第5話 運命の恋人の周りの人々

「みぃ、智兄ちゃんから緊急連絡だ」

「なんだって?」

「親父が発狂しているから、次の面会日は言動に注意だって」

あぁと二人で顔を見合わせた。

私小野澪と隣の男小野秀は双子の兄弟だ。

今は実家を離れて寮に入っているため、家族を結ぶラインが命だ。

そのラインに兄である小野智から緊急連絡が入ったようだ。

パパが最初に発狂したのは半年前にママが彼氏を連れて来たときだ。

ママはその彼氏の子供を妊娠したという恐るべき裏技で先日結婚した。

つまりは新しい父ちゃんだと言ったら、智兄ちゃんに叩かれた。

ひどいでぃーぶいだーと叫んだら、お尻ぺんぺんしてやると言われた。

ついこの間の秋休みの帰省のときの話だ。

ママはうるさいと怒鳴っていた。





うちは父親の浮気で離婚した母子家庭だ。

子供はママが引き取ってくれた。

上から長女舞、長男智、次男秀、次女澪という。



一番上の舞姉ちゃんが結婚する時に、智兄ちゃんからママの面倒をだれが見るかと言い合う会議が開かれた。

場所は二階の子供部屋だ。



姉ちゃんは嫁に行く、俺の大学は地方だからきっとそっちで就職する、あとはお前たちが頼りだと言われた。

それをドアの向こうで聞いていたママが、まだそこまで落ちぶれちゃいないわと言って、智兄ちゃんに蹴りを入れていた。

「あんたたちも、私のことは気にしないで好きな学校に行きなさいね。せっかくパパがお金出してくれるって言うんだから、環境の良いお金のかかる学校だっていいのよ。

智だって好き好んで地方に行ったくせに、下に責任を押し付けないのよ。

長男のくせにって言われると嫌でしょ」

この会議は無効となり、私と秀は某地方の有名大学の進学率が高い全寮制の某高校に進学した。




二年になる前に、舞姉ちゃんからママに彼氏ができたみたいとリークが入った。

どうやらその情報はパパにも流れたようで、親父発狂第一弾が来た。


面会日に会うなりいきなり怒鳴り始めて言った。

「千早が男連れ込んでいるって?どこのどいつだよ?なんでなんだよ」

こんな言い方しちゃうパパだから、ママに嫌われちゃうよねぇと思う。

「先に浮気したのは親父じゃんか」

「そだそだ、ママに彼氏ができてもいいじゃんか」

「うるさい、俺はいつか千早の元に戻れる日を夢見て、今まで頑張ってきたんだ」

「え?運命の恋人ができたってママが言ってたよ」

「馬鹿秀。運命の恋人はパパがお金持ってないから、捨てられたんだよ」

「お金で捨てられるのって、運命の恋人じゃないんじゃないか?」

「そんなこと言ったって本人がそう言ってたんだから仕方ないよ。ねパパ」

「澪、親父そこで泣いているよ」

パパはOrZの状態で泣いていた。

私たちは貰うもん貰って、パパを放置して帰ってきた。

いつも何か食べながら、しつこくしつこくママのことを聞いてくるので、本当に面倒。

今日は三分で終わってよかったよかった。



それから間もなく、ママは彼氏の坂本知大さんを私たちに紹介してくれた。

再婚するかもしれないし、しないかもしれないと言ってた。

坂本さんはまだ若いのに、ママにメロメロだった。

智兄ちゃんがお袋の毒牙にかかってしまったかぁ、手遅れだなぁと言っていた。

お約束通りその後、智兄ちゃんはママに蹴られていた。




でもママはきれいになった。

元々、小柄で童顔なママは若く見える。

前に舞姉ちゃんと買い物に行ったら、ワインの試飲を勧められたのは舞姉ちゃんで、ママがこの子は未成年なので私に下さいと言ったら、これアルコールですからと断られたとか。

智兄ちゃんと出かけたときに、妹呼ばわりされたとぷんぷん怒っていたし。

きっとママは離婚した時に時間が止まる魔法の薬を飲んだに違いないと私たち二人は話していた。



さてパパとの面会日当日。

「千早が妊娠したって本当か?」

やっぱりパパは怒鳴っていた。

親父発狂第二弾か?

「親父、もうあきらめなって。ママ結婚したよ」

「千早の裏切り者ぉ」

「いや先に裏切ったの親父だから」

「秀、パパ泣いているよ」

「あーめんどくせ。帰るか?」

「そうしょう」

私と秀はパパからの貢ぎ物を奪い取って帰宅した。


「親父は既に戦闘不能」


秀が智兄ちゃんにラインで画像を送っていた。



正直17歳離れた弟か妹ができるわけだけど普通なら微妙だよね。

でも私は楽しみで仕方ない。

春哉のときもすごくうれしかった。

しばらく家にいると聞いて、毎日走って帰ったものさ。

私と秀は末っ子だったから下ができるのが嬉しいっていうのもある。

それに私は赤ちゃんが大好きだ。



無事に生まれてほしいなぁ。





「おい坂本もう一度言ってくれ」

「うちの会社って育休はどのくらい取れましたっけ?」

「誰の育休だよ?」

「僕のです。今度子供が生まれるんです」

震天動地の大事件とはこのことではないかと、のちに新城将彦は追憶する。

目の前にいるのは部下の坂本知大37歳だ。

坂本は約10年前坂本の男性不妊が理由で婚約破棄をされている。

その不妊具合も人工授精でも難しいレベルと聞いていたけれど、こいつが今言った育休とはどういうことなのか説明してほしいものである。



「おい坂本、言いにくいがお前不妊だったんじゃないのか?」

「ええ。乏精子症ですけれど、妻が妊娠したんですよ。これって愛ですよね」

「マジかよ。と言うかいつ結婚したんだ?」

「妊娠がわかったのが一昨日なので昨日入籍しました」

しれっととんでもないことを口にしている。

「そ、それはよかったな。でいつ生まれるんだ?」

「順調にいけば年末くらいには生まれますね」

はぁ?

あと三か月もねぇじゃないか

「妻が年上なので、生理が来ないのを閉経かと思っていたらしいです。病院行ったら妊娠していたなんて笑いながら言うんですよ。困っちゃいますよねぇ」

お前ぜんぜん困ってない顔で言うなよって思ったぜ。




「とりあえず三か月までは取れるはずだが、今の状態でお前に抜けられるのは困る。一か月で戻ってきてくれ」

「ええ?満期くださいよ」

「年末から三カ月休まれたら春の入社式に間に合わんだろう」

「間を取って二カ月では?」

「お前三月は家に帰れないと思うぞ」

それでもいいのかと念を押せば、不満げな顔で一か月で良いですとか言いやがる。



なんにせよめでたいことだ。



これが会社中に広まって後に坂本の乱と呼ばれたとかなんとか。




某パウダールームで三人の女性社員が話していたのを聞いてしまった。

「聞いた?コンプラの坂本さん、育休取るんですって」

「なんで?」

「奥様が妊娠したんですって。出産後は一緒に居て面倒を見たいそうよ」

「坂本さんってあの男性不妊の坂本さん?」

「そうだって」

「なんで?不妊症だからあの子との結婚が破談になったんでしょう?」

「本人も否定していなかったから、不妊症だって言われてたけど、本当はあの子が不妊だったんじゃないかって」

「ていうか、坂本さんいつ結婚したのよ?」

「不妊じゃなかったら、結婚したい男ナンバーワンでしょうよ」

「そうよねぇ。イケメンだし収入は高いし室長クラスだと年収一千万円超えるはずよね」

「ああ、なんで不妊なんて噂流れたのかしらねぇ」

「奥さんってどこの誰なのかしらね。ああもったいないもったいない」



ずるいわ。

私と行ったブライダルチェックでは乏精子症って診断されていたじゃない。

なんで?

なんでなの?









実家の親が最近どうも調子が悪いという。帰ってきて面倒を見てほしいようなことを言っている。

兄弟は長男が何とかするべきだろうと言う。

勝手な奴らだ。でも確かに郷里では家を継ぐのは長男と言われて育ったので仕方ない。

そろそろ介護の時期なんだろうかと思いあぐねている時に妻から恋愛をしていると言われた。



相手の男性も奥さんと別れるので、私もあなたと離婚して一緒になりたいと言われた。

ちょっと待てよと思う。

妻に不倫されて離婚なんて俺のメンツ丸潰れじゃん。

会社でどう説明すればいいんだよ。


今更次を見つけるのも面倒、家事をするのも面倒、子供は既に大きくなっている。

なら戻って来させて自分の身の回りのことや実家の親の介護もやらせればいいんじゃないか?

離婚して金銭的な負債を抱えるよりはずっとましじゃね?











運命の恋人だったはずの人妻


「お前を勝手に働かせるとろくなことにならない」

夫はかなり怒っている。

怒られるようなことをした私が悪いのはわかっているけれど、私に帰ってくるように言ったのは夫なのに。

まずパートは辞めさせられた。

お金も取り上げられた。

今まで買ってくれたバッグやアクセサリーは処分された。


高校生の息子は、私と口もきかない。

大学になって家を出るのが楽しみだという。

夫の両親の介護を言いつけられた。

いやだって言ったのに、言える立場かと言われた。




帰って来いっていうから帰ってきたのに、今まで以上に苦しい生活になった。





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