血を吸う鬼と護身刀 03

都留つるひめは何をやってるの……?)

 大層立派な騎獣と化した叶に跨ったまま、走ってきた勢いも殺さず飛び込んだ境内。境界を示す鳥居の内側で、肌に感じられるほどのに顔をしかめて舌を打つ。

 私の気のせいでなければ、境内をに保つための結界が綺麗さっぱり消え失せていた。

「叶、離して」

 シートベルト代わりに体へ巻きついた触手が緩むのを待って、獣の背中から滑るようにして降りる。

 場所は境内の外れも外れだ。獣姿の叶が軽々飛び越えてしまえるちょっとした大きさの石橋一つ渡ればそこはもう敷地の外、というような。

 参道を示して敷かれた石畳の上にはこれほど落として回ってよくもまぁ生きていられたものだと、反応に困るほど大量の血痕がと残されている。

 今更な話、これは到底叶一人分の血ではありえないだろう。

 他にも何かいる。


「こんなことなら、一度家に戻ってから出直すんだった」

 ぼやく私に、ぶるりと体を震わせることで一回りも二回りも縮んで常識的な大型犬サイズになった獣が甘えつくよう擦り寄ってくる。

 慰めか習性か、どちらにしろ構っている時間はなさそうなのでさっさと本殿を目指して駆け出した。

 人の出入りを阻むことのない結界をわざわざ破って通るような何者か――紛うことなき賊――が、ここへ来たことは確かだ。まだいるのか、もういないのか。いるのだとしたら何を目的として留まっているのか、既に立ち去っているのなら結界の他に何が壊され、あるいは奪われてしまったのか。確かめるべきこと、その上で自分がやるべきことを頭の中で指折り数えているうちに、拝殿の前へと辿り着く。

 叶が道々落としていったものと思しき血痕は、どう見ても拝殿の中から出てきていた。

「……ねぇ、叶」

 なぁにと、擦り寄ってきた獣の首根っこを掴む。

「お前まさかこのから出てきた……なんて、言わないわよね」

 どういう偶然か、鬼王神社の祭神は「封印された」だ。

「寝惚けてたから、覚えてない」

「寝惚けてたんだ……」

 まさか千年ちょっとの午睡からとかそういう落ちじゃあるまいな……と、嫌な予感をひしひし感じながら。格子戸のこじ開けられた拝殿へと上がり込む。

 中には土足の足跡が複数。それらは全て拝殿から続く奥の本殿へと向かい、一つとして戻ってきていない。残された足跡を見て判断する限り、本殿から出てきたのは中へ入った形跡のない獣が一匹きり。

 こりゃあやっちまったなと、私は両手で顔を覆った。

 せめて本殿へ向かう獣の足跡でもあれば、賊が使役していた式がなんやかんやあって逃げ出したのだろうとこじつけられなくもなかったが。足跡の有無を確かめる前から、自分でも苦しい言い訳だと思ってはいたのだ。心情として、万に一つの可能性に縋りたかったというだけで。

 だが哀しいかな、今のところ最も有力な仮説は「賊が封印を解き、目覚めた鬼王が中から出てきた」であり、目覚めた鬼王らしき鬼は立ち止まった私の周りをぐるぐると回っている。平安の終わり頃から由緒正しくこの辺りの氏神として祀られてきた鬼の王が、まるで無邪気なわんこのように。ぐるぐるぐるぐる。

 そりゃあいい匂いもするだろう。何しろ私は、代々忌子いむこを出してきた一族の当代。ここ十年は神事の度に鬼王神社の「鬼王さま」へと、この血を捧げてきた子供なのだから。

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