血を吸う鬼と護身刀 06
「心配なら、もう少し血をあげようか。これ以上は完全に抜けなくなるかもしれないけど、お前の命を守るためだもの。ほんの少しくらい普通の人とは違ってしまっても仕方がないよね?」
「――ちょっと、やめて」
あからさまな笑みを浮かべて近付けられた唇を、乱暴に手の平で押しやる。
叶も本気ではなかった。その証拠に体を支えていた腕はすんなりと離れていき、立ち上がる私を無理に引きとめようともしない。
無理矢理にそっぽを向かされ、ぐきりと不穏な音を立てた首を気にしながら。影のよう音もなく立ち上がると、不意に何か思いついたような顔をして、脱ぎ落とした上着を私へ着せかけてくる。
人型をとった叶がはじめから着ていた黒一色の
厚手の布からしっかりとした革のよう変わった質感のわりに着心地は軽く、きっちり手首まである袖に腕を通していても暑苦しさは感じない。裾はベルトで吊った護身刀の柄にかからない丈で、普段七分丈の服か着物ばかり着ているせいで違和感のあった袖口も、強めに引けば程よく緩んだ。
便利なものだと思わず素直に感心しかけて、はたと気付く。
「これって結局、あなたをはりつけてるようなものなんじゃ……?」
俗に霊力や魔力と呼ばれるオカルトエネルギーの類で形作られた服なら、叶にとっては体の一部も同然だろう。
「そうだね」
いけしゃあしゃあと頷いて見せる
土足と血の跡を辿って本殿へ入ると、拝殿からは直接見えない位置にある格子戸――封じられた鬼王が眠る禁足地への入口――が大きく開け放たれているのが、まず目についた。
そのすぐ傍には、時代がかかった錠前の残骸が無造作に転がされてもいる。
露出した岩肌に手をかけ、覗き込んだ格子戸の向こうは不自然なほどしんと静まり返っていた。
(静かすぎる)
そこそこ浅い洞窟の、一つしかない入口を塞ぐよう鬼王社の本殿は建てられている。中へ入った形跡があり、その一方で出てくるそれが叶のもの以外に見当たらないということは、賊もまだ中に居残っている公算が高い。目的もなく入るはずのない場所にいつまでも留まっているということは、肝心の目的をまだ達していないか、達せる状態にないということだろう。
封じられた鬼王の眠る
総合して考えるとどうしてもあまり良い予想は立てられなかったが、ここまで来てしまったものを今更引き返してしまうわけにもいかない。気が進まないながらも格子戸をくぐり、禁足地である洞窟へと足を踏み入れた私の隣に、いつの間にか大型犬サイズの獣に姿を変えていた叶が並ぶ。
洞窟の入口から「御寝所」と呼ばれている最奥へと続く分かれ道一つない横穴は、縦横それぞれ二メートルもないような広さだ。そこそこ長身の部類と言える人型のままでは歩き難いと判断したのかもしれない。
「人と人でないもののにおいがするよ」
月明かりも届かない奥まった場所に足を踏み入れてなお、私の目は明かりを灯すまでもなく真昼のよう周囲の状況を見て取ることができていた。
いくら夜目の利く
それにしたって、人に化けられるほど上等な人外を使ったという話は聞いたこともないが。
「数は?」
「人でないものは一人。他は……よくわからない」
死んでるのかも――。
暗闇に溶け消えてしまいそうなほど黒々と黒い獣が不穏な予想を呟く傍らで、私はもう一度耳をそばだててみる。
視覚同様、聴覚もそこらの木っ端な人外に引けをとらないほどには強化されているはずなのに。洞窟の奥からは相変わらず、人の足音や話し声の類は聞こえてこなかった。
「……どっちも動いてない?」
「それは確実に」
おそらく、叶の見かけ相応に鋭敏な鼻が嗅ぎとった「人でないもの」の正体は、禁足地を閉じる結果の要として御寝所に置かれている御神刀の付喪だろう。
それ以外が賊として、既に死んでいるというなら目的や背後関係など探りようもない。
半分くらいは自業自得とはいえ、リスキーな保険までかけられたのにと。憂鬱な気持ちを引きずるよう重い足取りで歩き出す私に、獣姿の叶はつかず離れず追従した。
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