第843話 気煌剣

スキル≪気煌剣≫。


かつてアーリが荒鷲団であればかの赤竜イクスク・ヴェクヲクスに抗し得る、のような発言をしたことがあるが、その根拠がキョウヤ…当代のオーツロが有するこのスキルである。

なにせ彼の場合相手の物理障壁の除外条件を考慮する必要が一切ない。


クラスクが、そしてクラスク市が必死に情報を集めて分析した結果など参照する必要すらなく、ただ己のスキルで斬り付けるだけでかの赤竜に有効打を与える事ができるのだから。


ただだからと言って当代のオーツロ率いる荒鷲団であらばかの赤竜を容易に討伐し得たかと言えば、答えはノーだ。

なにせ除外条件を解析せずに挑んだ場合、かの赤竜にダメージを通す事ができるのはオーツロただ一人である。

ならば赤竜はひたすら彼の攻撃だけを防ぐように、そして彼だけを潰すように立ち回ればいい。


またそもそもドワーフの街オルドゥスからのショートカットが使えなかった場合、古代遺跡の迷宮ワムツォイムの前半部分を命がけで突破せねばならぬ。

実際荒鷲団が赤竜討伐に出向いた時は、竜の巣穴たる火口底の手前にあった可動式の迷宮ワムツォイムを突破した時点で余力を失い、赤竜とまともに戦うことすらできずに撤退する羽目になってしまっていた。

これでは討伐など夢のまた夢である。


話は逸れたが、ともかく彼のスキルは非常に強力なものだ。

ただそれが今のスタイルに至るまでにはまだもう少し紆余曲折を経ることになる。


一つ目が継戦能力の激減。

初期の頃のように武器に纏わせるだけならば効果も低い代わりに消耗もほとんどしなかったのだけれど、本来の力である光の刀身を生み出した場合、手に持っているだけで生命力をどんどん消耗していってしまう。


始めの内は雑魚と戦うたびに気絶していたほどだ。

とてもではないが実戦に耐え得る燃費ではなかったのである。


第二に武器のイメージ化。

≪輝光剣≫は使い手がイメージした武器の形状を取れるが、イメージが弱いと武器の形状が安定せず、また維持も困難だ。


第三が武器が実体を持たぬこと。

物理障壁を突破し、相手の鎧や外皮などの硬さを無視できることは大きなメリットではあるが、同時に気による刃では相手の攻撃を防げない。

実体を持たぬ刀身では受け太刀ができないからだ。

攻撃にはいいが守りには不向きなのだ。


そこで色々試行錯誤の末最終的に辿り着いたのが、今のオーツロのスタイルである。


まず鞘を用意してやることで武器のイメージ化を補助。

大剣の形をすぐに作り出せるようにした。


またこの鞘自体が魔法の鞘で、納刀している限り彼の生命力を僅かずつ、消耗しない程度にその内側に溜める事ができる。

これにより最初の一撃だけは生命力の消耗なしに放つ事ができるようになった。


そして専用の柄の作成。

オーツロは≪輝光剣≫により完全な気の刃を生み出す事ができるが、この世界に来た当初にしていたように武器に纏わせる使い方もできる。


そこで色々試した結果、元々ある武器の上に気の刃を伸ばす事ができるようになった。

要は大剣の柄に短剣の刃を乗せる一見奇妙な武器を用意することで、短剣の刃の上に大剣並の光の刃を伸ばすことにしたわけだ。


これにより彼が持つ光の剣の根元部分にはちゃんと実体剣があることになり、やや心許ないながら相手の攻撃を受け太刀することができるようになった。

前線を張る戦士としていざという時のための自己防衛手段の確保は非常に重要である。


最後に……彼の戦い方、戦術の大幅な変更。

≪輝光剣≫は維持し続ける限り生命力を失い続ける。

だから長い間戦えない。

戦士として継戦能力の短さは致命的である。



ゆえに彼は……を諦めた。



普段はずっと納刀しっ放し。

戦闘中も基本的にそのままだ。


そして攻撃の瞬間だけ、その鞘から柄を抜き放つ。

≪輝光剣≫を発動させるのはその刹那。


一瞬にして伸びた気の大剣が物理障壁も鎧も硬い鱗も一切無視してダメージを与え、そして即座に納刀する。

≪輝光剣≫の発動を一瞬のみに抑える事で生命力の消耗を極限まで減らしたのである。


これは彼の故郷に存在するある剣技から着想を得たものだ。

そう、言わずと知れた『居合術』である。


この世界では誰一人知らぬ居合抜刀術を取り入れる事により、彼のスキルは完成したのだ。

クラスクが目を剥いた、オーツロの奇妙な攻撃は居合術によるものだったわけだ。



これが……荒鷲団団長、オーツロの奥の手。

神や魔王にすら挑むことができる驚異の秘剣。



……今の荒鷲団は、オーツロがほぼ一から集めたものだ。

かつての荒鷲団…先代オーツロの頃の面々は、ある者は先代と共に死に、ある者は先代からいまわの際に指名された新団長を不服として団を辞め、またある者はオーツロとの冒険中に命を落とした。


己の弱さに、人望のなさに、幾度も絶望し、挫けかけて。

それでも先代から指名を受けたという責任感から、彼はその都度血が滲むほど努力して、歯を食いしばって立ち上がった。

そして一から今の荒鷲団を造り上げたのだ。


最初は戦闘を避け、探索メインの仕事をこなしつつ。

そうして自分達を鍛えながら、やがてより高度なミッションに挑んで。

やがてこの地方最強の冒険者の名を戴くようにまで至ったのである。


アーリがかつて言っていた、名が売れるにつれ戦闘メインの依頼が増えていったというのは、つまりそう言う事だ。

最初から探索だけで名を上げた冒険者なら、喩え名が売れたところで探索メインの仕事の依頼が増えるだけのはずである。


だが荒鷲団は元々探索も戦闘もありの集団だった。

新たなパーティーを纏めるため(そして戦いを好まぬアーリのため)探索の仕事ばかり受けていた新荒鷲団だったが、再び名が売れ始めれば戦闘系の依頼が増えるのもまた当然だったのだ。


そしてそれを弁えていたからこそ、パーティーがようやく本領を発揮できるとなった時、戦闘要員になり得ぬアーリは自ら身を引いたのである。


正直なところ、練度や技術の高さという面に於いて、今の荒鷲団は先代には未だ及ばない。

けれど、この地方最強の冒険者という評価は当代のオーツロになってから得たものだ。


それはひとえに彼の努力と苦闘と……そして彼の与えられた≪スキル≫によって成し遂げてきた偉業に対する評価なのである。




「ソウカ、貴様、『鷲』ノ……!」


棘魔族ウクァラワグの忌々し気な共通語ギンニムでの呟きが、逆に彼ら荒鷲団の評価の高さを裏付けていた。


不味い。

不味い不味い。

すぐに、すぐに逃げ出さねば。


一歩後ろに下がり、素早く精神を集中させる。

棘魔族ウクァラワグは〈転移ルケビガー〉のさらに上位版の妖術を有している。

大転移ルケビカー・クィライク〉と呼ばれる、失敗するリスクのない瞬間移動をいつでも使用する事ができるのだ。


危険になればいつでも逃げ出せる。

その逃げ足の速さもまた竜種と同様知性ある魔族の厄介なところだ。


だが……


がくん、と膝が崩れ、棘魔族ウクァラワグはその場に崩れ落ちた。

一瞬何が起こったか理解できなかった棘魔族ウクァラワグは、遅まきながら己の足元の地面が薄く光っている事に気づく。

それは……半径20ウィーブル(約6m)ほどの範囲で、己を取り囲むように広がっていた。


「〈次元錠ツェック・カヴェヲクヴィヲフ〉……!」


忌々しげに呻き、その術の詠唱者を睨みつける。

そう、言うまでもない。

聖職者フェイックに護衛を頼んでいた魔導師、ヘルギムである。


次元錠ツェック・カヴェヲクヴィヲフ〉とは範囲内の対象が他次元を経由することを制止する呪文である。

瞬間移動とはすなわち他次元経由の門を生み出し遠距離と遠距離を繋ぐ魔術。


ゆえにこの空間の上では〈転移ルケビガー〉や〈次元扉クィーフ・ヴェオクヴィヲフ〉と言った呪文は全て失敗してしまう。

奇しくも魔族達がドルムに仕掛けた瞬間移動対策をそのまま返された格好である。


「…貴様ら魔族のお偉いさんはピンチになるとすぐ逃げるでな。対策を取るのは当然じゃろう?」


離れた場所でヘルギムがしれっと言い放つ。

棘魔族ウクァラワグは……己が既に詰んでいることをようやく悟った。


「魔族の間でも有名だとは光栄だな。今後とも御贔屓に!」

「魔族は……殺す!」





皮肉げに笑いながら光る刀身を両手に持ち替えるオーツロ。

一瞬にして間合いを詰め、補助魔術で己の剣を輝かせるヴォムドスィ。






棘が脆くなった左半身と、棘を斬り払われた右半身と。

オーツロが真横に……そしてヴォムドスィが真直に。

二人が挟む込むようにして放った刃は、棘魔族ウクァラワグを十字に斬り捨てた。






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