第44話 LUCKYSTARに連絡をつけろ

 一方のHISAKAは、と言えば、何度か室内をぐるぐると歩き回っていた。

 まあよほどの事件に巻き込まれているのではなければ、マナミはDBを連れてくるだろう。彼女はそれなりに、そういう場に慣れている。それが壊し屋であるHISAKAやFAVやTEARのせいであるのはさておき。

 ただそのことをP子さんに言ったものか。

 情を絡めると。

 正直、言いたくはない。おそらくは確実に解決するだろうことで、彼女の気持ちをささくれ立たせたくはない、とHISAKAは思う。

 しかし、もしも何かあったら。

 その時P子さんがどう衝撃を受けるのか、はもっと考えたくなかった。


「あれえ?」


 戸が開いてると思ったらあ、とMAVOがひらり、と部屋の中に飛びこんできた。


「どしたのHISAKA。ずいぶん難しい顔」

「んーMAVOちゃん、ちょっと難しいことが起こってるのよ」

「何何」


 つかつかとMAVOは部屋の真ん中でうろつくHISAKAの所まで近づく。


「何あったの? ねえねえ」

「そんな楽しそうに訊ねるんじゃないわよ。一応厄介ごとなんだから」

「だって厄介ごとはフツーじゃないことだもん。あたしには面白いよ。でもHISAKAがそんな顔するんだから、きっとそれはあたし達メンバーのことなんだ、きっとそう」


 決めつける。HISAKAは困った様に瞬きする。


「あんたってどうしてそう鋭いんでしょうねえ」

「だってあたしだもの」


 答えになっていない様な気もするが。だが言われてしまうと何かしら納得してしまうあたりが、この一芸秀でた歌うたいの怖いところだった。


「誰?」

「P子さんにね」

「あれ、P子さん、さっきあたし会ったよ」

「会った?」

「うん。こっち来る時、何か、LUCKYSTARラッキイスタアのメンツに誘われてたけど」

「LUCKYSTAR」


 ちょっと待って、とHISAKAは頭を抱える。


「何か今日あった? あのひと達」

「本人達は無いけれど、友達バンドのライヴがどーとか言ってたよ。アナタも来ないか、ってP子さん言ってたけど、あたしは別にあーんまりお友達バンド、って奴増やす気ないしー」


 相変わらずきっぱりした態度だ、とHISAKAは苦笑する。


「それにHISAKAもその方がいいんじゃないのー?」

「別に私はそんなこと言ってないわよ」

「嘘ばっかり」


 そして不意にHISAKAの首に手を回すと、頬にきゅっ、とキスをする。


「まーいいわ。ともかくP子さんは桜野サクラノやネットに引きずられて行ったの。どーする? レンラクだったら、メリイさんのケイタイ、あたし知ってるけどさー」


 「メリイさん」はLUCKYSTARのギタリストだし、「ネット」はベーシストだった。


「いや私だって桜野の携帯くらいは知ってる…… けど友達バンド、ねえ……」


 ううむ、とHISAKAは抱きつかれたまま自分の顎に指を当てる。


「気分いいから別にそういうとこ行こうって思えるんだろうけど…… 大丈夫かしらねえ」

「だったらとっとと呼び寄せればいいじゃない、リーダー。理由なんて幾らでも、あんたはつけられるじゃない」

「ふん」


 つん、とHISAKAはMAVOの頬をついた。


「あなたって子は、どうしてまあ、そうも頭が回ってしまうんでしょうねえ」

「そりゃああたしだもの。あたしはHISAKAじゃあないし、良識正しいFAVさんでもないし、侠気あふれるTEARさんでもないもん。あたしはあたしが正しいと思ったことを口にするだけだよ」


 そうよね、とHISAKAは相手の腕を外させ、携帯を手にした。

 しかしLUCKYSTARのリーダー兼、強烈なハスキイヴォイスが売り物のヴォーカリストの桜野は、あいにく「ただいま電話に出ることができません」だった。

 ぷち、とスイッチを切りながらHISAKAはふう、とため息をつく。


「だいたいそうしようと思うと、こうなのよね」

「ふうん」


 MAVOはピアノに両肘を立てながら、首をかしげる。あまり大きくは無いが、くっきりとした黒目がちの瞳がHISAKAをじっと見据えた。


「じゃあまあ、何とかなるんじゃないー?」

「MAVOちゃん」

「ちょっと出てみるねー」


 ひらり、といきなりMAVOはHISAKAの横をすり抜けた。


「……全くもう」


 HISAKAが言ったところで、聞く子ではないのだ。仕方ない、とHISAKAはもう一度携帯を取り、別の相手を呼びだした。


『はいもしもしー?』

「ああ、TEAR? 今あなた何処に居る?」

『何だよいきなり。部屋だよ部屋。今日は珍しくあたしが食事作る番なんでね、今ちっと手が放せないんだわ。それともFAVさんに代わる?』

「あ、FAVさん居るの? ちょっと代わって」


 あいよっ、と威勢の良い声がして、同居人を呼ぶ声が聞こえた。


『何なのさ、リーダー』

「や、今日、LUCKYSTARの連中の居場所って判る?」

『?』


 言葉にはならない疑問な声が響く。


「や、P子さんを探してるんだけど」

『何今日、あのひと連中と一緒なのかい? あーと……』


 ちょっと待って、とFAVが立ち上がる気配が聞こえる。


『えーと』


 ページを繰る気配。きっと手帳か何かを見ているのだろう。


『……あああったあった。ミト・コンドリアのライヴに行かないか、って誘われてたんだよ』

「……行かないの?」

『別に……』


 FAVは答えをぼかす。はぁん、とHISAKAはその口調から気付く。ようするにそっちに行くより、部屋に居た方がいいのだろう。FAVは決してそんなこと口にしないけれど。


「ミト・コンドリア…… 何ってえ名前でしょうねえ、バンドにしちゃあ。場所は?」


 先日彼女達も使ったライヴハウスの名をFAVは挙げた。


「何だ、あそこなの」

『あたし等も動いた方がいい?』

「や、……」


 言いかけて、HISAKAは少し考える。


「やっぱりやめた。たまには水入らずでどうぞ」


 何だってえ? と特徴のある声が飛ぶ。

 無論それが耳に飛び込む前に、HISAKAがスイッチを切ったのは言うまでもない。

 まあああ言っておけば、FAVは食いついてくるのではないか、と彼女は思う。だいたいその予想は当たるのだ。TEARには気の毒だけど、身内で片づけてしまいたいこと、というのは確かにあるのだ。

 さて、と彼女は広げておいた譜面をざっとまとめて置く。


 彼女自身も、出動の時間だった。

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