第773話 食料運搬大作戦

話は少し遡る。


クラスク市太守クラスク自らが行った無謀とも思えるドルムへの単独突撃。

一体なぜあんなことになったのか。


それはちょうどクラスク市がアルザス王国王都ギャラグフへの通信手段を確保し、皆がその準備に取り掛かった直後のあたりだ。


「さて王都への連絡については最低限の目処が立ったわけだが……」


キャスがざわめき興奮する円卓の面々を鎮めながら会議を再開させる。


ただ若干会議の参加者は減っていた。

サフィナが各国に〈動物伝言サキャラッル・ミレイ〉の呪文で今の事態を伝達せんと外交官街へと急行し、イエタが〈聖戦オーウェターグ〉を宣言する儀式を執り行わんがため己の教会へと向かったためだ。

ちなみに花のクラスク村の方で育児休暇をしているゲルダはまだこちらに到着していない。


「もう一つ重要な議題が残っている。防衛都市ドルムへの食料の搬入だ」

「それは……本来王都の方たちが行うものですよね?」


もちろん道義上はこちらでやっても全然問題ではない。

というかむしろ許されるなら率先してやりたいくらいである。

ミエはそう思いつつも、念のため確認する。


「無論だ。だが二つの理由で我らが行うべきだと判断する」

「二つ…? それはどういう?」

「一つは距離の問題。転移魔術が阻害されている恐れがある以上食料は物理的に馬車などで搬送するしかない。そして王国東部から北方回廊を大回りしてドルムへ向かうよりこの街から整備された街道を用いて真北のドルムに直行する方が遥かに早く届けられる」

「確かに……あれでも転移が無理でも魔術で空って飛べますよね? 王都から空を飛んでいくとかはどうなんです? ほら魔術とかでこう…魔女の宅急便! みたいな感じで」

「飛行魔術は基本対象が術者でふからね。しかも魔族の多くが飛行能力持ちでふから空を飛ぶ事が安全というわけでもないでふし、探知系の特殊能力を持つ魔族もいまふ。高い報酬を与えてもやりたがる術師はいないと思いまふ」

「う~~んソフトはあっても使うハードに問題ありってことですか」


或いは戦士なら勇気を以って事に当たるのかもしれない。

けれど魔導師にあるのは基本研究への意欲とそのための打算であって、何らかの大義の為に命を賭けようなどという志は毛頭ない。

根性なしというわけではなく、魔導師という職業そのものの在り方の問題である。


魔導師は戦闘職ではなく研究職なのだ。


「二つ目は相手の戦力配分だな。どう考えても寡兵である我々より、多くの騎士団とその下の多数の騎士隊を動かせる王都側の方が戦力的に脅威だ。魔族どもとしてはあちらの戦力は断固としてドルムに近寄らせたくないだろう」

「それはまあ、はい」

「さらに書状にあった魔族どもの襲撃時の数とドルムへと向かった隊商から音沙汰がないことなどを考えあわせると、おそらくかなりの数の魔族どもが北方回廊を封鎖していると考えられる」

「そんなにたくさんですか? それならドルムをとっとと落とした方がいいような……」


ミエの素朴な疑問に、キャスは小さくかぶりを振った。


「落とせればいいがな。だが人類の精鋭が揃っているドルムが立て籠もって防衛に徹すればたとえ魔族と言えども攻めあぐねるだろう。向こうとしてはその間に増援に到着されるのが一番困るのだ。また通信を偽装し王都に怪しまれていない今であれば、魔族どもは闇の森ベルク・ヒロツの外、北方回廊に長く居座ることができる」

「「あ、そうか……」」


ハッと気づいたミエと、隣にいたエィレは互いに顔を見合わせた。


「「瘴気!!」」

「そうだ。長く留まれば留まるほど魔族どもから放たれた瘴気が北方回廊を汚染してゆく。そしていざ瘴気地になってしまえばいかに強固な王国騎士団であろうと国の北部を通ってドルムへたどり着くのは不可能になるだろう」


キャスの説明に一通り納得したミエは、その上でさてどうしたものかと思案する。


「ですがキャス、その場合逆にこちら側としてはチャンスになりますね」

「そうです姫様。北方回廊に魔族が多めに配置されていると言う事は逆にこちらは側への警戒は比較的手薄、ということになります。純粋な兵数の少なさなども考慮に入れて、少数の配備で十分と思われている可能性が高いですから」

「じゃあキャスさん、私達で兵を率いて荷馬車を守りつつ食料搬送に向かうしかない、と?」

「ところがそう簡単な問題でもないのだ」


小さく嘆息しつつ、キャスが黒板へと向かう。

黒板の前にいたネッカは小さく身を避けた。


「ドルムには対魔族用の結界が張ってある。そしてこの結界には侵入者に対し強い聖属性の精神打撃を与える効果があるのだ」

「精神……打撃?」


うん? と少し首をひねったミエだが、すぐにすとんと腑に落ちる。


「ああ、物理的じゃなくて精神的にダメージを与える効果なんですね!」

「そうだ。邪悪かつ精神体である魔族はこの結界をひどく嫌がる」

「ええと…あれ? でもでも魔族って瘴気の外だと物理的な肉体を作らないとダメって……」

「駄目ではないんでふミエ様。瘴気の外で相手を傷つけるような、物理的な影響を及ぼそうとした時、肉体を持っていないと干渉ができない、という話でふ。んでふ」

「あ……」


ミエはてっきり魔族たちは瘴気の外では常に物理的な肉体を持っていると思い込んでいたけれど、考えてみれば相手に触れる必要がないのならわざわざ肉体を持つ必要がないのは道理である。


「精神体としての連中は自由に空を飛ぶしなんなら物理干渉を受けぬため壁なども素通りできる。まあ魔導師や聖職者を擁するある程度大きな街であれば重要施設への対策が施されているし、瘴気探知など魔族をいぶり出す魔術も多いからそうそう街中にはやってこないがな」

「この街も一応私の結界で最低限の守りは敷いてあります。万全とまではいきませんが、少なくとも精神体での侵入は難しいはずです」

「でも…逆に言うとんですね」

「…そうですね。侵入しにくく長居する程彼らには不快でしょうからこの街に潜み続けると言うのは難しいでしょうけれど、短時間無理して潜入することなら可能だと思います」

「あ……じゃあ前に私が襲われた時も……」

「はい。そうして侵入した可能性は捨てきれません」

「……………………!!」


エィレは息を飲む。

どうやら思っている以上に危険が身近に迫っているらしい。


「まああの時の襲撃者さんは占術上は人間族だったんですけどね」

「誰も信じとらんじゃろ」

「それはまあ」


一通り納得のいったミエは、ゆえにすぐにそれに気づく。


「ってことはつまり籠城してるお城に魔族はその気になれば精神体として侵入して中で実体を持つことができる……?」


仮にエィレを襲ったあのが魔族だと仮定した場合、まさにそうして侵入したことになる。

物理的な壁を抜けられるなら何も正門から入る必要などないのだから。


「不可能化可能かで言うなら、可能でふ。魔導師が命を賭けたがらないのと同じ理由で、やりたがる魔族はいないと思いまふが」

「そう。そして『やろうと思えばできる』は人類の絶対防衛線たるドルムにとって致命傷になり得る。ゆえにあの城にはそれを防ぐべく巨大な対精神結界が張ってあるのだ。対象の心を切り裂き痛みを与え続ける城壁から300ウィーブル(約270m)は広がる巨大な結界がな」


物理的な肉体を持つ魔族であれば物理的に撃退すればよい。

そして精神体として侵入を試みる魔族にはその結界で対処する。

ドルムは確かに対魔族の最前線たる城なのだ。


ただ……


「ええっと……それは魔族以外にも……」

「効く」

「それだとしろのひともこまるのでは?」

「だから結界には『穴』を設けることができる。特定の人物だけは結界の影響を受けないよう設定できるのだ」

「ああ…除外条件オトゥグヴォ・グレート!」


特定の条件を満たした者はその魔術や結界の効果を受けなくなる。

これをその魔術の除外条件オトゥグヴォ・グレートと呼ぶ。

かつて赤竜の物理障壁を突破する手段として用いられたものだが、今回の場合は味方の攻性結界の対象から意図的に外すために用いられているわけだ。


「ドルムに詰めている全ての兵士や冒険者、そして近隣の農村の住人などは全てこの結界の対象から除外されている。王国から積み荷を搬送する騎士達などもそうだな」

「隊商の方は?」

「場外条件を満たしていない隊商などとは、普段は結界の外で商売をするのだ。衛星村で荷下ろしをして農婦たちに運んでもらったりもするな」

「ああ……!」


感心するミエ。

重い表情を崩さぬキャス。

そう、この方法には重大な問題が残っている。





「つまり……逆に言えば除外条件を満たしていない我らはその結界の影響を受けてしまう。ドルムへ食料を搬送しようと大量の兵を編成しても、結界に侵入した途端精神を痛打されそのまま昏倒、魔族どもの妖術に焼き尽くされるのが関の山、といいうことだ」

「それは困りますね!?」






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