第931話 平等の定義

樹上家キュセア・プヲラに真っ先に居住を希望した者と言えばまずエルフ達。

ハイエルフに占拠され世界樹ンクグシレムに住むことが叶わなかった普通のエルフ達が当然のようにこの樹上家キュセア・プヲラの入居を希望した。


次に天翼族ユームズ達。

高山に国を持つ彼女たちは当然高いところを好み、高い山の中腹にある岩穴などに営巣……もとい家を造るが、高度の低いところでは樹上に住み着くのが一般的だ。

言ってみれば樹上家キュセア・プヲラは彼女ら本来の家の在り方であり、そこに住みたがるのは当然と言えよう。


そして獣人ドゥーツネムたち。

その全てではないけれど、一部の獣人ドゥーツネムは森林や樹上生活を好む者達がいる。

そうした者達もまたその樹上家キュセア・プヲラに惹かれ、居住を希望した。


普通の街ではこうした場合大概獣人ドゥーツネムの要求は突っぱねられるものだ。

他の人型生物フェインミューブの村や街では知能の低い、もとい頭のよろしくない…あまり大差ないような気もするが…獣人ドゥーツネムを一段劣る連中と見做すことが多い。


そのせいで彼らは力仕事メインの単純労働しか割り当てられず、結果給金も少なく、そのせいで経済力もない。

立場も弱く経済力もないとなればこうした入居募集などで他種族の後塵を拝するのも詮方なしと言えるだろう。


だがクラスク市では些か事情が異なる。

この街では最初期から獣人ドゥーツネム達が経済を取り仕切ってきた。

そう、今やこの地方で押しも押されぬ大商となったアーリンツ商会である。


当然彼らの給料もしっかり支払われているし、商会である以上社員である獣人ドゥーツネム達の教育にもしっかり金と手間と時間をかけている。

つまりクラスク市の獣人ドゥーツネム達は皆おおむね知的でかつ経済力があるわけだ(例外もいるが)。


そしてなにより彼らにとっての追い風はこの街の支配種族がオーク族であるという点である。

オーク族はあらゆる種族の嫌われ者で、ほとんどの人型生物フェインミューブとの関係性が断絶していた。


逆に言うと彼らにとって人間族ファネム小人族フィダスもエルフ族もドワーフ族も天翼族ユームズも、よく知らぬ、という点に於いて獣人族ドゥーツネムと大差ないのである。


ゆえに彼らは獣人ドゥーツネムだからという理由で差別もしなければ偏見の目でも見ない。

あくまで公正に、『どれだけ強いのか』『どれだけ役に立つのか』という視点でしか評価しない。

そしてそうしたオーク達の目から見て獣人ドゥーツネム達は、好もしい隣人に映ったのだ。


少し話が逸れたが、ともかくそういうわけで獣人ドゥーツネム達もまたこの街に於いては入居希望の手強いライバルである。

何せ彼らは経済的に豊かであって、その点ではエルフや

天翼族ユームズより遥かに優位なのだから。


そして当然ながら人間族ファネムの富裕層などもまたそうした樹上生活に憧れた。

まあ彼らの場合他の希望者達に比べると生活する上では些か不便かもしれないけれど、かわりに得難いものがそこにはある。


プレミア感である。


なにを馬鹿な、と思うかもしれないが、彼ら人間族ファネムにとってそうした栄誉欲や名誉欲というのは案外馬鹿にならぬ原動力になったりするのである。



×        ×        ×



ラオクィク一行が街道を進む。

当然周囲の耳目を引いて道行く人たちが振り返る。


何せ今の彼は『隣町の領主さま』である。

今日は兵隊も連れているし目立つのは当然と言えるだろう。


「なんかあたしのこと指さして好き勝手言ってる奴がいる気がする」

「口さがない噂は元からでしょう」

「そーだけどさー」


まあオーク族の領主というだけでも明らかに目立つのに、その後ろに控えるのが二人の妻で、それも片方が食人鬼オーガ混じり、片方が人間族ファネム

さらにはその二人の妻の体格差がものすごい。

旦那とエモニモの体格差もものすごい。

これではまあ色々なことを想像して下卑た噂をする輩も出ようというものである。


以前の彼女ならそうした噂話をしている相手のところまで直接出向いて上から顔を覗き込みながら何を話していたのか誰何すいかしたものだった。

体格的にも種族的にも完全な恫喝である。


けれど今はそれが許される立場ではない。

ゲルダもそこがわかっているから我慢しているけれど、それでも腹が立つことに変わりはないのだ。


「以前ミエ様とこの街の政治体制について論じたことがありますが、結論として住民からの不平不満は必ず出ます。そしてそうした不満の標的として恵まれた者、成功者が槍玉にあげられるのです。姉様も私も領主婦人なのですからそうしたゴシップの話題の主になる資格は十分にあると言っていいでしょう」

「嬉しくねえ資格だな!」

「その点については同意ですが。まあ有名税だと思って諦めてください」


エモニモの落ち着いた反応にゲルダも少し肩の力が抜けたようだ。

小さくため息を吐くと、僅かに馬足を速めエモニモと並んだ。

普通に歩かせるとゲルダの重さのせいで少し遅れ気味となってしまうからだ。


「しっかしミエでもやっぱ無理なんかー」

「当人が言っていました。どうしたって不満の出ない平等は実現できないって」

「なんでだよ。みんな平等にすんだろ?」

「ミエ様曰く街の制度として平等を与えるとするなら『機会の平等』と『結果の平等』のいずれかしかできないと」

「平等にも種類があんのか」

「ええ。『機会の平等』とはスタート地点の平等ですね。みんな同じ位置から始める事ができます。ただ人には個性や才能の差がありますから、開始地点が同じでも誰もが同じ距離だけ進めるわけではありません」

「そりゃそうだ」

「となると才能や努力したものだけが報われて、そうでない者は『持たざる者』になります。となれば当然より多くを得た者に対し嫉妬や不満を覚えるでしょう。まあミエ様の受け売りですが」

「あー…」


その説明はゲルダにもわかりやすいものだった。

確かに才能の差というものは如何ともしがたいものであり、同じように働いても戦ってもどうしたって差が出てしまう。

ゲルダはそれを戦場でよく知っていた。

何せその差が生死という形で厳然と出てしまうからだ。


己の巨人族の血を引いた巨体と怪力と頑丈さは戦場を生き抜く大きな武器であった。

これも才能の差と言っていいだろう。

まあ日常生活に於いては悪目立ちする分いろいろ迷惑な事も多い特徴ではあったけれど。


「つーか普通平等っつたらそーゆーことじゃね?」

「結果の平等、という考え方はまた異なります。得た利益を全員で平等に分配するわけですね。これなら貧富の差は基本起こりません。まあこれもミエ様の受け売りですが」

「おー、なるほど」


考えた事もない発想にゲルダが素直に感心する。


「ですがこれは先程とは逆にどんなに才能があってもどんなに努力しても、怠惰に過ごしていた者と同じ程度にしか分配されないということです。これでは才があり他者より克己努力する者から不満が出るでしょう」

「ははーん? つまりどう足掻いても必ずどっかが不満になるっつーことか?」

「そういう事ですね」


エモニモはゲルダにわかりやすく説明するためだいぶ簡略化しているけれど、実際には後者の『結果の平等』にはもう少し面倒な問題が控えている。


人数が少ないうちはいいが集団の規模が大きくなると正確な分配の為にまずそれらを集める者が必要になる。


終端としての意思決定もそうだ。

人数が少ないうちは全員の話し合いでよいけれど、集団が大きく案ると全体の意思決定をするために皆の意思をまとめる指導者が必要となる。


もちろんそうした役職は権力とは関係ない単なる肩書に過ぎぬと主張する事はできる。

だが無理なのだ。

それらは権益であり、そして権益は簡単に権力に転嫁し得る。


つまりいかに結果の平等を謳っていても、集団が大きくなると必ず格差が生まれ、決して平等にはなり得ない。

むしろ平等を謳えば謳う社会ほど中央の権力機構はより一層強力になりさえする。






そのことを……ミエは、よく知っている。





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