第764話 緊急連絡
魔導師クィールナムがいったん部屋から皆を下げ、
そして二言三言魔導の言葉で宛先を告げ、水晶球を起動させた。
「もう入っても大丈夫です」
「では失礼します」
通信士クィールナムの言葉に
「何かおかしなことは?」
「そうだな……起動時の水晶球の光り方が何かいつもと違っていたような……」
「念のため確認しますね」
リムムゥは再び〈
「…問題ありません。抵抗に成功しているようです」
「それは助かる。さ、繋がるぞ」
彼の言葉と共に水晶球が淡いピンク色に輝いて、そして……
「もしもし? もしもしー? 聞こえてますかー?」
「ミエ様! ミエ様! 身を乗り出しすぎですーっ!!」
繋がった先が妙な混乱に陥っていた。
「こちらギャラグフ支部通信士クィールナム。無事接続した」
「こちらクラスク市本部通信士レリティア。接続確認しました」
魔導師二人がいつものやりとりで互いの姿と音声が問題なく確認できたことを告げる。
「こちら〈
「丁寧にありがとうございます。こちらクラスク市太守第一夫人ミエです。そちらにメッセージを送ったイエタさんは現在教会で儀式を行っているためこちらにはいらっしゃいません。ただレリティアさんが正常であることは確認済みです!」
太守夫人を名乗る女性がそう語り、その背後の壁際で畏まっている二人の
「クラスク市
「同じく聖ワティヌス教会の
二人が挨拶する間水晶球の前からどいていたミエは、けれどその後水晶球を覗き込むようにしてギャラグフ側の部屋を確認する。
当然ながら王都の通信室にある水晶球からは彼女の顔のどアップが映り込むこととなった。
「少々よろしいでしょうかミエ様。現地のトレノモです」
「あらトレノモさん! そちらでも頑張ってらっしゃるって伺ってますー」
「それはどうも」
彼は今でこそアルザス王国の王都に在中しているが本来はクラスク新聞本社として採用された記者である。
当然面接官としてのミエに会ったこともあり、面識があるわけだ。
「魔族がらみで魔術通信網に問題が発生していると聞きました。本当なのですか」
「はい。クラスク市からの通信に対しても魔族たちが対策している事は確認済みです」
「失礼ですが太守夫人? 少々よろしいでしょうか」
「あらガレント子爵様。それともガレント社長の方がよろしいですか?」
「ここにいる間は社長でお願いします」
「はい。では社長、なんでしょうか」
少し嬉しそうに微笑みながらミエが確認する。
「その……魔族が通信を妨害しているというのは、なんらかの魔術を用いてと言う事でしょうか」
「こちらでも直接も目視したわけではありませんが、ネッk……ええっとクラスク市魔導学院学院長ネカターエルが立てた仮説を占術によって裏を取りました。ほぼ間違いないかと」
「ふむ」
ミエの言葉を聞きながら頷く社長のガレント。
背後で素早くメモしてゆくトレモノ。
ガレントは水晶球に少し顔を近づけて、その向こうにいるミエに続けて質問をした。
「それは
「いいえ。魔術による通信が直線上でしか行われないことを利用し、その間に結界のようなものを張って介入しているようです」
「ほう!」
「やはり……」
ガレントが驚き、その隣で通信士クィールナムがさもありなんと頷いた。
ミエの話をかみ砕き、己なりに納得したガレントはなおも疑問を呈する。
「なるほど……しかし通信の中間点に罠を設置すると言う事は、それぞれの都市と都市を結ぶ中間点それぞれに魔族が張っているということになりませんか?」
「おそらくは。少なくとも我が街が通信を行えるほぼすべての国との通信が対策されているようでした」
「いやいやいや! それはありえんでしょう! 確かに魔族たちが
「ドルムは現在魔族に包囲されています」
「「「は!?」」」」
ミエの返答は彼らの常識を明らかに超えていた。
「そのドルムからの救援要請を伝えさせぬための魔族達の結界なのです」
「いやいやいや! いやいやいやいや! ドルムからの通信に問題があればもっと王宮が騒いで……っ!」
そこまで言い差したところで、ガレントの隣にいたクィールナムが口を挟んだ。
「いや社長。通信を妨害するわけではなく、いかにも問題がないかのように思わせる魔術、というのなら筋が通ります。そうではありませんか、太守夫人殿」
「はい。おそらく通信した者同士が魅了的な魔術にかかってしまい、ありもしない魔族からの偽情報を信じ込まされている…というのが私たちの推測です」
「な……っ?!」
ミエの言葉に愕然とするガレント。
そしてそれは背後にいる者達も同様であった。
ただトレモノだけは動揺しつつも震えた手でメモを続けていた。
「なるほど…それで〈
「はい! 流石に理解が早くて助かりますー」
ぱああ、と両手を合わせて微笑むミエに少しだけたじろぐクィールナム。
こういうあけっぴろげな好意や笑顔を受け慣れていないのである。
「こちらから通信してもそちらが術がかかってしまう恐れがあるため、それ自体を伝えるための通信ができないという八方ふさがりみたいな状態だったので、苦肉の策でした」
「なるほど…確かに通信時は扉を締め切ってますし他人に
〈
破天荒に見えてなかなかに合理的なやりくちである。
クィールナムは素直に感心した。
「なら……ドルムはとっくに包囲されていて、魔族に明日にも落とされるかもしれなくて、それを我々の国は魔族どもの罠によって気づくこともできずに定時連絡を取り続けている、ということですか?」
「そうなります」
ガレント社長の言葉を、ミエは全て肯定した。
「早馬は! 以前から包囲されていたのならドルムからの早馬が来ているはずです!」
「クラスク市にはなんとか辿り着けした。おそらく王国にもとっくに早馬を出しているはずです。もし届いていないのなら……」
「………………っ!!」
届いていないのなら……
それは、とっくに処分されていると言う事になる。
街道を封鎖した魔族どもの手によって。
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