ハロウィーン

五丁目三番地

第1話

ハロウィーンで浮かれるのは渋谷の大人たちだけじゃなく、子供たちも同じでいつもと違う服装にお化粧、いつもより長く遊べる友達といつもより優しいママ。今日くらいはと子供のわがままと騒音を許容する母親たちに反吐が出そうだった。イヤホンを通り越して聞こえてくる高い声に嫌気がさして画面は見ずに音量を上げた。

「ねえママ、ママ!ねえ!ねーえ、ママ!」ママ友と話す自分の母親をしつこく呼び続けている姿にどうしてか目が行った。なんだよ相手ぐらいしてやれよ、ガキの話なんか適当にうなずいて「うんうんそうだね、そうなんだね。」ってバカみたいな返事で満足するんだからさっさと終わらせろようるせぇな。目の前の相手にはどう間違っても言えない乱暴な言葉が脳裏に浮かぶ。週に二回しか乗らないJR線は通学に使う赤い電車よりよく混むし、よく揺れる。気がした。はしゃいだ子供たちから離れるために余分に揺れる車内の中を歩きだす。右に左に絶え間なく揺れて少し遅れてつり革も揺れた。一歩、二歩と離れるともう母親たちの話し声も子供が靴を履いたまま座席に立っているのも別にどうというほど気にならなくなって、自分の移り気に驚く。スライド式の扉を開いて閉める。ガシャン。扉を背中に感じて十数分前までの世界を断絶した。夕方5時の6両目は5両目よりも混んでいて、空いている席はサラリーマンか知らない制服を着た女子高生の隣しかなかった。別にやましいこともないけれど大人の男性の隣に行くのは少し気が引ける。座るかどうかも迷ったけど、ドアの上についた液晶画面には目的地まで9分と表示されていた。バイトの前に無駄な体力は使いたくない。結局女子高生の隣に座る。ふと見られていた気がして今しか顔を合わせない乗客からの視線が気になった。私が座ろうが立とうが彼らにとっては何の影響もなくて本当は興味もないことも知っている。でもそんなことはただの事実でしかない。見られている気がしたことが私にとっては一番の問題に思えた。自分が人からどう見られているのか、最近はそんなことばかり気にしている。写真写りを気にせず笑えた私は桜の中で殺してきた。さっきまでの青空も民家も電線も全部が真っ黒に切り替わった。代わりに自分の可愛くない顔と隣のもっとかわいくない女子高生が車窓に映る。隣の彼女は自分の身だしなみよりも違法アップロードされた少女漫画に夢中で偶然隣に座っただけの他人に軽蔑されているなんて思いもしないんだろう。気に食わなかった。梳かしたかどうか怪しいほどに絡まって乱れた髪が、腫れぼったい一重のままの目が、違法アップロードされた漫画を読むことによる大きなデメリットを知らない彼女の無知さえもが私を苛立たせた。羨ましかった。他人からの目線を気にせず生きて行ける幸せな環境に身を投じていられることが。私のほうが可愛いのに。きっと私のほうが彼女よりは友達の数も多いはずだ。いわゆる女子高生らしい生活と引き換えの煩わしい事々から逃げた彼女を羨ましがるのはわがままなのだろうか。何かを得るには同じ価値を持つ何かを失うしかない。そんなのずっと前から分かっていたのに。

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