第913話 時刻という概念
さて
なぜオルドゥスなのかと言えば古代都市への入口ができたからであり、なぜ古代都市へ向かうのかと言えば…そこに冒険者達が待機しているからだ、
リーダーの名は戦士ヒーラトフ。
クラスクの第三夫人、ドワーフのネカターエルがかつて所属し、そして失意のうちに脱退したパーティーである。
当時の彼らにはとにかく金がなかった。
少なからぬ金銭を魔具に変え魔法の武器を打ち鍛えることでパーティーの戦力を底上げするタイプのネッカとはとにかく相性が悪く、彼女は己が仲間の役に立てぬことを気に病んでパーティーを辞したのだ。
だが今の彼らは違う。
ネッカの後パーティーに加わった魔導師イルゥディウは必要ならしっかり金銭を要求する男で、またそれによって着実にと戦果を挙げることでパーティーに『必要ならしっかり金をかけ準備すること』『大きな利得の為には目先の投資による損失を受け入れること』の重要性を教え込んだ。
クラスク市の酒場に居着きあの街を拠点とした彼らには当然自分達のパーティーから抜けた後のネッカの武勇伝…それも伝説的な…が幾度も耳に入り、そのたびに彼らは己の至らなさを悔いることになった。
十分な資金と設備さえ与えてやっていれば、自分達の元でも同じような活躍をさせてやれていたかもしれなかったのに、と。
とはいえ何事にも限度というものがある。
どんなにパーティーの魔導師を大事にしようと所詮一介の冒険者が出せる資金には限度がある。
一方でクラスク市はいくら金があっても困らない魔導師のネッカですらドン引きするレベルで予算を計上するし、なんなら街の保全のために魔導学院をポンと建てようというレベルの資金運用をする。
ネッカの活躍はその有り余る資金あってこそのもので、これをそこらの冒険者集団でどうこうできようはずがないのである。
話が少しそれた。
ともあれ彼らは資金の重要性に目覚め、少しでも金になりそうな依頼があれば進んで受けることにした。
今回の依頼もその一つである。
クラスク市魔導学院副学院長ネザグエン。
彼女が儀式魔術を行うため学院の魔導師のうち腕の立つ者を招集した。
結果彼らのパーティーから魔導師イルゥディウが引き抜かれ、パーティーの戦力が一時的にではあるが大幅にダウンする。
かわりの魔導師として酒場でエポレッツァが紹介されたけれど、彼女は学院を卒業したての新米でその実力差は如何ともしがたい。
さてこの面子でどんなところに行くべきかと悩んでいたところ…彼らのパーティーに名指しで依頼が来た。
依頼主はサフィナというエルフ。
この街を運営する『円卓』の一人である。
依頼内容は古代遺跡の特定の場所での待機任務。
その間にその遺跡の施設を利用したい者が現れた場合、知識の範囲内で協力する事。
こだれけだ。
誰それを倒せという依頼でもなく、何者かを守れという依頼でもなく、何かを持って帰れという依頼でもない。
未知の場所の探索や探検をしてこいという依頼ですらない。
単なる特定の場所での半月間過ごすだけ、なのだ
その上報酬額も悪くないし、待機期間分の全員分の保存食の代金まで出してくれるという。
現場は古代遺跡の既に調査と攻略が完了した階層で、危険な怪物は全て駆逐されており、繁殖するような原住生物もいないし、魔物が湧き出すような古代の機構は全て破壊されている。
つまり単に遺跡の中で時間を潰しているだけで報酬がもらえるという実に美味しい依頼なのだ。
おまけに戦闘が発生しない見込みなので仲間の魔導師イルゥディウがいなくても困らない。
こんな有難い依頼に飛びつかないわけがない。
彼らは勇んでそれを受け、急ぎ遺跡の内部へと急いだ。
途中で戦闘は発生するかもしれないけれど、それは今の戦力でどうにかなるはずだ。
さて、この依頼を出したサフィナには一体どんな意図があったのかというと……
実はこの時点では何もなかったのである。
それは彼女が見た光景……いわば予知だった。
白昼夢のように浮かんだ映像で、彼らが遺跡の中でエルフ達を助け遺跡の機構を利用している光景が浮かんだのである。
彼らの手には携帯用の時計…といっても私達の感覚で言うとだいぶ大きい。学校の壁にかかっている時計程度の大きさだ…があり、その映像から期日と時間が割れた。
とはいえ予知はズレる可能性がある。
似た何かに取って代わられる代償成就の危険もある。
ゆえに依頼期間は広めにとって前後七日程度…つまり合わせて半月程度…とした。
要は予知の光景をスムーズに実現させるために、該当する冒険者達をあらかじめ現場へと送るような依頼をしたわけだ。
サフィナはこの時点ではなぜ彼らがそこにいなければならぬのか、なぜ彼らを送り込まねばならぬのかよくわかっていなかった。
だがドルムの一件が起き、そして大使館街でアルヴィナに助言を受けた際、遅まきながらその理由を理解する。
彼らは移送補助なのだ。
その件は偶然……本当に偶然発覚した。
古代遺跡の、既に他の冒険者が攻略済みの階層を遺跡探索の訓練…いわゆるレベリング…のために訪れていた冒険者、ヒーラトフ一行はは、そこでうっかり遺跡の罠を作動させてしまった。
『転移罠』……いわゆる手レポーターである。
作動させたのはリーダーたる戦士ヒーラトフ。
彼は遺跡から放り出され見ず知らずの場所に出現し命からがらそこから脱出してなんとか仲間と合流し……そしてイルゥディウにこっぴどく叱られた。
問題は……再度遺跡に挑んだ際、彼が迂闊にも(本当に迂闊にも!)うっかり同じ罠をもう一度作動させてしまった事にある。
「さすがにここにあるとわかってて二度も引っかかる馬鹿はいねーよ! ……あれ?」
「「「アホー!!!!!」」」
「馬鹿はおまえだー!!!!」
とまあこんな顛末で、彼は再び遺跡の外……それもだいぶ遠くに放り出されたわけだが……ここで注目すべきは彼が飛ばされた場所が前回と全く同じ地点だったことにある。
そのことを聞いた魔導師イルゥディウは大きく興味を惹かれ、その後幾度もの調査(=ヒ-ラトフを転移罠に放り込む)を行い興味深い結論を得た。
この転移罠は必ず決まった六ヶ所に対象を瞬間移動させる。
そしてその移送先は順番に時間によって制御されている。
というのだ。
製作者である魔導師の性格上のものであろう。
おそらくそうとうにかっちりした人物だったに違いない。
そこいらの冒険者ではまずこの調査結果が導き出せぬ。
正確な時間がわからぬからだ。
そして仮にそれがわかったところでやはりどうしようもない。
この世界には正確に時間を測る手段がないからである。
いや厳密には正確に時間を測る必要がなかった、が正しい。
実際ノーム族は大掛かりな時計を発明し時間を『刻む』、いわゆる『時刻』の概念に到達していた。
だがそれが広まらなかった。
農作業が生活の大基盤であり工業商業が未だ主産業となっていないこの世界に於いて、必要なのは季節の移ろいや日々の天気であって、『1時間後を正確に刻む』必要がなかった。
教会の鐘で一日を何分割かできればそれで十分だったのだ。
だがクラスク市は違っていた。
この世界に必須でないものを、クラスク市はわざわざ造ることがができる。
ミエの存在である。
アーリンツ商会の潤沢な資金があるあの街では、たとえこの世界に不要であってもミエの常識、ミエにとっての需要を満たすためのものが容易に造られ得る。
ノーム族やドワーフ族と言った発明工作鋳造が得意な種族が揃っている事も大きい
。
そしてそうした生まれた発明品が、必須ではなくとも便利だからと市井に広まってゆく。
『時計』の存在。
『時刻』の概念。
それらは……そうしてクラスク市に広まり定着していった。
そしてそれが……単なる遺跡の罠に大きな意味を与えることになる。
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