「ワーナー・マイカル・シネマズ茨木」

 2001年4月。


 JR京都線の茨木駅で降りると、きれいな歩道が真っ直ぐに伸びている。それを辿っていくと、今年の初めにオープンしたばかりの大型商業施設「マイカル茨木」に到着する。中に入ると一階にはジャスコがあり、上階にはファッション、雑貨、本、レストランなど、各種専門店が揃っている。


「周辺の買い物需要を一手に引き受ける郊外のショッピングモールか。ご近所にこんなものができたら、わざわざ梅田や難波に出向かなくても大抵の用事は事足りてしまうだろうな」


 立ち並ぶ店舗を眺めながら、エスカレーターで4階へ。このフロアは主にレストラン街となっているが、ある一角だけ照明が暗めに設定されている。その入口では、バックス・バニーの大きな人形が出迎えてくれた。


「これが本場のシネコン、ワーナー・マイカル・シネマズか」


 統一されたデザインの複数のシアターを、一つのロビーで管理するシネマコンプレックス、通称シネコン。噂には聞いていたが、訪れるのは初めてだ。大阪市内を離れ、わざわざ郊外の映画館にまでやってきたのにはもちろん理由がある。窓口へ向かい、チケットを購入する。


「『2001年宇宙の旅』、一枚で」


 今日は、この2001年に『2001年宇宙の旅』を観ようという特別上映イベントなのである。大阪には名画座が少ないので、劇場で過去の作品を観るチャンスがなかなか無い。ゆえに、多少足を伸ばすことになっても、こういう機会は見逃せないのである。係員のお兄さんにチケットを渡して、シアター1へ入場する。


「これはすごいな……」


 スクリーンは梅田の北野劇場あたりに比べると小さいが、傾斜のきついスタジアム型の座席は初めて見るもので、かなりの驚きがあった。


「これなら座高の高い人が前に座っても大丈夫だな。……ただ、ちょっと段差がありすぎて怖い」


 事前にネットで予約しておいた指定席にゆったりと腰掛ける。廊下にギュウギュウに詰め込まれ、押し合いへし合いしながら良席を奪い合っていた、これまでの地獄絵図とは無縁の世界だ。


「さすが最新の劇場。椅子はフカフカだし、ドリンクホルダーも左右に付いている」


 そんなこと当たり前だと思うかもしれないが、東映会館や梅田ピカデリーをはじめとする老舗劇場は、椅子は硬いし、ドリンクホルダーなんて存在すらしない(あったとしても両端には無いので、座席数に対して一つ足りずに中央で取り合いが起きる)のだから、すべてがこの高いクオリティで統一されているシネコンは、本当に快適なのだ。


「しかし、張り切って予約した割には客が少ないな。……まあ、リバイバル上映とはこんなものか」


 照明が落とされ、視界いっぱいの大スクリーンに暗黒のモノリスが映し出された。


※ ※ ※


「やはり……やはり、この映画はスクリーンが大きければ大きいほど良さが分かるな……!」


 テレビ画面では視認できない、銀幕の大きさを前提としたロングショット。観客が映画だけに集中していなければ持たない、贅沢な間の使い方。音響が良い場所だからこそ許される、ボリュームの強弱をつけた繊細な演技。映画は映画館で上映されることを前提に撮られている……その事実を、あまりにもハッキリと認識させてくれる作品だった。


「しかし、もしOS劇場のシネラマが健在だったなら、もっと完全な形で観られたのだろうな……」


 かつて存在した、シネラマと呼ばれる湾曲した超大型スクリーン。それを日本で観ることはもうできない。


 シネコンは便利だ。設備も新しく、快適だ。きっと、このスタイルがこれからの映画館の基準になるに違いない。それはとても良いことだ。しかし、シネコンが普及すれば、きっとあと十年以内に旧来の映画館は淘汰されていくことだろう。画一的なシネコンとは正反対の、アクの強い個性派揃いの映画館たち。時代の流れは誰にも止められない。分かってはいるが、それはどうしようもなく寂しいことでもある。


※ ※ ※


[ワーナー・マイカル・シネマズ茨木:2013年7月よりイオンシネマ茨木に名称を変更し、2020年現在も営業中]

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