第918話 違和感の正体
対魔族戦に於いて魔導師の魔導術は切り札になり得る。
魔術結界を突破する事は難しくともとも、魔術結界を無効化する攻撃呪文や仲間を補助する強化呪文などいくらでもできることがあるはずだ。
なぜあの魔導師……魔導師ヘルギムからの呪文が先刻から途切れているのだ。
あの魔導師には十分な余力があるはずだ。
なぜなら戦闘が開始されて以降彼への直接加撃はほぼされていないのだから。
グライフが遠隔攻撃系の魔術や妖術でそれを為さんとしたが、すべてクラスクによって叩き落とされ阻止され続けてきたではないか。
「……………………ッ!?」
そこで彼は……グライフはようやく己が感じていた根本的な疑念に行きついた。
ずっとずっと微かに疑問に感じていて、けれど弱点であるミエの名を連呼され続け、クラスクとオーツロの猛攻を凌ぐのに手いっぱいで、これまでそれについて考える余裕がなかったのだ。
その疑問とは、クラスクの挙動である。
彼がこれまでグライフが放った魔術妖術を悉く防いでのけていたことだ。
荒鷲団の聖職者フェイックによる回復魔術と補助魔術。
これらがなければクラスクとオーツロはとっくにグライフとの間に厳然と存在する圧倒尾的な性能差と耐久度の差によってすり潰されていたはずだ。
足りぬ身体能力を魔術によって補い、受けた被弾を奇跡によって癒す。
傷を塞ぎ、体力を増やし、毒、病気、呪詛といった状態異常を治療する。
言ってみればクラスク達はフェイックの唱える奇跡によって己の余命をつぎ足しつぎ足ししながらグライフと戦い続けているようなものだ。
フェイックが倒れればその流れが途切れてしまう。
そうなればものの数分で二人は息切れし、そのままなで斬りにされてしまっていたことだろう。
つまり前衛二人は素で高い能力を有する高位魔族グライフに、これまでずっと外付けのバフを乗せて対抗してきたわけだ。
これに関しては相手の実力に格段の差こそあるものの、多くの
無論そんなことはグライフも百も承知である。
いやなまじな魔族より熟知していると言ってもいい。
相手が己に対抗すべく用意した奥の手や切り札を目の前で打ち砕き或いはそのまま受けて霧散させ、悔悟や絶望の表情で崩れ落ちる相手の命脈を断つのは彼の好むところだったからだ。
この戦場に於いて術師どもが固まっているその部分はクラスク陣営の急所である。
前衛を支える力の源であると同時にそれを潰すことがそのまま自陣の壊滅を意味する弱点でもあるからだ。
だからグライフは術者二人が固まっているそこに遠ければ妖術で、ある程度近ければその極太の尾で、時に〈
だがそのこ
もちろんクラスクとオーツロが後衛を守るのは当然である。
前述の通り支援魔術と回復魔術が彼らにとっての文字通りの生命線なのだから。
だがだとしても…だとしてもクラスクはあまりに防ぎすぎではないだろうか。
魔族の新たな弱点となったミエ(様)の名が彼らに知られてしまった後ならともかく、その前からずっと、延々と防ぎ続けているのである。
それをグライフは、クラスクが自分達を生き永らえさせている原動力たる後衛を守らんがために死ぬ気で無理をして防衛し続けているのだと思っていた。
思い込んでいた。
だが……実際は違うのではないか?
クラスクは無理をしていたのではなく、自動的に彼らを守っていたのではないか?
もしそうだと仮定するなら……とある疑念に説明がつく。
『主唱者』、である。
仮にグライフの〈
ある程度以上の練度を有する魔導師であれば魔導学院などで学院長などが行う強大な儀式魔術の詠唱補助を任されるのは珍しい事でなく、ゆえに儀式魔術の補助詠唱であれば彼らが知っていてもなんんらおかしくはない。
ただ儀式魔術にはメインで呪文を詠唱する『主唱者』が必要だ。
主唱者はその儀式魔術の全てを把握しておかなければならず、それを受け持つ事ができる魔導師は少ない。
さらに言えばこの場にいる誰一人として、儀式魔術規模の転移阻害結界が必要な域の高位魔族と事を構える、という前提でこの戦場に来ていないはずなのだ。
というか、そもそも想定すらしていなかった高位魔族に遭遇した場合、いかに被害を受けずに逃亡するかを考えるはずなのだ。
魔族に対抗するには入念な準備が欠かせない。
相手が強くなればなるほどそれぞれの魔族種専用の対策が必須になるからだ。
先述の通り
だから……もしその儀式魔術を唱えた主唱者がいたとしたら、その魔導師は最初からこの戦場にグライフと戦うためにやってきていたことになる。
そんな者がいたとしたら、その魔導師はその高位魔族……『
そしてもしそんな魔導師がそこにいたのなら、クラスクの動きに全て説明がつくのだ。
そこ……すなわち荒鷲団の聖職者フェイックと魔導師ヘルギムのすぐそばにその魔導師がいたのなら、周囲の魔導師達に〈
そしてグライフが荒鷲団の聖職者フェイックや魔導師ヘルギムを邪魔者と認識し狙った時は、同時にその魔導師も効果範囲に含むということになる。
となるとクラスクの斧が黙っていない。
家族を守護する『
そう、クラスクのあらゆる動きが、そしてグライフの感じたあらゆる疑念が、違和感が、それで全て説明がつくのである。
つまり……
びょう、と風が吹き抜けた。
荒野を強い風が吹き
そして……その土煙が晴れた時……
そこに、フェイックとヘルギムの隣に、片膝をつき満身創痍のドワーフがいた。
見た目はボロボロで、左半身は血塗れで、左腕は力なくだらりと下がり……
けれどその娘は震える右手で杖をグライフへと向け、強靭な意思を込めた瞳で彼を睨みつけていた。
クラスクの三番目の妻。
ドワーフ族の大魔導師。
クラスク市魔導学院学院長。
『竜殺しの魔女』……ネカターエルが、そこにいた。
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