第21話 だらだらと並んで適当に歩いてく、っていいよね。

「服?」


 夜遅く帰ってきたDBにP子さんははい、と紙袋ごと差し出した。


「って何で」

「いやワタシ、前にあの服駄目にしてしまったでしょう? まあ代わりと言っては何ですが」

「ああ…… でも、別に、良かったのに…… あれだったら、ママが経費で落としてくれるって言ったし……」

「それはそれ。あ、そーか」


 口に出してから、何やら思い付いたようにP子さんは上を向いた。


「どうしたの」

「いや、男が女に服を買ってやる時って、何でかなあ、と思ってたんですけど」

「ふうん?」


 DBは首を傾げる。P子さんはそんな彼に構わずに、独り言のように続けた。


「あれって、向こうが欲しがるから、というんじゃなくて、あげたいからあげる、ってことなんですねえ。きっと」

「P子さん、そう思ったの?」


 広げながら彼は身体に合わせてみる。


「そう…… かもしれませんね。とりあえずワタシはアナタに似合えばいい、とは思ってましたし」

「ふうん。似合う?」

「着てみて下さいよ」


 うん、とやや複雑な表情でDBは立ち上がり、上に着ていた服をさっと取って、まだ正札のついたままの服に手を通し始めた。

 確かにMAVOの見立ては悪くはなかった。

 見たことも無い相手だというのにどうしてだろう、と思わなくも無いが、上半身のほとんど飾りらしいものが無いシンプルなブラウスと、逆につく所は飾りが沢山ついているスカートの組み合わせは、彼の曖昧な体型によく合っていた。


「なのにどーして自分自身はああも似合わないもの着るのかなあ……」


 P子さんはつぶやく。


「似合わない?」

「ん? いや、ウチのMAVOちゃん、っていうヴォーカルの子がね、今のアナタ以上にふりふりの服が好きなんですよ。ブランド御用達」

「それはすごいや」

「だけどどう見ても、似合わないんですよね。そもそも金髪にしてちゃあれは、って思うんですがね」

「金髪で、あれ?」


 DBは想像しているのか、視線を天井に向ける。


「うん、僕としても、このテの服は、できれば髪が黒い方がいいな。くるくるなのはOKだけど。でもP子さん、こうゆう服は、別に似合わなくても着るひとって多いよね」

「それはありますよ」

「逆に、こうゆう服を着てるだけ、で寄ってくるひとってのも居るじゃない」

「アナタそういう客居るんですか?」

「僕じゃあないけど、やっぱりそういうのがウリ、な子もその界隈には居るみたいだし。そーすると、顔がどうあれ、そういうモノをつけてる、ってことが大事なんじゃないの? 僕は別に好きで着てるって訳じゃあないけど」

「好きじゃあないんですか?」

「って言うか、好きでも嫌いでもないし。……でも便利だなあ、とは思うもの」


 なるほど、とP子さんは納得する。


「もしかしたらさ、そのあなたのヴォーカルのひと、男に寄ってきて欲しくないから、そうゆう服着てるんじゃないのかなあ」

「寄ってきて欲しくないから?」


 どういう意味だろう、とP子さんは目で問いかける。


「……うーん…… ほら、僕がさっき言ったのの逆で…… あーんまりごてごてと飾りばっかしてる女の子って引いてしまう、って男も結構居ると思うんだよね。もしつきあったら、自分がそうゆうの、買わされてしまう、とか思ったりするかもしれないし。だいたい自分と並んで歩いた時に、まだ『可愛い』程度ならいいけど、『妙』な感じになってしまったら、それはそれで嫌だ、と思うんじゃないかなあ」

「隣、ねえ。ということは、その場合の女の子は飾りですかね」

「そう思う男も無くはない、と思うよ」

「DBはそうなんですか?」


 え、と彼は顔を上げた。


「僕?」

「おかしなこと、聞いてますかね」

「そんなこと、ないけど。……僕は別に、今まで女のひとを誰かしら、連れて歩こう、と思ったことはないから」

「無いですか?」

「僕が連れられることは多かったけど。僕が連れようと思ったことは、今まで無いな」


 ふうん、とP子さんはうなづいた。


「ワタシもそう言えば、無いですねえ」

「P子さんも?」

「そう。……連れて歩かれる、というのも面倒そうだし、連れて歩く、というのももっと面倒そうだし…… ワタシだったら、だらだらと並んで適当に歩いてく、くらいがいい感じじゃないですかね」

「あ、それは僕もそう思う。だらだら、って何かいいよね」


 ですよね、とP子さんはうなづいた。


「だけどそうですね。だったらMAVOちゃんのあの格好もうなづけるかもなあ」


 あれは武装なのかもしれない、と。

 そしてこの目の前に居る相手にとっても。



「ねえこのドレッシング、何処で買ったの?」


 ひょい、とDBはびんを掲げる。開店前、作り置きの料理を用意していた夢路ママは、何だね、と顔を上げた。


「何、気に入ったのかい? 結構酸っぱいから、ってあまりあんたは使わなかったじゃないの」

「うん僕はね。でも最近好みが変わったらしくって」

「らしい、ってことはあんたじゃないね」


 にやり、と夢路ママは笑う。調理場作業の時には化粧をほとんどしていない。この仕込みをしてから、きっちりと体勢を整えるのだという。

 開店前でも、一時間前というこの時間にはママと、一番下っ端であるDBの二人しか居ないことが多い。そのせいもあってか、ママはこの時間には彼と少しばかり突っ込んだ話をすることがあった。


「まあ上手く行ってるならいいさ。……でもその調子でやってるなら、ちゃんと昼の仕事、見つけるってのもどうだい?」

「うんまあ、それも考えてもみたんだけど」


 ふう、とママはため息をつく。


「まああたしはあんたの事情を深く知ってる訳じゃあないけれどさ、あんたはうちの他の連中とは違って、まだまだ若いし、別に男が好きって訳じゃあないんだろ。できるだけ早く、そうできるならした方がいいさ」

「それは判ってはいるんだけど」


 まだ、それはできない、と彼は思う。


「……うん、まだ今はまずいんだ」

「まずい、ね。まああんたが考えているならいいけどね」

「うん、ごめんね」


 言いながらママが作った料理を大皿に移し、ラップをかけて冷蔵庫へ移動させる。客にはそれを小鉢に移して出すのだ。この味付けが彼は好きだった。


「いつかは、僕もそうするよ。でもその前に、ママの作るものの味は覚えさせてね」

「それはいいけど。……あんたのその一緒にやってるひとは、料理は作らないのかい?」

「あのひとは自分のためだったら、食べれればいい、ってひとだから」

「女の人でしょ?」

「うん。でもあのひとは男顔負けの音を出すから」

「ミュージシャンかい!」


 まあね、とDBは軽くかわした。


「だから、まあ僕ができることがあったらしてあげたいなあ、と思うの。それはおかしいかなあ?」

「うーん」


 ママは大根を手にしたまま腕を組んだ。


「まあおかしいって言ってしまったら、所詮あたしも、前の世界の常識から抜けきっていない、ってことだろうねえ」

「……ま、だから今は美味しいサラダを作りたいなあ、ということで、ね」


 まあね、とママは彼にそのドレッシングを購入した輸入食料品店の場所を教えた。ああ、と彼はうなづく。そこなら時々買い物をする所だった。


「じゃあ休みの日にでも行ってみよう……」

「でも本当、酸っぱいわよ。だから隠し味的に使うんだけど」

「うん、でも最近あのひと、酸っぱいものが好きなんだ。それに、そういうものでもないと、何か食欲無いみたいで。まだ季節的に夏ばてってことも無いと思うんだけど…… 疲れが出たのかなあ。ツアーが終わったって言ってたから」

「それはあるかもしれないね。まあ一本、とりあえずストックから持っていきなさいな。お大事に、ってね」


 ありがとう、とDBは笑った。

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