箱庭の神様

葉月+(まいかぜ)

DEAD END?(本編:完結済)

intro. 


 少し雲の多い、それでも晴れた月曜日。いつもと何も変わらない、憂鬱な朝。

 ちかちかと明滅する信号に急かされながら渡る、学校前、最後の横断歩道。

「おはようございます」

 お互いの通学路が合流する交差点。約束をしたわけでもないのに毎朝、律儀に同じ場所で待っている。十数年来の友人は、今日も変わらずそこにいた。

「おはよう」

 浅く下げられた頭へ手を振り返し、肩を並べて歩き出す。


「――――」


 いつもなら。何もかもが、いつもどおりであったなら。

「なに?」

 その日に限って、隣に並んではこなかった友人。

 視界の外からかけられた声が彼女のものであることを疑いもせず、体ごと振り返った先に、直前まで言葉を交わしてた少女の姿は跡形もなかった。

「――――」

 驚愕に足が止まった、その刹那。視界は深い闇に閉ざされて。

 ぶつりと不穏な音を立て、切り落とされる長い黒髪。

 軽くなった肩を滑り落ちていった通学鞄は、青白い炎に燃やされ灰の一つも残さなかった。

 いったい、何が起きているのかと。辺りを見回す視線の先で、霧が晴れるよう薄まった闇。その向こう側に、見慣れた街路はなく。気がつけば、朽ちかけた廃墟の一角に、私は立っている。

「なに、これ……」

 あまりに突然の、常軌を逸した展開に、恐怖を感じるどこではない。心は自然と低く楽な方へと逃げ出して。「きっと大丈夫だから」となんの根拠もなく、今にも叫びだしてしまいそうな自分を慰めた。

「――――」

 どこからか聞こえてくる、かすかな呼び声を頼りに踏み出した一歩は、耳の痛くなるような静寂から逃れるためのもので。辺りに散乱した硝子がらすの欠片を踏み砕き、埃を舞い上げながら、足音高く。青白い月明かりの道標を辿る足取りは、少しずつ、見えない何かに追い立てられるよう速まっていった。


 複雑に入り組んだ通路を奥へ奥へと進み、やがて視界が闇に閉ざされてもなお、足は止めない。立ち止まってしまえば二度と歩き出せはしないだろうと、そんな予感がしていたから。ただひたすらに前だけを向いて、どこからか聞こえてくる呼び声に耳を澄ませ、歩き続けた。

「ねぇ――」

 やがて、辿り着いた先。行き止まりの部屋には、役目を放棄した天井ごと、白く冴え冴えとした月明かりが落ちていた。

 崩れ落ちた天井に、ぽっかりと開いた穴の下。積み上がった瓦礫の上には、子供が一人。折り畳んだ膝を抱え、縮こまるようにして蹲っている。

 あれが、私をこの場所まで導いたのだと。不意に湧き上がってくる根拠の見えない確信は、納得とともに、私の心から押し込めていた不安までもを取り払ってしまう。

「私を呼んだのは、あなた?」

 かけられた声に反応して。顔を埋めていた膝から、緩慢な動きで起き上がる子供。その顔色は降り注ぐ月光と同じくらいに白く、人らしい熱を感じさせない。

 こちらを仰ぐ濃色の瞳にも生気はなく、酷く渇いているのが一目でわかった。

「あなたも、ひとりなの?」

 だからだろう。そんなことをするべきではないと、心のどこかでわかっていたのに。つい、甘い言葉をかけてしまったのは。

「独りぼっちは寂しいでしょう」

 何も応えようとしない子供の元へ、一歩、二歩。そのまま進めようとした足は、月明かりで地面に引かれた光と闇の境界線を前に、ぴたりと動かなくなってしまう。

 それ以上は進めないのだと、感覚的に理解して。ならばと私は、手を差し伸べた。

「――――」

「いいよ」

 闇の中から、光の側へ。差し伸べられた手を映し、生気のない瞳はゆるりと一度瞬いて。おそるおそる、瓦礫の上に立ち上がった子供の手が、応えるためにか伸ばされる。

「私が一緒にいてあげる」

 そして――




 いかにもあっけなく、は死んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る