2020年夏×

結城彼方

2020年夏×



 一生に一度体験できるかどうかの一大イベント。それが2020年夏の東京オリンピック。期間は2020年7月24日から2020年8月9日。日本だけに限らず、世界中が大いに楽しんだ。その内の一人に、ある発明家がいた。

 発明家はオリンピック終了後、一抹の寂しさを感じていた。まるで充実した夏休みのある日の暮れのように。そして思った。また、あの夏を過ごしたいと。そして閃いた。あの夏に戻れる装置をつくろうと。

 発明家は研究に研究を重ね、わずか1年で2020年の夏を繰り返す装置を発明した。発明家はワクワクしながら装置のスイッチを押した。だが、特に研究室に変わった様子は無かった。発明は失敗だったのかとがっかりして外に出た。すると、あの活気に満ち溢れていた2020年の夏がそこにはあった。発明家は大喜びし、前回の夏同様、大いに楽しんだ。毎日、毎日、毎日。楽しくてたまらなかった。その上、この楽しみを独占しているという優越感も味わえた。なぜなら他の人間は1回目の夏とほとんど同じ行動を自覚も無しに繰り返しているのだから。

 一体、何十回同じ夏を過ごしただろうか。発明家は近頃おかしなことが起きていることに気付いたのだ。それは、自分だけ年を取っているということだ。異変に気付き、装置を調べてみた。すると、装置に重大な欠陥があることを発見した。この装置は、2020年の夏を1回目の夏と同じように何回も過ごせる装置では無く、2020年の夏という時空間にスイッチを押した人間を閉じ込める装置だったのだ。

 その事に気が付いた発明家はゾッとした。このままこの時空間に閉じ込められていたら、自分だけが年を取っていくことになる。家族も、友達も、恋人も年を取らないのに、自分だけ。だが、正しい時空間に戻る術が見つからなかった。それ以来、発明家は正しい時空間に戻る研究を続けている。2020年の夏の中で。今もずっと。

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2020年夏× 結城彼方 @yukikanata001

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