第834話 其は蒼き流星雨

ドルムの誇る白銀騎士団が城門から一斉に打って出る。

意外な事に、門を出ると同時に攻撃魔術や妖術が雨あられと振って来るようなことはなかった。


それもそのはずである。

この城に張られた結界が城に向かって放たれた攻撃魔術や妖術を阻害し、その多くを打ち消してしまう。

もちろん中にはこの結界を突破してその威力を発揮できる魔術もあるが、それはごく一部だ。


城壁を破壊し対象不適切で結界術を無効化する目的であればそれでよかった。

反撃の恐れのない…正確には反撃を受け傷ついても攻撃呪文の射程外まで下がって高速治癒能力で傷を治せる…距離から手持ちの攻撃手段を順次放っていれば、いずれ城壁の修復より破壊の方が進行してゆく。

打ち消されようと結界を抜ける攻撃があるのだからそれで構わなかったわけだ。


だが今は状況が違う。

ドルムの正規軍が打って出てきたからだ。


この後熾烈な白兵戦が発生するはずである。

だから騎士達の数は一人でも減らしておきたい。

となると、結界越しの攻撃魔術は些か効率が悪い。


城門近くは未だドルムを護る魔術結界の内側で、そこに〈火炎球カップ・イクォッド〉などを放っても大半が打ち消されてしまう。


ほとんどの妖術には一日から数日ごとの使用回数制限があり、魔導術もまた魔力のある限りしか唱えられぬ。

撃てる回数が無限でない以上無駄打ちは避けたいわけだ。


騎士達が正面の魔族に向かい馬の速度を上げたその時…やっと魔族どもが炎と稲妻を解き放った。

騎士達がドルムを護る魔術結界の外に出たからだ。


そこは未だに魔族どもにとって不利な精神攻撃用結界〈精神損壊領域フキオッド・クォゥブキフ・フヴォグキャクス〉の内側であり、魔族達は直接近寄れぬ。

ゆえにこのタイミングで攻撃系の魔術妖術が雨あられと放たれることになる。


無論ドルム側も無策ではない。

騎士達にはあらかじめ魔術抵抗を高める防御術が聖職者たちによってかけられているし、数が多いため万全とはゆかないが、魔族達が得意とする火炎系や氷雪系の属性攻撃を軽減する〈集団火炎抵抗オラフ・ステュツォルッテン〉や〈集団氷雪抵抗ウリグ・ステュオルッテン〉などがまとめて…だいたい十人単位程度で…かけられている。


これらの呪文は〈火炎抵抗オラフ・ステュツォル〉や〈氷雪抵抗ウリグ・ステュオル〉などの呪文を一回の呪文で同時に複数に付与できるもので、冒険者なども集団バフとして好んで用いる。

もちろん対象が増えた分呪文の位階自体は上がってしまうし、呪文詠唱時に近くにいる者同士にしか効果を適用できないが、聖職者を中心に広がる範囲効果というわけではなく、あくまで『目標:生物複数対象』の効果であるため、一度対象に付与されてしまえばその後それぞれが離れて別行動しても個々の対象への属性抵抗は有効に働く。


火炎抵抗オラフ・ステュツォル〉は以前イエタが用いた〈火炎免疫ウーサマーニュ・オラフ〉の下位呪文であり、呪文により与えられた軽減能力以上の火力で焼き払われれば当然防ぎきれなかった分のダメージは受けてしまう。

だがそれでも鍛えた騎士と軍馬であれば致命傷にならず突破できる……はずだとドルム側は判断したわけだ。


もちろん魔族側もそれをわかっているので先ほどまで溜めていた分まとめて数を放つ。

完全にダメージは通らずとも軽減された上で蓄積ダメージで殺し切ろう、というわけだ。


そもそも魔導術にせよ妖術にせよ詠唱や精神集中によって使用する際に隙ができる。

接近されたらそうぽんぽんと気軽に使用できるものではないのだ。

だから接敵される前に放てるだけ放ってしまえ、という側面もある。


…まあ魔族の場合は己の物理障壁を頼りに接近戦で無理矢理魔術や妖術を行使する事もあるのだが。


けれど魔族側のそんな策は当然ドルム側も把握している。

ゆえに当然対策の手も打って来る。


第一に対抗魔術による打ち消しであり、第二に射程の長い呪文を魔族どもに当てて集中力を乱しての呪文消散ワトナット狙いである。


二番目の対処法については魔族相手に通用する、魔術結界を抜ける強力な呪文を無駄打ちしてしまうというリスクがある(この距離だと後方に下がって高速治癒されてしまうため)が、それでも前衛を護るために仕方なく切らざるを得ない部分がある。

なにはなくとも騎士達が先陣を切って魔族達を引き付けておかないと後続の歩兵たちが集中砲火を浴びてしまうからだ。



ただ今回はそこに追加要素があった。

クラスクと……そしてネッカの参戦である。



「攻撃魔術で援護しまふ!」

「お願いします!」


北部城門の上に立ち、杖を構えたるはクラスク市魔導学院学院長ネカターエル。

彼女は己の左手に青白い何かの鱗…おそらくは触媒だろう…を摘まみこすりつつ、右手で杖を掲げて呪文詠唱に入った。


「〈魔術強化ソヒュー・ルヴァグスヴィ〉!」


ぶしっ、とこめかみから血を噴き出しつつ、ネッカは即座に次の呪文の詠唱を始める。

かつては唱えられなかった領域の、定命の者が到達し得る最高位の魔導術の詠唱を。


我が魔性の髄以て伏し請い願う。解きほぐせフヴォッボジュヴァ クェド アヴァウ グコフヴィオッド イゥ グロム グコーム フヴ イベゴ 『召破式・肆クェッドカークリ』!」


その詠唱を聞いたドルムの魔導師達が驚きと同時に失意の表情を浮かべた。

第一に非常に強力な呪文であることに驚き、第二にそれが魔族にあまり有効な手でないことに失望したのだ。


「いけませんネカターエル様! その呪文は……!」


だがネッカは止まらない。

ここまで唱えておいて中断すればせっかく貯めた魔力が呪文消散ワトナットしてしまう。

どっちにしろ最後まで唱え切るしかないのである。


「〈流星雨ウカムク・クェイリウ!!」


ただし……ネッカの呪文はそれで終わらなかった。


「……氷雪置換ヴェオキャロークパック・イソ〉!」

「「えええええええええええええええええ!?」」


仮にも魔導師たるものが上げていい声ではないのだが、それほどに彼らの衝撃は大きかった。


流星が、落ちてくる。

八つの流星が天より召喚され、魔族どもへと降り注ぐ


それは城の北門前方、騎士達の向かう方角の大型の魔族ども目掛け、それぞれ離れた場所に落下、着弾した。


流星雨ウカムク・クェイリウ〉は隕石を幾つも召喚し目標地点に落下させる呪文である。

召喚された隕石自体は実体のある物理的なもの。

一方で落下の際の大爆発は魔術的な効果として扱われる。


非常に強力な、そして強大な威力を誇る呪文だが、他の魔導師達が危惧したようにこの呪文は魔族どもには有効度が低い。


隕石自体は物理攻撃ではあるため魔族の物理障壁に引っかかってしまうし、その後の爆発は魔術扱いのため魔術結界で弾かれる。

というかそもそも爆発時のダメージは火属性であるため火炎属性完全無効の魔族には一切ダメージが通らないのだ。


もちろん隕石の落下である。

当たれば痛い。


そこらの下級魔族であれば落ちてきた隕石だけで押しつぶされてお陀仏だろう。

だがそんな程度であればもっと低い位階の呪文でも実現できる。

わざわざ大魔力を消費してまで最高位の魔術を唱える意味がないではないか。


だが……ネッカには秘策があった。


かつて赤竜イクスク。ヴェクヲクスが用いた相手の耐性の穴を突く攻撃……≪竜の吐息≫の属性変換である。

研究の末、彼女は特殊な触媒を用いる事で己の魔術の属性を特定の属性に置換する技術を獲得した。


それが今回の『氷雪置換ヴェオキャロークパック・イソ』である。


これは厳密には術師が修得する≪スキル≫の一種である。

正式には≪呪文補正(属性置換/氷雪)≫と呼ぶ。


ただネッカは現地人のためその仕様は知らぬ。

あくまで研究の成果という認識だ。

…まあ異世界人であるミエもさっぱり知らぬのだが。


ともあれネッカが唱えた〈流星雨ウカムク・クェイリウ〉はそのスキルによって効果を変貌させた。


隕石の落下により強大な物理ダメージを与えた後、その着弾地点の周囲の青白い爆発が巻き起こる。


炎ではない。

である。


これは魔術効果なので魔術結界に引っかかり、一部の魔族はそれを完全に無効化する。

だが強力な魔術であるため、魔術結界を突破されまともに冷気攻撃を受ける魔族も多かった。


魔族は火属性を完全に無効化するため本来の〈流星雨ウカムク・クェイリウ〉によるこの爆発は彼らに一切効果を与えない……が、魔族どもは冷気によるダメージも若干軽減してしまうためせっかく属性を変更しても彼らの多くに致命傷を与えるまでには至らない。

小鬼インプなどの下級魔族どもが巻き込まれて固まり砕けた程度だ。


だがネッカが欲しかったのはダメージそのものではない。

そのである。


魔術結界を突破されたと言う事は、ダメージを軽減しようと魔術の効果自体は受けることになる。

そして氷雪爆発によりその周囲は凍り付いて……まとわりつく氷柱により氷漬けとなった魔族どもの足が、動きが、一斉に止まった。


そして身動きできぬ魔族どもは慌てて己の周囲の氷を溶かそうとして……







そして、白銀騎士団第一陣による騎兵槍ランスの突撃によって、その胴体に次々と風穴を開けた。







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