土地神様の花嫁御寮 07

「お前が土地神になったら――」

 すりすりと、しつこく落ち着きのない頭を抱きしめて。掻き上げた髪の下から覗く耳の奥へと、私は囁く。

「お前に私の眼をあげる」

 叶の片眼を呑んだ私が、叶に自分の片眼を差し出す。

 その意味が、きっと今の叶にならわかるだろう。

「いいの?」

「私の気が変わらないうちに、さっさと地脈を掌握したら」

 どのみち私には地脈と繋がるつもりがないのだから、土地神には叶がなるしかない。

 叶がどういう方法で土地神としての神格を、誰のものでもない宙ぶらりんの――私に渡そうと思えば、そうできてしまえるような――状態のまま安定させているのかは想像することしかできないが、あまり長い間そのままにしておいていいことはないはずだ。


 だから早くと、私は叶を急かす。

「気を失う前に下ろしてね」

「目が覚めるまで傍にいてくれる?」

「ここ、鬼王谷の神域でしょう? どうせ一人じゃ出られない」

 抱き上げた私ごと、足早に元いた寝殿へと戻った叶はいつの間にか元通り整えられている御帳台の中まで私を連れ込んで。ごろり。しとねに横たわると、逃がすものかとばかり私を抱え込んだままその目を閉じた。

「……おやすみ」


 新たな土地神として地脈を掌握するため、必要とされる眠りの長さには繋がろうとする地脈との相性が関係するらしい。

 相性が悪ければ長くかかり、良ければ短くすむ。

 その点、元が鬼王な叶なら鬼王谷との相性はピカイチ。必要とされる眠りも、早ければ午睡程度の短さですむだろう。


 かといって。律儀に叶の目覚めを待っていられるほど、気の長い性質たちでもないのだが。


「蝴蝶――」

 苦しくはないが、抜け出せるほど緩くもない。

 それくらいの、絶妙な力加減で組まれた腕の中。じたばたと藻掻いた末に、なんとか半回転。私のことを正面から抱え込んでいた叶に背を向け、めいっぱい伸ばした腕はそれでも、周囲を囲う帳どころか並べられた畳の端にさえ届きはしなかった。

「――お呼びで?」


 これは無理だな。

 諦めよう。


 私は白旗代わりに片手を振って。帳をめくり、控えめに顔を覗かせた付喪を手招く。

「遮那がいない間は、お前が私の護り刀よ」

 だからこっちにおいでと招いた手の平に、人型を解いた蝴蝶が転じた本性の太刀は、その身を投げ出すようと落ちてきた。

 扱い慣れた短刀とはあまりに違う。腕が痛くなるほどの重さに、うっかり取り落としてしまいそうになりながら。なんとか持ちこたえはしたものの、その行き着く先は褥を外れた畳の上で。

 子供がお気に入りのぬいぐるみを抱きしめて眠るよう。螺鈿の蝶が舞う雅な鞘を握りしめ、私もそっと瞼を伏せる。


 そうして、長い夢を見た。

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