第766話 挿話本題~露見~
高位の司教が信者達に決起の時を告げる〈
それを用いて遠隔通信を行わんとするいわば抜け道にも等しい行為。
その決定が行われてから、無事アルザス王国王都ギャラグフとの通信が成功するまでの間、クラスク市の居館はてんやわんやであった。
「新聞配達所に連絡! 今すぐにだ!」
「輪転機は?! 今動かしてる? すぐに止めろ! 作業差し替えだ!」
「記事急いで仕上げるぞ! 新聞社に連絡入れろ!」
あれからさらに行われた別件の会議も終わり、かなり破天荒な結論を以て円卓の間の会合は解散した。
今は一同がそれぞれ己のすべきことを全力で行っている真っ最中だ。
「たいへんたいへんたいへん……!」
そんな中ミエもまた忙しく立ち働いていた。
彼女は軍事面ではほぼ役立たずなのでその他の雑事諸々を担当している。
ただその分やること自体は目白押しだ。
「ええと最終的には新聞社で向こうとの通信をしなきゃいけないんだから…その前に教会に寄ってイエタさんを連れて……ああダメだタイミング的にまだ儀式の最中ですよね? なら現場にいる聖職者の方の御力をお借りして……ええっとラニルさんとユファさんってもう奇跡の力使えるとこまで達してましたっけ? あとそれから……」
小走りで居館の廊下を駆けながらついでの諸々の用事をこなしてゆく。
「お疲れ様です! しばらく気が抜けませんが頑張ってくださいね!」
「はいっ!」
そしてその行く先々で兵士や他の者達に声をかけ、激励してゆく。
声をかけられた者達は勇躍して己の任に就いた。
別段己で意識してのことではない。
彼女にとっては日々の当たり前の行動である。
だがその当たり前の行為こそが、言動こそが、彼女のスキルを無意識に発現させている。
≪応援≫。
それが彼女の与えられたスキルの本質だ。
もはや語られることすらほとんどなくなってしまった彼女のそのスキルは、すでに日常生活に於いて当たり前のように発動し、今も周囲の者を鼓舞している。
クラスクなどは≪応援/旦那様(クラスク)≫の効果によりこの街にいる限りほぼ常時強化され続けているようなもので、その強化量は相当なものとなっているが、クラスク以外の対象であっても、ミエの応援は既に相当な効果を発現させるようになっていた。
≪応援≫による対象のステータス・スキル強化の強化対象は1種類から3種類に増え、また毒や爆発、魔術と言った様々な効果への抵抗値が上昇する≪抵抗強化≫、さらに一度抵抗に失敗しても再度抵抗が可能となる≪状態異常追加抵抗≫……などなど、知らぬうちに勝手にバフが積み重なってゆくのだ。
だから実のところ今回の魔術通信問題についても、わざわざ聖職者を連れてゆく必要はない。
クラスク新聞本社の通信室にて魔導学院より派遣された通信士レリティアの背後から彼女が「がんばれ! がんばれ!」と≪応援≫しているだけで十分な効果が上げられたのだ。
だがそれを今回すぐに役立てようとする者はいなかった。
誰もミエのスキルの全容を知らぬからである。
この世界には様々なスキルが存在している。
してはいるが誰も己がそうしたものを利用していることを自覚していない。
≪早抜き≫や≪隠密≫などのスキルは己の動作や技術によって行っていると認識しているし、≪威圧≫’や≪カリスマ≫などの精神系スキルは自身の話術や雰囲気、あるいは目つきと言った所作によって行っていると思っている。
この世界の住人は誰も自分達がスキルを使用していると認識していないのだ。
一方で異世界から渡ってきたいわゆる転生者、転移者と呼ばれる者達は己のスキルについて教わってから訪れる者が多い。
ゆえにスキルを自覚的に用いるし、そうした目線でこの世界のスキルも認識する。
…のだが、ミエの場合にはそれがない。
どう見繕っても一般人の肉体に転生してしまった上に、そうしたスキルのようなゲーム的な要素、或いは戦闘的なセンスといったものについて生前まったく知識も経験もなかった彼女にそうした思考は手間だろうと、彼女のスキルは無意識に発言するように調整されていたからだ。
実際ミエは転生してから今日まで己がそんなスキルを有していると全く自覚していない。
彼女が≪応援≫しているのはその方がスキル的に有利だからではなく、単に心からその相手を想っているからである。
もちろん彼女の言葉の特殊性について気づいている者達もいる。
ネッカ、イエタ、キャス、アーリと言ったこの街の魔術方面の重鎮たちだ。
実際それをかの赤竜討伐の際に活用したりもした。
だが彼女達もまたそれが≪スキル≫であることは知らないし、それゆえ細かい内容まで把握できてもいない。
理解しているのは彼女の言葉にはなんらかの[精神効果][高揚]のようなものが付与されていて、彼女に激励されると身体や精神などが強化され、結果的に抵抗力なども高まる(であろう)、といったところまでである。
「あーそうだった! そうでした! あれ、あれを集めないとでした!」
ミエはハッと己の要件を思い出してはくるりときびすを返し今来た通路を駆け戻る。
その際にすれ違った者達にもまめまめしく声をかけていった。
…この街の発展と繁栄はこの街の先進的な施策のお陰であり、そこに集まってきた者達…国交を結んだ各種族達の専門性の高さによるものである。
けれど実のところ単にそれだけでは説明しきれないところがあった。
街の発展の速さについてだ。
次々に新しい技術を思いつき、或いは取り入れ、そして受け入れる。
その造り手と使い手の尋常でない新しい技術への理解力と適応力は、個々の彼らに相当な柔軟性と士気の高さがなければ成立しえぬ。
これまで頭が固く、互いの我意を主張するばかりで他の種族たちとの折り合いが取れなかった各種族達が、この街では率先して力を合わせ一つの技術などを共同で、或いは分担して開発している。
無論個々の作業自体は種族特性を活かした分業だとしても、そうした種族をまたいだ協調行為自体これまでどんな指導者も組織も容易には為し得なかった。
なぜそれが成立し得たのか?
それは彼らの知力や判断力、そして魅力が高められ、一時的にせよ他種族への理解力が上がったからに他ならぬ。
ミエは交渉ごとの最前線に常に首を突っ込んで、時に嬉し気に、時に大きく目を見開いて、大袈裟に驚きながら彼らと言葉を交わす。
そうした時彼女が当たり前のように行っている言動……≪応援≫が、聞き手の心を鼓舞し、力とやる気を湧き上がらせる。
無論彼女の≪応援≫は一時的な補助効果に過ぎず、≪持続時間延長≫効果を獲得した今であっても時間経過とともに切れてしまう。
けれどバフが切れたからと言ってその間に獲得した成果が失われるわけではなく、その時に覚えた経験が忘れ去られるわけでもない。
他の種族と協調できた。
上手くやれた。
『なんだ、案外話せるやつらじゃないか』
そうして得た経験や体験が、築き上げた絆が、失われることはないのである。
そしてそんな成功体験を積み重ねてきたからこそ、今のこの街がある。
発展自体は議論を重ねてきた結果だとしても、僅か二年でこの大きさと文化レベルにまで達したのはミエの無自覚の尽力があってこそなのだ。
「ええっと、ふくろふくろ……どこでしたっけ」
ミエが鍵を開けて入ったのは居館の倉庫であった。
そこにはいざという時の為に造り置いてある様々な道具や魔具などが収蔵されている。
ミエはどうやらその中から何かを物色しているようだ。
「この前ネザグエンさんが置いていったリストに入ってましたよね。ネザグエンさんはー……あー今手が離せないんでしたっけ」
ぶつぶつ独り言をつぶやきながら倉庫を漁るミエ。
目の前のことに集中していた彼女は……だからその背後の扉が静かに開けられ、そして音もなく閉じられたことに気づくことができなかった。
だが魔具の収納されている倉庫である。
そこらに転がっている適当な安物を売り払っても金貨数十枚から数百枚程度にはなろう。
庶民には目が飛び出るほどの額だ。
そんな場所だから無論のこと魔法の鍵によって厳重に施錠されているし、当然ミエも鍵を開けて入って、中に入った後扉を締めた。
であるなら……扉を開けた者は彼女とは別に鍵を持っていたことになる。
「えーっとどこだったかなー。あーそうだった後でドルムから早馬で来た兵隊の方にもお話聞かなくっちゃ。だからまずこっちの用を済ませて……」
「……探しとるのは太守殿に持たせる例の袋か。ならば箪笥の一番下はどうじゃ。大概皆そこにしまうじゃろ」
「えーっと……あ、あった! ありました!」
「この世界の常識を知らんと色々大変じゃな」
「そうなんですよー。ほんといっつも苦労して、て……」
そこまで言い差して、ミエの言葉が、止まる。
「ええっと……」
「本音が漏れたな、ミエや」
ミエの身体がギチ、と固まり、のろのろと首だけがその声の方に向いた。
その顔は真っ青に青ざめている。
「シャミル、さん……?」
倉庫の出口、魔術で施錠されたはずのその扉の前に……ノーム族の娘が、やけに怖い顔をして立っていた。
そのノームの娘……シャミルは、務めて落ち着いた、冷徹な声でそれを告げる。
「やはり思った通りであったか。お主……この世界の者ではないな」
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