第814話 状況分析

「なにあれ! なにあれー!」


時は少し遡る。


巨人族の娘、ヴィラが叫び声を上げながら空を指さしていた。

城壁の上を……羽を広げた生物が次々に飛び越えて、街の内側へと侵入していたのだ。


ちなみに彼女は今人間族の娘の姿となっている。

街の中で仕事していたため魔術によって人の姿に変じていたのだ。


「ちょっと! この街の結界どうなってんの?!」

「働いてるとは思う……けど!」


人魚族の娘シャルの叫びに、エィレがそう呟き返した。

だが彼女自身も今の状況がよく呑み込めていない。


空を飛ぶ怪物なども少なくないこの世界に於いては、ある程度以上の規模の街ならば上空に対飛行生物用の結界を張っていてもおかしくはない。

それは探知用だったり迎撃用だったり様々な用途があるが、いずれによせ大量の飛行生物の襲来をまとめて防げるような代物ではないはずだ。


要は今のこの状況は想定外であり、街の防衛能力を超えているといっていいだろう。


「もしかして……魔族!?」

「え? ウソ?! それやばくない!?」

「まぞくってなに!? まぞくってなに!?」


エィレの言葉にシャルがあからさまに嫌そうな顔で返し、未だ事態が呑み込めぬヴィラがなおも喚いた。


ヴィラが人の姿をしているのは個人的な金銭の支払いで魔術のサービスを受けてのことではない。

となればつまり仕事の一環としてここにいることになる。


そう、新聞記者としてだ。


魔族の奸計により現在未曽有の危機にあること。

そしてそれをアルザス王国王都ギャラグフへと記事で伝えること。


その重責は計り知れない。

他の誰よりもエィレはそれを理解している。


だって己の故国なのだ。

生まれた街なのだ。

思い入れがないはずがないではないか。


そんな相手にできる限り感情的にならず、それでいて正確に、わかりやすく記事を書いてニュースとして届けなければならない。

その仕事をエィレ達は短い時間の間に見事にこなし(まあまだ記事を任されていないヴィラはがんばれ!がんばれ!と応援したり二人の相談に乗っていたりしていただけなのだが)、無事に記事を脱稿した後こうして三人で一息入れていたのだ……が、そこに魔族どもが襲来してきた、というわけである、


「なんで?! もうドルムが落ちたってコト!? クラスク死んだの!?」


シャルの言葉に道行く人たちが肩をすくめる。

彼女らの話に全て耳を傾けていたわけではないだろうが、『クラスクが死んだ』のところだけは聞こえていたのだ。


そして皆一様にこう思ったわけだ。

『ははは。そんなことあるはずないだろ』と。


なにせこの街の住人達のクラスクに対する信頼は信仰のそれに近いのだ。

まあこの世界この時代で彼が成し遂げてきた偉業の数々を考えればそれもむべなるかなと言えるかもしれないが。


だがそんな彼らも……街中で広がるざわめきと空を指さす者達のお陰で、遅まきながらも状況が理解し顔面蒼白となる。


「ねえエィレ、もうクラスクは…」

「そんなことない!」


シャルの不安そうな声をエィレが言下に否定する。


そう、そんなはずはない。

だってそれは

クラスクが出立してろくに時間も経っていないではないか。


そもそもドルムは人類が総力を結集させた対魔族の決戦要塞であり、彼ら魔族どもがまとめて攻めてきたからとて簡単に落ちるものではない…はずだ。

だってもしそうならこの五十年の間にとっくに落ちているはずではないか。

だからこの襲撃は『ドルムが落ちた結果向こうから魔族どもが攻めてきた』……


これは……


「ええっと……もしかして向こうのが一枚上手だったってこと……?」

「どゆこと?」

「どゆこと!? とゆこと!?」


エィレの呟きが理解できずにシャルとヴィラがハモる。


「魔族達の狙いはこの街……クラスク市だったってこと! ドルムが危険なのは確かなんだろうけど、たぶんクラスク様をこの街から引き離すため魔族達がをした……!」


そして…それに自分達は見事に引っかかってしまった。

エィレは歯噛みをすると同時に背筋をぞくりと震わせる。


だってそれは100%戦略的な敗北を突きつける選択肢に等しい。

太守クラスク向こうに送ればこの街の戦力が格段に下がる。

それは彼個人が圧倒的武勇の持ち主であると同時に優れた将であり指導者でもあるからだ。

彼がいなくなるだけで兵の士気は落ち攻略の難易度も格段に下がるだろう。


けれどだからと言ってクラスク市への襲撃を警戒し太守クラスクをここに留め置いたらこの街は遠からず詰む。

なぜならドルムの危機自体は本物だからだ。

ドルムが落ちれば次はこの街が狙われる……円卓会議で出された結論もまた嘘ではないはずなのだから。


つまりクラスク市が、そして太守クラスクがどちらの決断をしようと魔族達には有利に働く。

そういう選択肢を自分達は突きつけられていたのだと、エィレは今更ながらに気づいたのだ。


「これが……魔族……!」


城壁を越えて街に潜入を果たした羽魔族コニフヴォムどもを見上げながら、エィレは総身に汗を滲ませる。


まだ少女の面影を残す娘としてはとんでもない洞察力である。

だがさしもの彼女も動転のあまり気づけたのはそこまで。


なぜ黙っていればドルムが落ちるのにわざわざそれを報せに寄越したのか、というところへの疑問までは持つ事ができなかった。


「せりゃー!(パァン」

「「エィレー!?」」


唐突にエィレが己の両頬を叩き、シャルとヴィラが目を丸くする。


「どうーしたのいきなり!? ってちょっと待ちなさいよー!」


左右をきょろきょろ見回したエィレは、脱兎の如く駆け出して辻路の中央で急停止、そのまま四方に目を向ける。


「もう、建物が高すぎる……!」

「たかいところみたい?」

「きゃっ!?」


エィレがどんな目的で行動しているのかまではわからなかったけれど、エィレのしたいことはすぐに理解したヴィラが、彼女を持ち上げて肩車する。


「これでみえる?」

「ありがと! ええっと……あっちがこうだから……」


この高さでもまだアパートが邪魔ですべて見渡せるわけではないけれど、それでも防衛網の状況をざっくりと把握する。


「やっっぱり……魔族達は四方から攻めてきてる! 空から侵入するなら一点突破するより周囲から波状攻撃する方が有利だからだ!」

「そうなの!?」

「そーなの!?」

「そうなの! 空からなら防衛側が一度に相手できる数も限られるし……それに魔族には物理障壁がある! 有効な武器を持ってる人が限られるから……だから四方から攻めて自分達が安全かつ傷つかないルートから街に侵入するつもりなんだ……!」


すぐに魔族達の意図を察するエィレ。

王族としての教育と薫陶を受けているとはいえ恐ろしい才能である。


「一番薄いところ……そこが一番ヤバいってことね!」

「そう!」

「きけん? あいつらきけんなの?」

「そりゃ魔族よ魔族。敵よ敵! 前にも言わなかったっけ?」

「てき!」


ぐおおおおおお! と空を睨みつけるヴィラ。

だがそもそも高度差がありすぎて手が届くはずもない。


「で、どこが一番危険なの?! そっちに近寄らないようにしなきゃ!」

「ええっと……一番攻め込まれてるのは……西門の上かな!」



シャルとヴィラは互いに顔を見合わせ……互いに頷き、そして愕然とした表情でエィレの方に向き直った。




「「ここじゃん!!!!」」






彼女たちの上を……次々と羽魔族コニフヴォムどもが羽を広げ通り過ぎてゆく。








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