土地神様の花嫁御寮 05
「嗚呼――」
お互いの吐息が混ざり合い、輪郭がぼやけるほどの至近距離。
零された安堵が、包むよう添えられていた手の平を失い、遮るもののなくなった頬をかすめる。
「よかった」
ふらり。
前触れもなく体を傾かせた鬼王谷の、叶とよく似た少年の姿形が――どろり――溶け落ちるよう輪郭を崩し、真っ白な玉砂利の上へとぶちまけられるのを、私はどこか他人事のよう最後までただ眺めていた。
ばしゃんっ。
「鬼王谷……?」
水と油のよう、混ざり合わない
「お前の、使い魔?」
「――そう」
叶の応えは淀みなかった。
「どうしてそんなものに鬼王谷が……」
「私に混ざろうとしたから。それはお前が意図したことだったのかもしれないけど……私は、お前にきちんと確かめておきたかった」
力の抜けきった体を支えていた腕の一本が離れ、見る影もない鬼王谷の
繋ぎとして使われた影は玉砂利の上や隙間をずるずる這いずり、私と叶の影へと混ざった。
残された血はしなる鞭のよう宙を舞い、叶が翳す手の平へと集束する。
そうして。できあがった拳大の血珠を、叶は――はくり――躊躇いもせず口へと含んだ。
デジャヴ。
「あ――」
押しつけられた唇から、もう何度目かもわからない魔力を飲み込まされて。人としては死にきった体が、条件反射の熱を持つ。
とくとくとくとく。
私の体のどこかで心臓の代わりをしているらしい目玉が早鐘を打ち、その軽快に駆けるようなリズムは、叶の魔力に依存して生き長らえている私をどうしようもなく落ち着かなくさせた。
「今ならまだ、私ではなくお前を地脈に繋ぐこともできるけど……お前はどうしたい?」
こくりこくりと、素直に上下する喉を撫でさすっていた手の平。その指先が、叶の血とも唾液ともつかないもので濡れそぼった唇を拭う。
「わたし、を?」
地脈に繋がれるということは、神格を得て神になるということだ。
得られる力の代償として失われる自由の大きさを思えば、馴染みの魔力にすっかり温まった体も一瞬で凍りつく。
「――ごめん」
叶の翻意は早かった。
告げられた言葉の意味を理解して、私が体を強張らせた次の瞬間にはもう、自分の方が泣き出しそうな顔で謝罪の言葉を口にしている。
「お前がそれで構わないなら、私がちゃんと代わりになるから……嫌いにならないで……」
地脈である鬼王谷からかつて鬼王だった頃の記憶を引き継いだとしても、それを完全に自分のものとしてしまうには時間がかかる。
だから。私を地脈へ縛りつけようと思って言い出したことではないのだと、叶は呼吸が苦しくなるほどの強さで私を掻き抱きながら釈明した。
「お前の恐怖は胸に痛い……」
その言葉に、私の体はそれまでと別の理由で凍りつく。
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