「TOHOシネマズ梅田」

 2020年2月。


 小雨が降り出したので、私は慌ててHEPナビオの軒下に駆け込んだ。HEPナビオは、大きな船の舳先のような形をした商業施設で、隣接するHEP FIVEの赤い観覧車と合わせて、梅田を代表するランドマークとして知られている。地下2階から地上7階までは主にメンズファッションの店や飲食店で占められているが、7階の一部から9階は東宝系のシネコンとなっている。


(いや、果たしてこれをシネコンと呼んでいいものかどうか……)


 後述するが、私はこの映画館に思い入れと同じくらい苦手意識がある。自分でもハッキリとしない、複雑な感情だ。


 エレベーターに乗り込み、8階のボタンを押す。ドアが閉まりかけたところで、バタバタと大人数が駆け込んできて、人波に押されて気付けば一番奥まで追いやられていた。梅田の一等地にある映画館だけに、いつもこんな風に混雑している印象がある。


 エレベーターの8階出口は映画館のロビーに直結していて、降りるとちょうど売店の前に出る。もちろん映画のパンフレットやグッズも置いてあるが、それ以上にキャンディを前面に押し出しているのがよく分からない店だ。奥へと進み、券売機でチケットを購入する。


(9階のシアター6か……うーん)


 私が眉間にシワを寄せているのは、そこがあまり好きなシアターではないからだ。スクリーンとの距離が近い席ばかりで、後方でも割と見上げないといけない作りなのだ。


(これでシネコン、なあ……) 


 シネコン(シネマコンプレックス)とは、ひとつの施設の中に複数のシアターを持つ映画館のことである。その意味では、10もの劇場を抱えるここ「TOHOシネマズ梅田」もシネコンの定義の内ではあるのだが、全国に展開するワーナー・マイカル・シネマズやイオンシネマとは設立の経緯が大きく違う。初めからシネコンとして作られたそれらに対して、TOHOシネマズ梅田は元は別々の劇場だったものを改装して合体させ、無理やりに一つのシネコンとして運営しているのだ。しかも、当初あった北野劇場、スカラ座、梅田劇場だけでは数が足りず、その2階席部分を独立させてスクリーンを足したり、7階のレストラン街の店舗跡地にシアターを増やしたり、挙げ句の果てには別の建物にあった劇場を「別館」に名前を変えて使ったりと、あの手この手で数を揃えて、どうにか形の上だけシネコンを名乗っているというのが実態だった。私がこれから向かうシアター6も、元は事務室だったためか、随分といびつな形をしていて、いつも座席選びには苦労させられている。


「それでは、14時10分からシアター6にて上映いたします『ジョジョ・ラビット』にお越しのお客様、ただいまより入場を開始いたします」


 案内に従い、列に並んで奥まった劇場へと歩みを進める。突き当りの角を曲がると、スクリーンと同じくらいの幅しか無い座席の列が見えた。全部で100席ほどの小さなシアターだ。チケットの番号をよく見て着席する。


(前にここへ来たのはシャマラン監督の『ミスター・ガラス』の時だったかな。あれはかなり賛否両論あったが、私は好きだったな……。確か、ここができて最初に来たのはゾンビ映画の『28週後…』か。あれもすごく面白かったな)


"普段から、お財布忘れ顔〜"


 物思いに耽っていると、急に機械加工された声が響いた。LINE PayのCMをする紙兎ロペである。以前の鷹の爪団といい、東宝系列の映画館へ来ると、やけにZ軸のないキャラクターを見る気がする。


(映画の予告編ならいいが、こういうのはあまり好きではないな。せっかくの非日常感が薄まってしまう)


 しかし、そんな気持ちもいざ映画が始まってしまえばすぐに忘れてしまうのだった。


※ ※ ※


(なんて……なんて素晴らしい映画だ……!)


 胸の奥に興奮を抱えながら、私は劇場から出た。落ち着くために、いったんトイレの傍の椅子に腰掛ける。こういう名画は記憶からこぼれない内に一度頭の中で整理し、きちんと咀嚼しないといけない。


(それにしても、だ)


 この9階に無理やり作られた劇場で観た作品たちを、改めて思い返す。『ロボコン』は良い青春映画だったし、『SAW』には心底驚かされた。『ミスト』のラストシーンは衝撃的だったし、『フェーンチャン ぼくの恋人』には心が締め付けられた……。


(ああ、ここには良い映画の思い出しか無いんだな)


 好きではない映画館なのに、思い出されるのは名画の記憶ばかり。好きなのか、嫌いなのか。やはり、このTOHOシネマズ梅田に対する思いは複雑である。


※ ※ ※


[TOHOシネマズ梅田:2020年現在も営業中]

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