第19話 居酒屋ではないけどインタビュー②

「ワタシだってそういうことくらいありますよ。あ、これならいいかな、梅風味の焼き鳥。それから大根のサラダ」

「目の前にサラダはあるじゃないの」

「だから、ねえ」

「ふうん。まあいいわ。あたしは~」


 はいよ、とP子さんはメニューを反対に向ける。


「……腹減ってたのよねえ。焼きおにぎりも入れよう。レバ串も欲しいなあ」

「レバーですかあ?」

「別にあんたに食えって言ってる訳じゃないしね。あたしゃすぐに鉄欠乏性貧血になりやすいんだ。こまめに摂らないとなあ」

「ああ~そー言えば、エナちゃんもそんなこと言ってましたね」


 うんうん、と思い出したようにP子さんはうなづいた。


「エナちゃんって、あんた等のスタッフの。えーと、何かもう一人と今頭ごっちゃになってるんだけど」

「エナちゃんは割といつも事務所で事務やってて、長いスカートやパンツ履いてるほう。派手なほうがマナミちゃん」

「ああそうそう。あっちの子ね」


 そう、とP子さんはうなづく。話に出た二人は古参のスタッフだった。

 まだFAVが入るか入らないか、という頃にスタッフに加わった二人はまだ高校生だった。

 あれから数年経った今は、「マナミちゃん」は事務所の正規社員となっており、「エナちゃん」は大学に通いながらバイトという形をとっている。


「生理で血ががーっと出るから、女には多いんだってさ。面倒だと思うよ」

「そーいえば石川さん、アナタはそれ、きつい方ですかね」

「あ? まあねえ…… 何つんだろ。うん、いつもとは限らないけど、いかん時はいかんねー」

「痛み止めとか呑むほうですかね」

「や、どっちかというと、漢方薬」

「かんぽうやく」

「馬鹿にしちゃいかんよー。要は体質改善なんだからね。血行よくするとかさ。そりゃまあ、ちゃんと規則正しい生活とか、運動するとか、そういうこときちんとすれば、良くなるのは判るんだけどさ…… でもよ!?」

「この仕事の限りは」

「無理!」


 げらげら、と二人は笑った。


「FAVなんかほんっとうにひどそうだけど、あれに体質と生活改善しろって言ってもなあ、って感じですしねえ。ウチでひどいのはFAVとMAVOちゃんですね」

「MAVOちゃんは判るなあ。何か。でもHISAKAだって生活は滅茶苦茶でしょ」

「MAVOちゃんは生理来る前にものすごく落ち込むらしいんですがね。ただ前に一緒に住んでたひとが、医者だったから、そういう時には気持ちが落ち込まなくなる薬、軽い奴よくもらってたそうですがね」


 こんな小さい薬、と指を丸めてみせる。


「あれもなー…… 自分でどうこうできる訳じゃないからなあ。女やってるのがああいう時ホントに嫌になるね。面倒でたまらん。一度男にも経験させてみたいもんだわ。面倒さだの気持ち悪さだのだるさだの頭飛んじゃうとことかね」

「それはもっともですねえ」


 とか何とか言っているうちに、店員が来たので、オーダーを追加する。


「結構いい背中だね、あのおにーちゃん」

「石川さんああいうタイプ、好きですか?」

「背中的には。手が好きなタイプとかもあるよ。うん。形的に男のそれって、面白いなあ、と思うし」


 そう言いながら、くふ、と石川キョーコは笑った。ふうん、とP子さんはうなづく。そして思い返す。……DBは。

 DBは、おそらく石川キョーコの好きなそんなラインとは無縁だろう。

 着ていた服は確かにラインを隠すようなたっぷりとしたものだったが、あれだけ似合うということは、身体のバランスそのものが、少し一般の男とはずれているに違いない。

 ただそれだから、自分には違和感が無かったのだ、とP子さんは思う。


「……どうしたよ」

「いや、やっぱりワタシって男の男みたいなとこって駄目なのかなあ、と思いましてね」

「あれ、じゃああんたの彼氏って、そうじゃないの?」

「まあそうですね」


 さらりと答える。

 そう言っているうちに、大根のサラダが目の前に置かれる。しゃく、と音をさせて幾度か噛むと、やっぱりこのさっぱり感が良い。酸味と、カイワレの微かな苦み。自分がそういう味を欲しがっていたことに今更のようにP子さんは気付く。


「でもまあ、確かにあんたやTEARはそういうとこ、嫌いそうだね。たくましい男とか、仲間ならともかく……」

「アナタは好きなんですか?」

「うーん。ぎゅっと抱きしめられたら、それはそれで気持ちいいのではないか、とか、思いっきり揺さぶられてみたい、とか、そうゆう好奇心めいたものはあるけどねえ」

「そういうもんですかねえ」


 とん、と焼き鳥が一度に盛られて置かれる。


「それに、あれはあれで、気持ちいい時もあるし」

「気持ち良くない時もあるんですか?」

「あんたは無いの?」


 何が、というあたりは丁寧に二人ともぼかした。


「そんな、ねえ。ただでさえあたしはこの性格だから、出会う男も少ない上に、そのうちどれだけの機会があると思う? ベッドインするまでさあ」


 確かに難しいだろう、とP子さんは思う。時々居るのだ。

 どうしても男が「そういう意味で」敬遠してしまうタイプが。どれだけ友達として仲が良くても、寝たいとは思わない。

 石川キョーコは、正直そういうタイプだった。


「で、たまたま首尾良くそうなったとして! そいつがあたしのいいとこをいちいち拾い出してくれる程上手い奴だ、とは限らないじゃない。まあ勢い一発ってのもいいけどさ、でもその場合、その勢いに気持ち良くなってるだけで、身体が気持ちよくなってるかって言うと、そうとも限らないよね」

「そういうもんですか」

「何P子さん、あんたそういうことないの?」


 だんだん酔いが回ってきたな、と冷静にP子さんは思う。


「今のとこは仲いいですから。ワタシたち」

「言うねえ」

「ワタシはそうそう経験ないですからねえ。どういうのが普通で、気持ちいいのか判んないですからねえ。ただ落ち着くし、うん、身体的には気持ちいいですよ。向こうも気持ち良さそうだし」

「ふうん? じゃああんたが相手にどうこうすることもあるんだ」


 突っ込んできやがった、とP子さんは思う。


「しないんですか?」

「マグロになってても仕方ないとは思うけど、それが普通と思ってる男は居るようだよ」

「HISAKAは別に男嫌いじゃないんだよね」

「あのひとはどっちもいけますよ。TEARは駄目ですねえ。FAVさんは大丈夫な気がする」

「そう?」

「そう思う、だけですがね」


 確信がある訳ではない。FAVは自分自身に関しては実に口が堅かった。

 彼女はPH7に最後に加入したメンバーだった。

 その前までは、同じイベントに一緒に参加したこともある、「F. W. A」の花形ギタリストだったのだ。はっきり言えば、PH7がFAVを引き抜いたのだ。そのF.W.Aのメンバーは、彼女以外全部男だった。

 だが結局、そのバンドでFAVがどういう存在だったのかはP子さんも知らなかった。

 へえ、とP子さんはうなづいた。


「変なもんですねえ」

「そ。変なものなの。だいたい昔の結婚の心得、とか妻の何とやら、って知ってる? 初夜の床でも妻は慎み深くはしたなく声など上げることもなくー」

「……そうなってくると、それはそれで何かの苦行のようですな」

「苦行ね。それはそうかもしれんね。どっちがどっちを好きでもなしにするSEXなんてさー、苦行でしかねーんじゃないの? そーじゃなかったら、ただの子作り」

「ああ、そういえば基本はそれでしたね」

「そうそう。だからしょーもなく、こちとら女にばかり生理っーもんがある。男にもあればいーんだよ。そうすれば絶対世界は変わる!」


 どん、と石川キョーコはテーブルを叩いた。

 おお、だんだん酔いが回っているぞ、とP子さんは思う。このひとは酔うとだんだん論調が過激になっていくのだ。そのあたりが面白いと言えば面白い。

 しかし確か今日はインタビューだったんではないだろうか。


「……そういえば仕事はいいんですか仕事は」

「ああ、そうだった」


 こほん、と咳払いをややわざとらしくしてから、テレコのスイッチを入れる。


「……じゃ、今日は我々の愛すべき居酒屋から、インタビューというものをしてみましょうか」

「はい」


 それでも仕事と言えばちゃんと酔いがすっと引くあたり、この女は侮れないのだ。

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