小学一年生は特に水の害に遭わないように気を付けている。
「私達は、東区へ行くけれども、警視庁の方はどうされますか?」
長い唸り声の後、三國捜査本部長が捻り出した数字がこれだ。
「東区十六名、西区、南区、北区は各七名。他は捜査本部に私と残ること。総員配置に付け!」
「お願いです。私がここに残ります。ラブだけ東区へ行かせてください。犯人とのコンタクトがあるかも知れないでしょう」
ビューティーさんとラブさんは小型無線機の確認を取っている。
そして、間もなく午前零時だと、互いの時計を合わせた。
無駄にカッコイイ。
僕は少し惚れそうだった。
「おっほん。分かった。そうしてくれ。ビューティーくんと私、三名の捜査員がここに残る」
「午前零時に現場へ急行! 虱潰しに探すわ」
ラブさんは、東スミカ小学校へ誰よりも先に飛び出した。
捜査本部の看板を直して行くのも忘れずに。
しっかり者で優しい感じが、僕の心をうずうずさせた。
よ、よかったら。
僕の妻になってください!
何て心の声ですよ。
偶々、僕はラブさんと同じ東区だ。
幸せだー!
随分と煩悩でして、お恥ずかしい。
◇◇◇
そうこう心の雄叫びをしている内に、僕は、東スミカ小学校裏門に着いた。
「あれ? ラブさんは?」
「校舎を一周してくると、一人偵察に行ったよ」
肌寒い夜だった。
「ダメだろう、
「俺は悪くないよ。これは風聞だが、ラブさんは相当できるらしい」
「何が?」
「柔道、剣道オマケに華道かな。とにかく、文武両道」
それは、関係ない。
僕は、愛らしいラブさん一人で、こんな時間に見張りをさせる訳にはいかないと思った。
「僕、ちょっと探してきます」
「おい。早川巡査。帰りにあったかい缶コーヒーをよろしくな」
「寒いですからね。了解です」
僕は、何もできない下っ端だ。
けれども、グラマラスバディーのファンになっちゃっているからな。
「何か手助けできないか」
そんな言葉も寒空の吐息に吸われた。
◇◇◇
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