第905話 合流軍

「助かりまシタ。こちらから森に向かうト時間ガかかりマスからね」

「いや。こちらこそ助かった。見通しがよいとはいえこのあたりは不慣れだからな」


馬上で挨拶をかわす二人。

一人は北原村の村長にして男装の女オーク、ゲヴィクル。

そしてもう一人はクラスク市の北方、かつての赤竜の縄張りに横森ウークプ・ウーグを復興させたエルフ、ヴシクゼヨールである。


「しかし魔族がクラスク市を襲撃していたとは……気づくのが遅れたのは不覚だ」

「仕方ナイデショウ。シタようデスシ」

「ぐぬう」


魔族達は普段アルザス王国の北部、闇の森ベルク・ヒロツに生息しており、その活動圏はドルムより北寄りであることがほとんどである。

そしてそのドルムからクラスク市までは直線に近い一本の街道で南北に結ばれている。


となると安易に考えるなら魔族達は北から南へ攻めて来たと思われるかもしれないが、実際には違う。

エルフたちの森、横森ウークプ・ウーグがその中途にあるからだ。


エルフ族は人型生物フェインミューブの中でも格段に知覚力に優れている。

魔族どもがその森を通過してクラスク市に向かおうとすれば瞬く間に気づかれて激しい防戦に合っていただろう。


魔族の中には姿を消せる妖術を扱える者もいるけれど、例えばそれが光の屈折などを利用して己の姿を消すものだった場合、空間に僅かな屈折のズレが生じることがある。


じっとしていればまず気づかれる恐れはないが、動いている時はそのが同時に動くため違和感は大きくなる。

なにも警戒していなければほとんどの者が気づかず素通ししてしまうけれど、注意深い人間に「そこに透明人間が歩いているよ」とでも教えてやって丹念に観察させれば気づかれるかもしれない…といったレベルの違和感だけれど。


だがエルフ族は別だ。

彼らの異様に鋭い五感は姿を消したものが上空を飛んでいるだけで気づきかねない。

無論エルフにとっても相手が透明であることに変わりはないけれど、それでもその違和感を目標に魔術で強化した矢を射かける程度なら可能だ。


そうでなくとも途中クラスクが蒸気自動車で横森を通過しているはずで、その際彼から魔族の動向について聞き警戒している可能性が高いのである。


となると魔族達にはいささか面倒な事態となる。

エルフ族は全員精霊魔術の使い手だからだ。


魔族には魔術結界があるけれど、魔術を魔族相手でなく術者自身の強化などに使われたら少々厄介である。

魔導師達と違ってエルフの精霊使いなどはある程度剣も弓も扱えるし戦いの訓練を積んでいる事が多いからだ。

いわば天然の魔法剣士と言えるだろう。


用いる魔術も単純な身体強化とは限らない。

弓の命中精度の上昇、相手の急所の探知、風の屈折を利用した回避能力の付与、魔族の用いる魔導術や妖術に対する抵抗上昇といった、継戦能力の高い補助魔術なども精霊魔術の得意とするところだ。


なにより厄介なのがクラスク市襲撃前にいち早く街に危険を知らされる事である。

なにせ占術による通信を妨害するためには大規模な結界が必要だが、その維持にはネッカが予測した通り高位魔族が近くに控えていなければならぬ。


エルフの森からクラスク市までは往来が豊富な上に完全な平地であり、多島丘陵エルグファヴォレジファートからも様々な種族が行き来するようになってしまった。

無論森のエルフ達も用事があれば王都へと向かう。

そんな連中に隠れて畑のど真ん中で大規模結界を維持し続けるのは困難だ。


つまり魔族どもは横森ウークプ・ウーグとクラスク市の間に通信妨害用の結界を張ることができない。

クラスク市と防衛都市ドルムとの間であれば人口はぐっと減り人の住まぬ荒野が広がっているため十分可能だが、横森ウークプ・ウーグとクラスク市の通信を妨害する事はできないのだ。


さらに言えばクラスク市からエルフ達の森まで視界が開けすぎている。

それこそ通信に狼煙でも使われれば原始的すぎて結界では防ぎようがない。


となると結論はひとつ。

魔族達は赤蛇山脈ロビリン・ニアムゼムトの山中を大きく迂回しクラスク市へと進軍してきたのである。


空を飛べる魔族が多いため単に移動距離が長くなっただけのものもいるだろうが、空を飛べぬ上に騎馬の鎧魔族ウジェクィップなどは相当に苦労した事だろう。

けれど彼らの今回の目的は種族の存亡がかかっていた。

泣き言など言っていられる余裕がなかったのだ。


そこまでした上で、だが魔族達はそれでもエルフたちがクラスク市へ急変に駆けつけるであろうと予測していた。

彼らの魔術を併用した高い知覚能力を評価すればむしろそうなるのが当然と考えてすらいた。


第一にクラスク市と横森ウークプ・ウーグは遠くともその間に広がるのは広大な耕作地のみで遮蔽物がないに等しく、視界が通ること。

第二にエルフ族は目がよく、魔術強化することで遥か遠方まで見渡せること。

そして第三に先述の通り太守クラスクがこの森を通過しているはずであり、その際彼から事情を聞いて警戒しているだろうことだ。


無論この時点でクラスクが意識しているのはドルムの危機であって、クラスク市が襲われようとは露とも考えていない。

エルフ達も森の北に意識を集中させるだろう。


けれどもし彼らの中にクラスク市が北方だけでなく周囲を警戒するなら(そして注意深いエルフ族はそうするだろうと魔族達は高い確度で予測していた)、クラスク市が何者かから襲撃を受けている事を目ざとく発見し騎馬で急行してくる可能性は十分高いと踏んでいたのだ。


とはいえその時点で気づかれるのは彼らの計画通りである。

エルフ達に先に気づかれ街に防備を整えられるから困るのであって、街を攻めてから救援来られても大した問題ではない。


彼らの当初の計画(真の計画はとっくにミエに叩き潰されているので、あくまで今回の計画だが)では街の内で人に化けていた魔族が民衆を扇動し操り、寡兵と見せかけつつほとんどの魔族が空から姿を消したまま襲撃し城壁の上を一瞬で虐殺、その後制空権を奪ったまま地上部隊を派遣することでクラスク市は一鐘楼…だいたい2,3時間以内には魔族達に制圧されていたはずなのだ。

その後にエルフ族がやってきてももう手遅れなのである。



……ともあれそんなわけで遅まきながらクラスク市の異変に気付いたエルフ族は急ぎ森を出立、街へ向かう際に途中にあった北原村のオーク軍と合流、そこからさらに南下しクラスク市へと向かっていた。


いたのだが。


「なにかしら、あれ…」

「あん……? ってほんとになんだありゃ」

「黒い、雲……? でもすっごく低い……」


ゲヴィクルの後に続いて馬に乗っている三姉妹、長女の聖職者ルミュと次女の戦士リュット、三女魔導師グロネがそれぞれ目をすがめ眉をしかめる。


なにやらクラスク市の上に雲がかかっている。

ちょうどクラスク市だけをすっぽりと覆うような雲で、それも異様に高度が低い。


「あの雲で我らは異変に気付いたのだ」

「フム、トすルト、あれも魔族ノ?」

「おそらくは。瘴気を利用して黒雲を作り出し陽光を遮っているのだろう」


ゲヴィクルとヴシクゼヨール、それぞれの兵の隊長同士が意見を交わす。


「魔族ハ陽光ガ弱点デシタッケ?」

「弱点というほどではないはずだが、それでも太陽は太陽の女神エミュアの象徴だからな。得意ではないはずだ」

「ナルホド」


……と、そんな会話をしているところで異変が起こった。


「え? え? あれって……」

「太陽! 太陽が街から昇ってく!」

「ちょっと待てグロネ! さすがにそんなわけ……いやなんだアレ」


三姉妹が指さす先には街の一角から眩い光芒を放ちながら上昇してゆく赤熱する光の球体。

そしてそれが一瞬にして黒雲を霧散させると……



「「「樹が生えたー!?」」」



思わず目を丸くして驚愕する三人娘。

いや彼女だけでなく背後の兵士達も皆目を飛び出させ指さしざわめいた。


なにせこの遠方からでもはっきりとわかる巨大さなのだ。

一体どれほどの巨木だというのだろう。


「アレハ……魔族ノ攻撃?」


目を細め怪訝そうに街を覆わんばかりの巨木を見つめるゲヴィクル。

なにやら黒い花を付けているとこからそう口にしたけれど、どうもあまり邪悪さを感じない。

だがだからといって味方がやったにしては街にだいぶ被害が出ていないだろうか。


…と、そこまで考えたところでゲヴィクルは隣のエルフの様子がおかしなことに気づいた。



なにやらわなわなと震えながら阿呆のように口をあんぐりと開けてクラスク市を指さしているのだ。



「ドうカナさイマシタカ。あノ樹に見覚えガ?」

「見覚え…? いや、ない。あるはずが……だ、だが見間違えるはずがない。エルフである我々が見紛うはずもない。あれは、あれは……ではないか……ッ!」

「ング……?」


エルフ族独特の発音に困惑するゲヴィクル。

背後で大きくせき込む三女グロネサット。


「デ、そレハナンナノデす?」




ヴシクゼヨールは……その声すら震わせて、その樹の正体を告げる。






「エルフ族の聖地……世界樹ンクグシレムではないか! あれは! なぜそれがこんなところに……!?」






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