第893話 真の計画

さてクラスク市が見事赤竜の討伐に成功し勝利に酔いしれた後、待っているのは山のような陳述と脅迫である。

赤竜に奪われた我らの国の宝を返して欲しい、返せという矢のような催促だ。


まあ延々と険しい山河を越え半死半生で死の地下迷宮を突破した後ボロボロの状態で赤竜に挑み全滅するのは容易に想像できるけれど、たかがオークの集落に挑んで負けるのはなかなかに想像しづらい。

強気に出るのも当然だろう。


特にこの時点では彼らの殆どの者がクラスク市を見た事すらないのだろうから猶更である。


実際にはそのオークどもが赤竜を討伐してのけているのだけれど、赤竜がたまたま調子が悪かったとか、既に他の者と戦って息も絶え絶えだったとか幾らでも自分達に都合のいい理由はでっち上げられる。


重要なのは『赤竜は怖いけどオーク族の集落はそれほどでもない』という彼らの思いこみである。

ゆえに彼らはこぞって国の宝を返せとクラスク市に交渉し、懇願し、或いは恫喝する。


売値が高ければ高すぎると文句を言って。

ならばと安く値付ければ足元を見られさらに安くできるだろうと言い立てて。

そして仮に適価だったとしても……やはり値切ろうと食って掛かって交渉は難航する。

なにせ国宝クラスの魔具は適正価格でも国が買えるほどの価値があるのだから。


そこを魔族どもが利用する。


人型生物フェインミューブの姿に身をやつし、十重に二十重に防御術を張り巡らせ正体を隠蔽し、さも味方のふりをして各国に取り入って国主に囁きかけるのだ。


「相手は所詮オーク族なのだから奪い取ってしまえばよいではないか。お前達の国のかけがえのない宝なのだから」

と。


なにせクラスク市はアルザス王国の国土に勝手に建てられ王国からの許諾も得ていない街だ。

納税すら拒んでいる。

それを滅ぼしたところで誰に避難されるいわれもないではないか、と。


さらに私の集めた情報によれば他の国々が同様にあの街を襲い自らの国の宝を取り戻さんと画策しているらしい。

乗り遅れればお前達の国の宝も他の国に奪われかねないぞ。



大国に国宝を奪われたらどうとする。



……魔族どもは人の欲望を増幅させるのが上手い。

そうした甘言で国政担当者を煽り、誘惑し、或いは焦らせる。



そうして……複数国家の連合軍が組織され、クラスク市に進軍を開始する。



クラスク市の兵の練度は高い。

元王国騎士団の騎士隊長と副隊長がみっちり教練しているのだから当然腕も上がる。


けれど個々がどれほど強くなろうと、数の暴力には勝てぬ。

兵士と言うのは基本足し算の強さだからだ。

兵士一人を一人と半分程の強さまで鍛え上げたとて、十倍の兵力には到底敵わないのだ。


強くなることで数を凌駕できるのは魔導師などの術者のみある。

彼等の強さは乗算の強さだからだ。

けれど術師の場合今度は数が少なすぎる。

たとえ個人が数十人、数百人分の働きができるからとて魔力が切れるまで数で押され続ければ逃げるしかない。  



そうしてクラスク市は大軍に包囲され、窮地に陥る。

そこで発揮されるのがもう一つのだ。



魔族どもは各地の人型生物フェインミューブではない、己の種族との嗜好や反りが合わぬ連中に噂を流し、クラスク市へと誘導してきた。

クラスク市はその性質上彼らを受け入れこそするだろうが街中に入れると人型生物フェインミューブどもに排斥されるだろうからと、ほぼ確実に隠れ里などを作り秘密裏に管理するはずである。


ゆえに……その村に正体を隠した魔族を潜ませる。

そして連合軍に包囲され緊張で街の空気が張り詰めたその段階で……彼らを街に解き放ち暴れさせるのだ。


これは変化した魔族が人外の連中の心に闇を注ぎ不安定にさせ暴走させるのが一番好ましいけれど、別に変化した魔族が直接暴れてもいい。

大事なのは『クラスク市が密かに飼っていた人外の怪物どもが街に被害を出した』という事実である。


首脳陣は街の者からの信頼を失い、連合軍はそんな危険な化物どもを密かに抱え込み邪悪な計画を練っていたという、クラスク市を攻める大義名分を得ることになる。

さらには彼らによってクラスク市の門を開かせ、攻城戦と籠城の余地すら残さぬよう念を入れるのだ。



こうして……クラスク市は敗北する。



周囲を十重に二十重に包囲され逃げ出す事もできず、怪物どもを飼っていたという人理に外れた罪で降伏勧告も受け入れられず、圧倒的戦力を前に壊滅する。

魔族どもが言葉巧みに囁いて、クラスク市の首脳陣からの降伏を頑として受け入れさせぬからだ。



さて、問題はこの後だ。



魔族達は是が非でも国宝を取り戻さんとする国々に話を持ち掛け、彼らの種族愛と種族の誇り、さらには所有欲と名誉欲とを刺激しこの連合軍を組織させた。

だが魔族どもは同時に、赤竜に国の宝を特に奪われてもいない、或いは国宝など元々所持していない国々にも声をかけて回っていた。


そうした国は自国の国力を、戦力を少しでも増やしたい。

そんな国にとって各国の国宝はまさに垂涎のお宝である。


魔族どもはさも味方面して彼らにこう囁きかける。

強い国に国宝を返してますます富ませてどうする。

この時こそ千載一遇のチャンスではないか。

お前たちこそがそれを手にするべきではないか……と。


人々の心に欲望がある限り、魔族はそれを巧みに操り利用する。

彼らに野心や野望がある限り、魔族の言葉に抗う事は難しい。





こうしてクラスク市の宝物庫の前で、各国は鉢合わせすることとなる。


自らの国の宝が目の前で奪われんとしている事に激高する国。

そうした宝を奪い携えすぐにでも遁走したい国。


互いに一触即発のところに……事件が起きる。

突然兵士が血を噴き斃れるのだ。





もちろんこれは罠である。

魔族どもが各国の首脳陣を煽り焦らせ欲の虜に仕立て上げたタイミングで、最後の引き金を引いてやったに過ぎない。


だがもう引き返せぬところまで来た国々は……戦場の空気に飲まれるようにして戦いを始める。


戦って戦って。

戦い抜いて。

幾夜も幾夜も、幾晩も戦って。


そうして全ての国の兵が甚大な被害を出し、全ての国が疲弊しきったところで……





魔族どもである。

街を取り囲むようにして、だがずっと姿を消し潜んでいた魔族どもが一斉に襲い掛かり、弱り切った各国の軍隊を殲滅させる。

唐突な魔族の出現に驚き慌て恐怖し絶望した各国の精兵は、ここに壊滅の憂き目を見る。


こうして……クラスク市は完膚なきまでに蹂躙され、この地方の主だった国々の精鋭もまた甚大な被害を被り這う這うの体で逃走する。


後に残ったのは破壊され尽くされた街並。

途方に暮れる生き残りの住民たち。

泣き喚く子供。



そこに……



彼は街の者達に告げる。

我がオークの軍団は壊滅したが、街を襲った連中は皆追い返したと。


そしてどんない苦しくとも俺達は生き延びた。

また街を一から作り直そうではないか、と。


街の者達は彼を歓呼と共に迎え入れ……そうして、クラスク市は命脈を保ち復興をはじめるのだ。



だが、これはすべて嘘である。



本物のクラスクは戦争の序盤で既に殺されており、このクラスクは魔族が化けた偽物だ。


クラスクだけではない。

その他にも多くの魔族どもが人に化け街に潜伏し、さも苦労した風に街を立て直してゆく。


だ。


生き残りの人型生物達フェインミューブ達はその後彼らのおもちゃとなり、餌となり、魔族のためだけに生き永らえさせられる。

それを止めるすべはない。

なにせ再び太守の座に就いたクラスクはまるで人が変わったようになり、苛烈な命令や法を敷くようになるからだ。


けれど住民たちは彼を責められない。

他にもう頼れる人物がいない崖っぷちというのもあるけれど、クラスクの苦しみを彼らは理解し、同情してしまうからだ。




、と。




こうして……魔族の街と化したクラスク市は、その後彼らの当初の計画と似たような流れを辿る。


すなわち各国の襲撃を恐れてという体でアルザス王国に庇護を求め、納税をして信頼を得る。

北方の魔族どもが活発になり北方回廊から防衛都市ドルムへの食糧輸送が困難となって、かわりにクラスク市から食料が大量に運び込まれる。


やがて占術によって検知されぬよう高度な防御術で偽装した、瘴気と呪詛とをふんだんに含んだ食料が少しずつドルムを内側から蝕んで……

ある日、突如として魔族どもが一斉に蜂起して体力と判断力を失ったドルムを一気呵成にうち滅ぼす。


そしてそれと同時にクラスク市がその正体を露わにする。


魔族の開発した儀式魔術によって隠蔽されていただけで、クラスク市とその周囲の土地は既に瘴気地へと変貌してしまっていたのだ。



こうしてアルザス王国の国土の西半分を瘴気の海に落とした魔族ども。

それに対抗したくとも各国にはそれだけの戦力がない。


魔族と戦うべく編成されるはずの精兵たちは、だが彼らの欲得まみれのクラスク市への出兵によって壊滅し、この地方のどの国も魔族どもに対抗する力を失ってしまっていたからだ。



もはやアルザス王国一国に留まらぬ。

魔族に抗し得る力を失ったこの地方の国々は次々とその領土を瘴気の海に沈め、やがてこの地方すべてが魔族達の支配地となってしまうだろう。



これが、魔族どもの真の計画。

彼らの最終的な目的である。





……いや目的で、





だがこの計画は実現しなかった。

ある人物の、ある政策によって魔族どもの建てた計画が完膚なきまでに叩き潰されてしまったからだ。







そう、ミエの……『竜宝外交』である。







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