第842話 オーツロの秘密

オーツロが剣を抜いていた。

あのどう考えても抜刀できそうにない腰に差した大剣を。


ただしその大剣はただの大剣ではなかった。

確かに柄はある。


柄の一番下の『柄頭』。

剣を手で握り込む『握り』。

そして柄と剣を分ける『鍔』。

いずれも大剣のそれで間違いない。


ただその先端……柄の上の刃が、ない。

いやあるにはあるのだが短すぎる。

短剣程度しかないのだ。

その大きな鞘から抜き放たれたにしてはあまりに短すぎるのである。


だが……その小さな刀身の先から伸びているものがある。

光の束だ。

眩い光がまっすぐに伸びて、あたかも刀身が如き形状を保っている。

彼が腰に差している鞘にそのまま大剣が収められていたとすればちょうどそんな長さだったろう。



言うなれば……彼が手にしていたのは、光の剣であった。



「よい……しょっと!」


棘魔族ウクァラワグの腕をその剣で斬り飛ばしたオーツロは、そのまま彼の棘塗れの本体目掛けて光の刃を振るう。

本来であればたとえ大剣であろうと人間族の振るう武器のリーチは棘魔族ウクァラワグの全身に生えている棘のそれより短くて、ゆえに迂闊に攻撃しようものなら腕にその極太の棘が幾つも突き刺さりたちまち出血多量となっていたはずだ。


だが現在、棘魔族ウクァラワグの左半身の棘はヴォムドスィの〈音宝珠ギョゥワーヴ・ブスゥ〉によって脆くなっている。

その棘はオーツロの腕に当たり傷を与えるが、それ以上深く突き刺さらずに砕けてしまった。



そして……オーツロの光の刃が、棘魔族ウクァラワグに、届く。



「グアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


激しい痛みに絶叫を上げる棘魔族ウクァラワグ

かつてこの姿となってからこれほどの痛みを受けたことはなかった。

攻撃がまともに通っている。

物理障壁がまるで用を為していない。


ドルムの兵士どものように魔術で付与した属性などで物理障壁を突破したのではない。

ならば、この光は、一体、なんだ。


周囲の魔族どもから次々と魔術と妖術が投射された。

その全てがオーツロ…ではなくその手にした光の剣に向けられている。


解呪ソヒュー・キブコフ〉である。

その物理障壁を突破する魔法の剣を打ち消さんとしたのだ。


だがオーツロはそれを一切気にせず光る剣を素早く片手に持ち替えて、棘魔族ウクァラワグの脇をすり抜けるように横薙ぎの一撃を喰らわせる。

棘魔族ウクァラワグの身体を覆っている棘がやすやすと切り裂かれ、宙に舞い……そして、その無数の棘の向こうで、棘魔族ウクァラワグの胴体を斬り払っていた。


おかしい。

おかしい。


仮に物理障壁を無効化する武器だとしても、棘魔族ウクァラワグの棘には硬度がある。

鋼鉄並の硬さがあるのだ。

物理障壁を貫けたとて、刃は棘の硬さで止まるはずではないか。


もし止まらないのだとしたらそれは物理ではなく魔術で生み出された魔力による剣ということになる。


魔力そのものを剣に変えたのであれば確かに実体を持たぬエネルギーであるため物理的な棘で防ぐ事はできぬ。

ただそうなるとそれは魔術攻撃の一種ということになる。

目標自体は『魔力の剣ひとつ』となるが、魔術攻撃として扱われるため攻撃の際魔術結界の干渉を受け、突破できなければその刃で傷つける事はできないはずだ。


それに先ほど乱れ飛んだ〈解呪ソヒュー・キブコフ〉。

あれだけの数の魔力解除を受ければその魔力の刃は霧散し消え失せていなければおかしい。


解呪ソヒュー・キブコフ〉の影響を受けず、物理障壁も効かず、魔術結界も効かず、そして物理的な硬度の影響も受けぬ。

そんな攻撃などこの世にあるはずも……


「ア……」


唐突に、気づいた。

その謎の光る剣を持った男の、そして彼と共にやって来た仲間達の正体に。


そうだ。

そうだ。



もしこいつがなら、そんな常識外のを、確かに、扱えるはずだ……!




オーツロ……いや当時キョウヤと本名を名乗っていたその異世界者は、ミエと同様この世界に渡る際にスキルを与えられていた。


彼のスキルは、当初手にした武器に光を纏うものだった。

要は武器強化の一種として使っていたわけだ。


市販の剣だろうと、道端の棒きれだろうと、彼がスキルを発動させると光に包まれ、威力と強度が上昇する。

そしてまるで魔法の武器であるかのように相手を傷つけ、物理障壁を突破する際の助けとなった。


彼はその特殊な力により先代のオーツロに認められ、荒鷲団の見習いとして随行する許可を得ることができたのだ。


現代世界の、それも剣道程度しか嗜んでいない元男子学生である。

自ら望んだ道を進むために、彼は様々な苦労と苦難を越える必要があった。


単純な技術の不足。

命のやり取りという実戦経験のなさ。

魔術に対する無知。

そして……生き延びるために他者の命を奪うこと。


挫折して。

立ち上がって。

また挫折して。

幾度も幾度も繰り返しながら、彼は少しずつ強くなっていった。


だが本人が強くなるほど、彼の固有スキルはその分見劣りしていった。

普通の武器を魔法の武器に変えられるのは確かにすごい。

コスパを考えれば非常に有用ではある。


だがそんなもの一時的な効果であれば魔導術の最下級の呪文ですら実現できる。


それに実力が上がり分け前ももらえるようになって、彼も魔法の武器を手に入れた。

こうなると『普通の武器を魔法の武器にする』効果はほとんど意味を為さなくなってしまう。

彼のスキルを魔法の武器に使っても、切れ味が多少増す程度にしかならぬのだ。


だが……そこに転機が訪れる。


信じられぬほどの強敵。

斃れる先代のオーツロ。

武器を折られ無手となったキョウヤ。

絶体絶命の危機。


そんな中……彼は遂に己のスキルの真の力を解放させる。

追い詰められ、死が目の前に迫り、それでも目の力失わず、戦う気力を失わなかった彼の手の内に……光り輝く剣が現れたのだ。



≪輝光剣≫。

それが彼のスキルの名。



それは本来は武器に纏わせるものではなく、光の帯そのものを武器状にして攻撃するスキルだったのだ。

彼は今まで手に武器を持った状態でしかこのスキルを使ったことがなかったため、補助的な効果しか発現できていなかったのである。


このスキルの真価は……キョウヤの生命エネルギーそのものを武器の形として抽出している事にある。

いわゆる『気の刃』だ。


実体を持たぬエネルギー攻撃であるため対象の物理障壁は意味を為さず、対象の硬度も無視できる。

また呪文ではなくあくまでであるため魔術結果に阻害されぬ。


…剣と魔法の世界であるこの世界に於ける高位の存在は、ほとんどの場合物理障壁と魔術結界を備えている。

物理的な攻撃は物理障壁で防ぎ、そうでない攻撃は全て魔術なのだから魔術結界で防ぐ。


除外条件やら結界を貫通する魔力の高さなどに差異はあれど、基本魔族だろうと天使だろうと、魔王だろうと神だろうと有しているのはその延長線上の力である。

無論神ほどの域に達すればば『定命を克服した存在』などが物理障壁の除外条件になっており、どんな強い戦士が攻撃しようとその障壁に弾かれてしまうだけなのだけれど、キョウヤのスキルはそれらすら無視できる。


なぜならそもそも物理攻撃ではないのだから物理障壁の対象外であり、魔術由来ではないから魔術結界によっても弾けないのだ。


有体に言えば、もし相手が目の前にいて、己のスキルが届く距離で、かつ命中させるだけの技量があるのなら、オーツロは喩え相手が神様だろうと魔王だろうと斬りつけ傷つけることができるのである。





彼のスキルは……この世界に於いてはまさにチートと呼んでも差し支えない効果なのだ。






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