第806話 空よりの襲撃
「各自家の中へ! 絶対に扉は開けるな!」
兵士達が槍を構えながら街中を走り触れ回る。
以前であれば街の外の者達も含め全員教会を避難所として集めていたのだけれど、流石に街の規模が大きくなりすぎて住人全員を教会に入れるわけにはゆかなくなった。
街の規模の応じて教会も増えたし、また街の予算(寄付)がたっぷりついたお陰で街の各所の教会それ自体は決して小さなものではないのだけれど、それでも街の住人の方が圧倒的に多いのである。
初期の木造家屋と異なり現在は石造りの高層構造物…いわゆるアパートが建造物のメインとなっており、なまじな避難所に向かって街中で魔族に襲われるよりは家の中に閉じこもっていた方がまだ安心なのだ。
とはいえこの兵士たち、実際には街全体の状況を俯瞰で把握できているわけではない。
ただ街の各所に魔族が出現したという報を受け、いたずらに避難するよりは…とこのような伝令を発していたのだ。
クラスク市は今や混乱のるつぼのあり、ゆえに彼のとは別の指示を出している者もいる。
魔族どもと異なり必ずしも最善手を打てているわけではない。
だがそれでも、彼らの指示は偶然ながら最善手に近いものであった。
なにせかつての避難施設のあった街の北部も今や大工場地帯と鍛冶屋街になってしまっており、まともな避難所は教会のみ。
だがその当の教会こそが目下のところ街中の魔族どもの最大の攻略目標となっているのである。
迂闊に教会へと避難させれば無辜の犠牲者を次々と生み出しかねなかったのだから。
「北方より魔族3、5,7……多数! 羽付きの飛行型だ!」
「あれ羽で飛んでんのか!? 羽はただの飾りで自分で飛んでんのか!?」
「わっかんね! ネザグエン先生にもっと聞いときゃよかった!!」
一方城壁では街に潜入せんと魔族どもが次々に空から飛来してくる。
比較的人型に近い外観だがその体躯はやや大き目でまたところどころが歪にねじくれている。
漆黒の肌に漆黒の羽を生やし、手には皆三又槍を持っていた。
下級魔族の一種、
同じく羽を生やし空を飛ぶ
魔族どもの空中戦に於ける主戦力と言っていいだろう。
ちなみに魔族の序列としては
毒付きの鉤尾は失ってしまうもののそれ以外の戦闘力は大幅に向上し、使用できる妖術も強力かつ多彩になる。
なにより他の魔族や魔具などの力を借りることなく妖術を用いて自力で人の姿に化けられるのが強力で、聖職者などに占術で邪魔されぬ田舎などであれば人里に潜り込み功績などが格段に稼ぎやすくなる。
いわば
そんな連中が群れ為して空から攻めてくる。
それも一方向ではない。
東西南北から一斉にだ。
それゆえ兵士達はいずれかの城壁を集中防御するわけにもゆかず、発見した魔族どもを三々五々迎撃するしかなかった。
「増えた!?」
「増えたー!」
だがいざ迎え撃たんと身構えたところで、空から飛来する魔族の数がどっと増えた。
一気に三倍以上にである。
羽魔族どもの間から別の魔族が忽然と姿を現し、僅かに遅れて城壁の下、街の方から悲鳴が響いた。
突如空に溢れた魔族どもを見た住民たちの叫びである。
それは一見すると獅子に似ていた。
ただ背中から蝙蝠のような羽を生やし、そしてその肌に色がない。
薄く透き通ったような空飛ぶ獅子なのだ。
まあこの世界の
魔導師達はこれを
彼らも魔族の軍団の一員であり、大きな体躯、強い力、鋭い鉤爪と牙を備えた強力な戦闘力を備えているが、厳密には彼らは魔族種ではない。
魔族の飼っている獣……いわゆるペットの一種なのだ。
まあそのあたりの区別がついていないほとんどの
「くそっ! 数が……数が多い!」
「撃ち落とせー!」
突然の増援に驚愕し、絶望しながらも兵士達の士気は衰えない。
あらん限りの力で対抗せんと気合を入れる。
大量の飛行生物に襲われ、その上で城内への侵入を阻止しなければならぬという絶望的なこの戦況、けれどこれでも本来そうあるはずだった状況と比べれば僥倖とも呼べる状態になっているのだ。
端的に言えば魔導術における〈
たかがペットどころではない。
戦闘に於いて自在に姿を消せるという事はいつでも好きなだけ不意打ちができると言う事であり、それだけでとんでもないアドバンテージである事は言うまでもないだろう。
しかも彼らは獅子のような性質も備えている。
即ち音もなく忍び寄り、一瞬にして間合いを詰めてその爪で相手を組み伏せ抑え込み、その強靭な牙で首筋を噛み砕く事ができるのである。
姿を消したままこれをやられたらほとんどの兵士は気づく間もなく命を刈り取られてしまうだろう。
まさに一巻の終わりである。
だのに彼らは姿を現した。
わざわざ兵士達の前で己の正体を現し、今から攻撃しますよと宣言して襲い掛かってきてくれたのだ。
なにせ
兵士達が
〈
ここでもイエタの唱えたあの呪文が力を大きな発揮していた。
彼女のいる聖ワティヌス教会から広がったドーム状の結界が城壁まで届き、姿を消していた
『本性』とはなにも魔術的に別の姿に化けている事だけを指すのではない。
変装しているのも、魔術や妖術で姿を消しているのも、等しく『己の本性を偽っている』と扱われてしまうのだ。
ゆえに
確かに数は多い。
これほど大量の、それも物理障壁持ちの飛行生物と戦うこと自体兵士達には未知の領域だろう。
だが彼らは少なくとも人に化けた魔族に惑わされ騙し討ちに合う事もなく、姿を消した魔族どもに一方的に蹂躙されることもなく、ただ極めて強い相手と正面から戦うことができた。
繰り返すが……これは僥倖なのである。
「くっそ! かってえ!」
「取り囲め!
魔族どもには下級の
だが
殺すためには力いっぱい攻撃し続けなければならぬ。
つまり弓矢などの飛び道具ではほぼ倒せない、ということでもある。
「
そう、人間が数人がかりで巻き上げる
だがそれは魔族どもも知悉している事だ。
群がるように
空を飛ぶ。
攻撃が通用しない。
知的に立ち回る。
精神感応で最善の連携を取って来る。
恐ろしく手強い攻城兵である。
兵士達は次々に倒され、その上を悠々と魔族どもが通過せんとしている。
いかに飛行生物との戦いを想定はしていても、これほど大量の空飛ぶ軍団との戦闘は
それこそドルムでもない限りこの数を撃退することなどできないだろう。
このまま城を上から蹂躙されてしまえばクラスク市は落ちる。
城壁の内側には大量の一般市民がいるのだ。
だが……その時。
「撃てェー!」
反撃の口火を切る攻撃が、衛兵隊長の号令により放たれた。
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