「千里セルシーシアター」
「地下鉄なのか、そうでないのか、よくわからん駅だな」
大阪を南北に走る御堂筋線は地下鉄である。しかし、北を目指して乗車していると、いつの間にか北大阪急行という地上を走る路線に変わっている。しかしながら、終点であるこの千里中央駅は地下に存在している。なんなんだ、ここは。
2011年7月。
そんな不可解な土地までわざわざ足を運んだのは、今日ここで『バグダッド・カフェ』が上映されると聞きつけたからだ。
『バグダッド・カフェ』は1987年の西ドイツ映画で、以前からその評判は耳にしていたものの、『七人の侍』や『2001年宇宙の旅』といったメジャーどころの名画と比べると、まだ新しめの単館系作品ゆえか、特集上映などでもなかなか採用されず、これまで観る機会が無かったのだ。
「随分とレトロな雰囲気だな」
改札を出た先は、ローマのコロッセオをイメージして作られたという商業施設「千里セルシー」に繋がっていた。1960年代に日本初のニュータウンとして開発されたこの街には、1970年に万国博覧会が開かれ、多くの人々が集まった。そして1973年に作られたこの千里セルシーは、長らくここに住む人々の生活を支え続けてきたのだ。……しかし。
「随分と寂しいモールだな」
目に入るほとんどの店のシャッターが下ろされている。開業から40年が経ち、建物は老朽化が進み、現代の耐震基準を満たせていない。そこに老舗店主の定年の時期が重なって閉店ラッシュが起き、瞬く間に寂れてしまったのだ。
「昔は、もっと賑わっていたんだろうな……」
ふらふらとシャッター街を見て歩くと、案内板を見つけた。
「……なんだ、映画館は地下なのか」
よく調べもせずに歩き回って失敗した。階段を降りると、地上よりはまだ開いている店が多い。とは言っても、飲み屋やパチンコ店ばかりだが。目的の映画館「千里セルシーシアター」は、少し奥まったところにあった。派手な看板もなく、中華料理屋やマッサージ店の並びに、ごく自然に溶け込んでいる。
「なんというか、映画館に来たぞというテンションにならないというか……特別な場所という感じがしないな」
窓口でチケットを買い、ガラス扉を開けて中に入る。一般1,300円、学生なら1,000円。料金も庶民的である。向かって左の扉を開くと、すぐに銀幕が見えた。
「90席ほどの小さなハコだが、座席には傾斜がついていて見やすいな」
着席して上映を待っていると、後から十人ほどがやってきた。皆、40代以上だ。
(昔から、ここに通っている人たちだろうか)
※ ※ ※
(いい映画だった。上映してくれたこの劇場に感謝だな)
外に出た私は、何故だか少し寂しさを覚えて劇場の入口を見つめた。
(なんだか、いつもより落ち着いた気持ちで観られた気がする。座っているだけでホッとする……実家のような劇場だ)
映画館とは非日常を提供する空間である。しかし、この千里セルシーシアターは日常の延長に存在している。地域に密着し、1972年の開館以来、40年に渡ってこの街の人々に寄り添い、地元の映画ファンを育て続けててきたのだ。
(願わくば、最後までその役目を全うされんことを)
私は再び、地上だか地下だかよく分からない電車に乗って、その地を後にした。
※ ※ ※
[千里セルシーシアター:2014年8月閉館]
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