第841話 棘魔族
さて話を少しだけ遡ってオーツロとヴォムドスィの二人はどうなったのだろう。
「おおっと! あの棘飛ばせるのか!」
「気を付けろ。返しがあって刺さると抜けん」
「抜けんとどうなる」
「激しく痛い。そして血が止まらん。失血死する」
「ヤバくね?」
「ヤバいな」
二人はなかなか
なお『ヤバい』はオーツロが言い出した表現であり、彼の仲間はなんとなくその用法を察して合わせて使っている。
「仲間…仲魔? 懐かしいなこの言い方。に刺さっても…気にしねえか。そりゃそうか」
「上位の魔族に当たったら進退問題だろうがな。下位魔族どもに当たったところで気にも留めまい」
「ブラック起業すぎる…いや直接暴力はバイオレンス? バイハラ?」
「貴様の言っている事は時折よくわからんな」
「あー、やっぱニュアンスまで翻訳されねえんだな」
「?」
かつてミエが『オークの花嫁』という単語を直訳で認識し誤解してしまったように、彼らが授かった言語にはニュアンスごと置換する機能がない。
だからオーツロの発言もおそらく単に『黒い商会』程度でしか伝わっていないのだ。
ヴォムドスィはエルフ族である。
≪夜目≫を有し夜間に活動する事も多い彼らにとって『黒』や『闇』という単語に悪いニュアンスがない。
彼らの日常と普通に結びついているものだからだ。
ゆえにオーツロの発言になんら負のイメージを見出すことができずに首を捻ったのだろう。
こうした発言をする以上、オーツロがこの世界の
オーツロは現代人だ。
ミエと違ってごく普通の健康な若者で、とある不幸な事故でこちらの世界へとやってきた。
そしてのっけから野外に放り出され魔物どもに襲われ命の危機に瀕する。
このあたりオークの住まう森に直接放り出されたミエもそうだが、転移者や転生者の安全性の確保に少々問題があるような気がしないでもない。
そこで彼を助けたのが当時の荒鷲団、その団長たるオーツロ…の先代である。
この地方の一般言語を授かっていたオーツロ…いや先代の話をする時にこの名では混乱を招くので当時の名で呼ぼう…キョウヤはそのためコミュニケーションに不足はなく、そのままオーツロ達に連れられ街まで送ってもらえた。
キョウヤはオーツロに憧れた。
強さと、優しさと、そしてその凛とした美しさに。
……先代オーツロは女性だったのだ。
そしてなんとかして彼らの仲間にならんと必死に頑張って頑張って、街で起きた幾つかのイベントを経たのち、なんとか見習いとして荒鷲団に滑り込んだ。
彼がこちらの世界に渡る時授かっていた≪スキル≫が、戦いの際有用であることが明らかとなったためだ。
ただ当時の彼の名はキョウヤのまま。
荒鷲団の面々のように名を受け継ぐには至らなかった。
「なんだ今の音……って棘また生えとる!?」
「思ったより再生が早いな」
「これじゃちょっと近づけねえぞ!」
ゆえに射出すればその部分の棘は失われてしまう。
……のだが、それは見る間にまた生えてきて、そして即座に放たれた。
前回は左右から挟み撃ちする二人を迎撃するために周囲に一斉に放ったけれど、今回は二人が近くにいるためそちらの方向へ範囲を狭めての掃射である。
一発でも当たれば突き刺さり抜けなくなり血が止まらなくなる危険な棘だ。
「フェイックにあれ頼めねえかな! 召喚!」
「難しいだろうな」
フェイックは高位聖職者として神から授かった召喚の力を有する。
簡単に言えば天使を呼び出す事ができるのだ。
天使は善良な存在であり、邪悪の権化である魔族どもとは完全に主張が対立するため快く(というか積極的に)魔族との戦いに身を投じてくれる。
ちなみにイエタも高位の聖職者であるためそうした天使の召喚を行う事が可能だが、
まあそもそも現状彼女は大魔術を放った結果魔力を根こそぎ奪われて召喚術のような魔力消費の大きな呪文は使えないだろうけれど。
「そもそも召喚術の詠唱は他より長いゆえ乱戦では使いにくい。それに仮に呼び出せたとしても相手が悪い」
「そーなのか」
先刻は
上級魔族である
そして聖職者であるフェイックが呼び出す天使どもはまさにそうした『完全に対立する存在』である。
ゆえに仮に来てくれてもその妖術によって簡単に殲滅されてしまう危険が高いのである。
「
棘の標的とならぬよう常に位置を変え走りながら、ヴォムドスィは短い呪文の詠唱をし、その手の内に白い球を生み出した。
魔力そのものではない。
明らかに実体のある小さめの水晶球のようなものだ。
ただその内側に白い何かが渦巻いている。
「そこ!」
そしてさらに一瞬の後、魔族から射出された棘を横っ飛びにかわしながら手にした球を投擲する。
直後、着地点目掛けて放たれた棘と背後からの
彼が投擲した球は狙い過たず
〈
「グ、ギ……!」
炎や稲妻と言った直接的なエネルギーに対し、音波はダメージという点では少々劣る。
だがそのかわりとして有利な効果を持っている。
第一に魔族でも竜族でも音波が無効だったり耐性を持っていたりすることは殆どなく、相手の耐性をすり抜けやすい攻撃であること。
第二に音波…振動によって生命体以外の硬い構造物に対して有効なダメージとなること。
今回でいえば
ばりん、と音がして
音波によって脆くなってしまったのだ。
音波攻撃の中でも〈
つまり
まあそのかわり対象に射出する機能もなければ魔術効果で自動で命中するわけでもないので生み出した珠は自力で普通に投げて勢いよく命中させねばならぬのだが。
呪文は得意でも戦闘がからっきしの魔導師などは珠を生み出したはいいがろくに当てられず地面に落として破裂させ自滅、などと言うケースすらあるという。
だがヴォムドスィは魔法剣士である。
そもそも戦闘が得意で、しかもエルフ族であるため飛び道具や投擲武器もお手の物だ。
まさに今この場に相応しい攻撃と言えるだろう。
「いよっしゃ!」
地面を転がるヴォムドスィと入れ替わるように、彼の横から
音波効果により脆くなっていたのだ。
「んじゃ、行くぜー!!」
「!?」
そしてオーツロが
次の瞬間、その腕が吹き飛んでいた。
一瞬何が起こったのかわからぬ
だがすぐに気づいた。
それは……刃。
光る刃。
オーツロが手にした、光り輝く……いや光そのものの大剣だった。
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