第25話 「だってあたしが言わなかったら誰が言うのよ」
「何いったい、突然集合って」
ぱたぱたと手で顔をあおぎながら、FAVは席についた。
「明日とかじゃ困る用事なのかい?」
「えー……………… 楽しく呑んでいた二人には悪いけれど」
「別にこいつとだけ呑んでた訳じゃないからいいけどさ。わざわざ今日の、今集合ってのは、何かただごとじゃあないな、と思ってさ、リーダー」
しかもこんな風に、事務所の一室に、自分達に加えて、スタッフのメインのメンツであるカザイ君、マナミ、エナと言った三人まで居る。
その上に当たる連中は居ないあたりが、急と言えば急だし、そこまで突然持っていくべき話題ではないのだな、とFAVには予想させる。
MAVOは黙って頭をひっかく。
ひらひらふりふりではなく、Tシャツにジーンズ、というシンプルな格好をしている。P子さんはそれを見ながら、やっぱりその方が似合うな、と妙に冷静に考えていた。
「えー…… この先の予定が少し変わりそうです」
実に言いにくそうに言いながら、HISAKAは髪をかきあげた。
「今後の予定? って言うと」
FAVは身を乗り出した。身体に残っていたアルコールが一気に冷める。
「今レコーディングしているものが一応完成するのが、予定では今月中よね。発売がその三ヶ月後。その間にプロモーションをして…… ってのは基本的には変わらないんだけど」
「その後にツアーをする、というのは決まってるんじゃなかったのかい?」
「そこからが問題なのよ」
くっきりとした眉をTEARはぴくりと動かす。
「何か、あったのかい」
「ありました」
短くHISAKAは答えた。どうする? とばかりにHISAKAはP子さんの方を向く。問われた方は、軽く肩をすくめた。
「申し訳ないですが、そのツアーの時期あたりに、ワタシ、激しい運動ができなくなりまして」
「激しい運動が? 何?」
FAVは露骨に眉を寄せた。このひとの前ではあまり言いたくはないな、とP子さんは思う。先日言われたことが、じんわりと思い出されてきたのだ。
しかしだからと言って、隠す訳にもいかないし、だいたいそこで申し訳なさそうに言ったところで、このプライドの高いひとにとっては逆効果なのだ。
だからP子さんはできるだけいつもと同じ口調を続けた。
「子供ができましたので。今八週目とかで」
案の定、三人とも、言われたことの意味がすぐには判らないようだった。
はっ、とその意味を理解したのはMAVOが最初だった。
「……あ、そーかあ…… 八週目…… ってことは」
指を折って数える。
「確かにそうだあ。そのくらいにちょうど、ツアーよね。確かにそれじゃあ駄目よ。幾ら動かないっていうP子さんだって、あれは辛いわあ」
意外にも現実的な意見をMAVOが言ったのに驚きながら、ようやく後の二人はその意味を理解したようだった。
「……はあ、なるほど。まあP子さんがそれでいいなら…… いいけどさ。唐突だねえ」
「すみませんね」
「まあそういうこともあるだろうさ。じゃあリーダー、あたし達は一体そこで何を考えたらいいのかね?」
TEARは一度受けたショックが過ぎれば立ち直りは早い。次にどうすればいいか、に頭を即座に切り替えていた。
「そう、そこなのよ。単純に二つの方法があるんだけど。一つは、ツアーそのものを延期する、ということ。もう一つは、ツアーにはサポート・ギタリストを入れる、って方向」
「でもHISAKA、もうある程度会場って押さえてあるって言わなかった?」
MAVOが口をはさむ。HISAKAが考えたことは確かにこの相方に一番先に情報が入ることが多い。
「ええ押さえてあるわよ。今がまあ夏でしょ…… 秋から冬ってのは、やっぱり気候も良くなるしね。お祭り関係多くなるし。だから何かと早め早めに中堅どころの会場押さえておきたいじゃない。主要三都市はそうよね。もう押さえてあるし、地方でも、今回は沢山回ろう、ってことがあったから」
「となると、今それをキャンセルするってのは、結構なリスクになる?」
TEARはスタッフのカザイ君の方を見る。彼は二十代半ばだが、高卒の営業畑出身の叩き上げだった。
「そうですねえ。まだ今のうちだったら。まだツアーのお知らせも出してはいない訳だから。でも会場に対しての黒星にはなるし、それに次のツアーにちゃんと会場を押さえられるかどうかも判らないでしょうね」
「ちっ」
FAVは舌打ちをする。
「あたしは、別にどちらになろうと、構わないよ。そのあたりは、リーダー、あんた等の判断で決めて。あたしはそれに従うから」
そう言うと、FAVは立ち上がった。その拍子で量の多い髪が顔を覆う。
「FAVさん」
「気分良くない。帰らせてもらうよ」
実際、顔色が悪い、とP子さんも思ったのだ。自分の方をうかがうHISAKAに、彼女はうなづいた。
「判った。できるだけいい方向に持っていくようにするわ。TEARはどう?」
「どうもこうも…… そりゃあライヴできたらそれに越したことはないけどねえ。うん、あたしはライヴする方に一票。ちょっとこのひと送って行きたいから、いいかな」
「OK」
「いいわよ一人で帰れるったら」
「TEARさん送ってやってよ。リーダーの命令!」
OK、とTEARは苦笑しながら立ち上がった。命令も何もないだろう、とMAVOは立った二人に見えない様に呆れた顔をする。
しばらく、閉じた扉の向こうの気配を皆でうかがう。エレベーターの扉が閉じた音を聞いて、ようやく皆でふう、と息をついた。
「P子さんは、どっちがいいの?」
「どっちもこっちも、ですねえ。弾きたいのはやまやまですが、そうもいかないんでしょう?」
「普段酸欠で参ってるのは私だけじゃないでしょう?」
「まあそうですが、ワタシなんかはアナタよりずっと動かないと言えば動かないんだし」
「それでも会場そのものが今度からは広くなるわ。座ってるプレーヤーじゃあないんだからね。それに結局ライヴになると、私達時間が不規則になるでしょう?」
「って言うかー、あたしあまりマタニティのP子さんがステージ出てるのやだ」
途端に周囲の空気が凍り付いた。単刀直入にも程がある、と一斉に視線が頬杖をついたMAVOの方を向く。
「何よお。でもたぶん、客はそうだと思うよ。やっぱ、うちのバンドって、そーいう感じじゃないじゃん。そりゃあほら、あのひとのように、女全開ばりばりーっ、って感じのシンガーさんが、そうするんならともかく、ウチのバンドって、あんまり、そうゆうとこ、見せないようにしてるじゃん。だめだよそれは」
「それはそうですねえ」
ふむふむ、とP子さんはうなづく。
「そりゃあ確かに、ワタシも見たくはないですわ」
「でしょう?」
でしょうじゃないわよ、とHISAKAは頭を抱えた。
「と言う訳で、HISAKAあたしはP子さん抜きでライヴするのに賛成。いーじゃんまた戻ってきたら、復活御礼ライヴツアーとか言って、も一度回ればいいんだし。言っちゃ何だけど、P子さんよりちょっとインパクト弱いギタリストさん使おうよ。そーすればP子さんが戻ってきて万々歳じゃない」
「あなたねえ」
「違う?」
「MAVOちゃんも言いますねえ」
「だってあたしが言わなかったら誰が言うのよ」
確かにそうである。
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