「動物園前シネフェスタ4」
2004年10月。
大阪市営地下鉄の動物園前駅。その改札を抜けて通路を歩いて行くと、駅に直結した、異様に幅の広い階段が現れた。国と民間の共同出資、いわゆる第3セクターによって1997年にオープンした都市型立体遊園地「フェスティバルゲート」の入口である。
階段を昇る足音が、コツン、コツンとコンクリートの壁に反響する。はしゃぐ子供の声すら聞こえない静寂。とても休日の遊園地とは思えない。
「かつての賑わいはどこへやら、だな……」
誰もいないレストラン。動かないメリーゴーランド。雨避けの布を被せられたままのジェットコースター。経営不振により、今年の2月にフェスティバルゲート株式会社は倒産したのだ。その原因は様々に考えられるが、都市型ゆえに新アトラクションを追加するスペースが無く、来客に飽きられ始めていたところに、昨年開園したUSJがトドメを刺した……というのが定説だ。
「きっと、廃墟フェチにはたまらない景色なんだろうな」
人もいない、音も聞こえない遊園地を一人で歩く。もっとも、私は廃墟に興味があるわけではないので、当然ここを訪れた目的は別にある。
「7階だったな」
エレベーターから出ると、ガラス窓にハリー・ポッターやジャン=クロード・ヴァン・ダム主演の新作ポスターが貼りだされているのが目に入った。その並びに従って歩いて行くと、お洒落な銀色の門構えが見えた。こんな状況の中でも気を吐いて営業を続けるテナント、それがこの動物園前シネフェスタ4である。
「『誰も知らない』、一般を一枚で」
購入したチケットはオレンジ色をしていた。
「ということは、シネマ1か」
ここ「シネフェスタ4」は、その名の通り4つのシアターを持つ映画館で、それぞれに赤や青のイメージカラーがあり、チケットの色もそれに合わせてあるのだ。
「こういう、お洒落さと実用性を両立させた、さりげない気の利かせ方が好きだ」
横並びに配置されたシアターの奥には、たっぷりとスペースを使ったロビー。周りは全面ガラス張りで、暖かい日差しが心地良い。壁際に並べられたチラシを眺めながら、上映開始を待つ。
「『リンダリンダリンダ』……おっ、『ばかのハコ船』の山下敦弘監督の新作か。ここでやるのか、楽しみだな」
このシネフェスタ4は、ハリウッドの大作映画から単館系の小品、果てはアイドル映画の舞台挨拶にインド映画の応援上映まで幅広くやってくれるので、思わぬ拾いものに出会うことが多い。余談になるが、今は全国に広まった「応援上映」という形式を日本で初めて行ったのは、この映画館である。
「シネマ1『誰も知らない』、ただいまより入場を開始いたします」
シアター前のパーティションポールが外され、扉が開かれた。シネマ1は他のシアターよりは広いが、それでも200人は収まらない小さなハコである。無駄な装飾がなく、落ち着いた色彩で統一された上品なデザインが私は好きだった。
※ ※ ※
「………………」
劇場から出た私は、ロビーで日差しに照らされながら、かれこれ10分は黙って下を向いていた。
「………………」
『誰も知らない』は、それほどに辛く、強烈な作品だった。この落ち込んだ気分は当分引きずることになるだろう。ああ、これを映画館で体験できて本当に良かった。
映画館で観る価値というものは、何も迫力のある映像や音響だけではない。どんなに辛くても目をそらせない。逃げられない。五感をすべて目の前の作品に捧げることで、映画を真っ向から受け止める……それが映画館という場所が提供する、真剣勝負の世界なのだ。
「………………」
やっと顔を上げる。動かなくなったジェットコースターのレールが見えた。時が止まっているように思えて、まだ、もう少しだけここに座っていたかった。
※ ※ ※
[動物園前シネフェスタ4:2007年3月閉館]
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