第838話 荒鷲団

「こいつらが魔物なのはいいとしてよぉ」

「こうした獣ではない魔物連中のことは『魔人』と呼ぶらしいぞ」

「マジか! 魔人!? めっちゃカッコいいな!」

「そうか?」

「いやー中二病ってわけじゃねえんだけどそういう名前ってやっぱそそられるって言うかさー」

「チュウニビョウ? 相変わらずお前の言う事はよくわからんな」


オーツロとヴォムドスィ…人間族の戦士(?)とエルフ族の魔法剣士が、魔物どもの群れを斬撃で切り拓きながらさらに前へと踏み込む。


「ちょっと二人とも! あまり前に出過ぎないでくださいよー!?」


それを追うのは戦槌メイスを構えた聖職者のフェイック。

棚引く金髪とその容貌ははたから見ると麗しき女性にしか見えぬ。


「仕方ねえだろ! 仕事だ仕事!」

「依頼を先に果たした方が後が自由になって楽だぞ」


だが先頭の二人は止まらない。

特にヴォムドスィは次々に剣を繰り出し魔物どもを切り捨ててゆく。


彼が手にした青白い剣が薄く発光している。

剣自体の効果なのか、それともなんらかの魔術による強化なのか。


一方でオーツロは腰に大剣を差したままに見える。

体勢を低く、剣の柄に手を添えたまま、相手の攻撃をかわしているだけだ。


だというのに、彼の周囲の魔物どもの手や足が突然千切れて吹き飛んでゆく。

一体どういう手品なのだろうか。


「いた! あいつだな!」

「そのようだ。気を付けろ」

「お前がな!」


黒い魔物どもの群れを抜け、複数の魔族に取り囲まれた目掛けて速度を上げる。

彼らの周りに兵士はいない。

このあたりは冒険者のである。


ヴォムドスィが一気にその相手に肉薄し、手にした剣で護衛らしき帯魔族ヴェリートを一瞬で斬って捨てると返す刃でその魔族目掛けて一撃を繰り出さんとする。

だがその刃は直前で止まり、彼はそのまま大きく後ろに跳ねて間合いを開けた。


「厄介だな」

「だよな」


後から追いついた団長オーツロが両者のやりとりを見分しながら少しだけ眉をひそめる。


その魔族は、全身が鋭い棘に覆われていた。

その鋭すぎる棘は近づき攻撃しようとする者に突き刺さり、激しい痛みを与える。

ヴォムドスィが攻撃直前に手を止めたのもそのためだ。


さらにその魔族は白兵戦を得意とし、自ら相手に向かって突撃し棘の生えた腕で相手を掴み、抱擁する。

それにより相手は体中に棘が突き刺さり全身を貫かれ即死してしまう。

まさに死の抱擁というわけだ。

魔族にしては近接攻撃を好む珍しいタイプである。


上級魔族の一種、棘魔族ウクァラワグでる。


そしてこの魔族がオーツロ達の目標だ。

このあたりで最も位階が高く、周囲に指示を出していると目される魔族だからである。


「こいつ確か肉弾戦が大好きで魔術は使わねえから安心だっけか?」

「違う。強力極まりない妖術を用いるが我らは気にしなくてもよい、だ」

「まどっちでもいーや」


オーツロとヴォムドスィが言葉を交わすと素早く左右に散開する。

実際のところ棘魔族ウクァラワグは高位魔術に匹敵する妖術を自在に操る上級魔族の中でかなり上の妖術使いだ。

ただ彼らが用いる妖術は魔導術ではなく魔族にしては珍しい神聖魔術系統であり、しかも対立属性を殲滅させるためものなのだ。


例えば棘魔族ウクァラワグが用いる妖術のひとつに〈不浄影繭ユィウェフト・ウリフマ〉がある。


魔族どもはまず邪悪であることで『悪』の属性を、そして統制の取れた行動をするため『秩序』の属性を備えている。

ゆえに彼らが用いる〈不浄影繭ユィウェフト・ウリフマ〉の妖術は『悪』以外の者と『秩序』以外の者をダメージを与えつつ威服させ弱体化させる効果のあるのだが、特に対立属性である『善』の者と『混沌』の者により大きなダメージとペナルティーを与える。

これらは累積するため、『善』かつ『混沌』の者であったなら効果は絶大だろう。


一方で『善』でも『悪』でもない『中立』の者。

また『秩序』でも『混沌』でもない『中立』の者。

こうした者達は『悪』ではなく『秩序』でもないためそれなりに効果はあるが対立属性の者ほどではない。

言ってみれば彼らが得意とする妖術は聖騎士や天使族といった対立属性に寄ったに対し絶大な効果を持つものなのだ。


一方で冒険者の属性というのは雑多なもので、特定の属性に寄っていない事が多い。

互いの属性や主張はバラバラだが、同じ目的・目標の為に手を組むというのが冒険者の定番だからだ。


特に迷宮ワムツォイムに潜って一攫千金を目指そうなどという連中は善良とは言えぬ者がほとんどで、棘魔族ウクァラワグの妖術は最大の効果を発揮させづらい。


ドルムの冒険者たちは皆高い練度を誇るため半端な効果しか発揮しないであろう棘魔族ウクァラワグの妖術はそうそう使われることはないだろう、というのがヴォムドスィの判断なわけだ。


我が命に従い展じて開けファイク・ブセラ・フヴァウェス・ユゥーク・エドヴェス


さて二人の背後に追いついた魔導師ヘルギムが呪文を詠唱し杖を振るう。

そうはさせじと周囲の魔族どもが一斉に襲い掛かるが、それを詠唱しながら身をかわし、或いは目に見えぬ障壁によって攻撃を阻む。

そしてそれでいて彼の呪文の詠唱は止まらない。


回避や防御の動きを取りながら、場合それ自体が魔導術の詠唱の動作要素を満たしている。

つまり戦闘行動を取りながら同時に呪文詠唱をしているのだ。

こうした喩え戦闘時であっても呪文詠唱が問題なく行えるスキルを≪戦闘時詠唱≫と言う。


学院で研究ばかりしている魔導師からするとだいぶ優先度の低い≪スキル≫なのだが、こと冒険者に加わる魔導師としては非常に重要なである。

なにせ乱戦で誰かと肩がぶつかってせっかく唱えていた呪文が霧散する、とでもなったら目も当てられないからだ。


ヘルギムは『冒険者の魔導師』なのである。


「『雷撃式・拾七ヴァーヴィニック・クィフヴァグルリ』 〈弧電フヴォヴルゴークスクァ〉!」


呪文が完成し、ヘルギムは杖先で目標を二点定めた。

棘魔族ウクァラワグを取り囲んでいる魔族二体である。


突如その両者の身体から閃光が放たれ、同時に二人を結ぶ稲妻が走る。

選択した、〈弧電フヴォヴルゴークスクァ〉と呼ばれる攻撃呪文だ。


この呪文は目標を二体設定しないと発動しないため強大な単体などが相手の時は使えないが、このような乱戦の中では非常に有効に働く。

また対魔族戦に於いて使用する呪文だけあって、この呪文は幾つか対魔族に有利な条件を備えていた。


第一に魔術結界が働かない。

いわゆるである。


第二に雷撃属性であるため、魔族の有する属性耐性や属性抵抗をすり抜ける事ができる。


そして第三に……


「ギッ!!」


精神感応で会話して普段言葉を発しないはずの棘魔族ウクァラワグが忌々し気に声を上げる。

標的とされた魔族二体に挟まれた場所にいた棘魔族ウクァラワグを左右から稲妻が貫いたのだ。


そう、この呪文はに稲妻を走らせる呪文なのだ。

指定した二体を攻撃すると同時にその間にいる者にも雷撃ダメージを与えるのである。

複数の魔族に取り囲まれ身を護っている棘魔族ウクァラワグに対し非常に有用な呪文と言えるわけだ。


周囲の魔族がぐりんとヘルギムに目を向けて、一斉に襲い掛かって来る。

魔族の魔術結界を完全に無視できる魔導師はそう多くない。

ここで仕留めておかないのちのち厄介だと判断したのだろう。


だが当然魔導師が敵陣で魔術を使う以上無策なわけがない。

特に〈弧電フヴォヴルゴークスクァ〉は〈火炎球カップ・イクォッド〉ほど遠くから届く呪文ではなく、魔術や妖術が使える相手を一方的に攻撃できる呪文ではないのだ。

ならば当然それに対策を取るのは当たり前だろう。


「気を付けて!」

「言われるまでもない」


魔導師ヘルギムの前に戦槌メイスを構えた聖職者フェイックがカバーに入る。

よく女性と勘違いされる彼は、それでも戦士に混じって前線に立てるいっぱしの戦闘訓練を行っているのだ。


だがだとしても多勢に無勢だ。

周囲には魔族、一方彼らは術師が二人である。





これでいったいどうやって身を護るつもりなのだろうか。





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