第760話 猪突猛進
「はあ、はあ、はあ……」
足が重い。
疲れる。
息を切らせながら
だがその足取りはなんとも頼りない。
彼女はそもそもが
確かに足はついているし二足歩行もできるけれど、他種族に比べると駆けたり全力疾走したりというのは大の苦手なのだ。
だがクラスク市でもないこの街では、
上空から街を自由に見下ろせるという事はその国の軍事機密などを簡単に覗き見れるも同然だ。
だからそれを禁じるのは当然と言えば当然である。
だがそれゆえに、この街の、この国の、いやこの地方の危機であるこの緊急時にあって、彼女は不慣れな足による全力疾走を敢行せざるを得なかった。
迂闊に飛べばたちまち街に張り巡らされた結界により察知され撃ち落されかねないからだ。
実のところこれでも彼女は相当な速度で走ってはいる。
なぜ彼女がそれなりの速度で走れているのかと言えば、それはひとえに先ほど受けた交信のおかげである。
すなわち旧友イエタからの言葉……〈
〈
その決起の宣言と共に信者達を戦場へと駆り立てるのが本来の役目である。
ゆえにその御言葉を授かった者は高い戦闘技能と身体能力を獲得する。
ただの農夫が城の衛兵が如く剣(実際手にしているのは鋤や鍬だろうが)を振るえるようになるのだ。
ゆえに彼女の身体能力も相当に強化されており、並の
ただ、まあ、それでも絶対値の低さはどうしようもない。
身体能力が強化されたところで多少マシになったに過ぎないのである。
「はぁ、はぁ……っ」
それでも走らねば。
それでも進まねば。
大事な大事な使命があるのだ。
そのために彼女は…司教イエタはリムムゥに御言葉を下したのだから。
「
と、その時彼女の背後、丘の上から何者かが土煙を上げながらものすごい速度で駆け降りてきた。
猪獣人のユールディロである。
まさに字の如く猪突猛進といった走りっぷりだ。
「はぁ、はぁ……どうかしましたか、ユールディロさん」
どどどどどどど……と丘を転がるようにやってきたユールディロは、歩調を緩めてリムムゥの横で並走する。
彼としてはのんびり小走り程度の感覚なのだろうが、隣のリムムゥは全力疾走の体である。
このあたりが体力お化けの
まあ彼女とてひとたび羽を広げてしまえばこんな丘ひとっ飛びなのだろうけれど。
「新聞シャ行くのか」
「はひ、はひ……そうですね。一刻も早く……はひ」
「わかった。つれてく」
「はひ?」
とっとっと…と小走りでリムムゥの前までやってきたユールディロがそこで立ち止まり背中を見せ腰を落とす。
そこにおぶされと言っているようだ。
「ですが…」
「急いでるんだろ」
「そ、そうですね……では、お願いします!」
猪獣人は獣人族の中では大柄な方である。
リムムゥはその背中によじのぼるようにして首にしがみついた。
「軽いな!?」
「はあ、はあ、
「そうなのか。じゃあしっかり掴まってろ……てくれ」
「は、はひ……は、きゃああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」
リムムゥが返事をするや否や、どずんというたった一歩の踏み込みで一気に急加速したユールディロが、先程までとは打って変わったとてつもない速度で爆走を始めた。
速い。
速い。
大股で、地面を噛むように、どずんどずんと乱暴な歩調で、だが飛ぶように駆けてゆく。
「ずれた。よっこいしょ」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」
途中ずり落ちかけたリムムゥを走りながら背中を揺らして抱え直し、そのせいで大きく揺れたリムムゥが再び悲鳴を上げる。
だがそんな声には耳も貸さず意にも介さず一気に丘を降り切ったユールディロは、そのまま街の対岸へと全力疾走した。
「あここ右だ」
「ひゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
どんと左足を前に突き出し、地面を蹴るようにして一瞬にして方向転換する。
急角度の方向転換は猪獣人の得意技である。
当人だけなら何の問題もない。
だが今は背中に
空を飛ぶ関係上体重が非常に軽い
ちょうどユールディロの首に巻きついた風にたなびくマントのような風情となって、悲鳴をあげつつ必死に彼にしがみついていた。
「おっといけねえ」
「あいたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!!」
己の背中が軽くなったことに少し経ってから気づいたユールディロは(なにせリムムゥは彼には軽すぎるのだ)、落としては大変とばかりになんとか己にしがみついている彼女の手を引っ張り強引に引き寄せる。
それを走りながらやるものだから、当然ながら彼女は己の全体重を細腕一本で引き受けることとなり、激しい痛みを訴えた。
とはいえこれに関しては彼女は己が
中身が空洞で、その代わり骨の内側から支柱のようなものが大量に骨を支えているのだ。
簡単に言えば軽くてとても頑丈なのである。
また骨がそういう構造であるがゆえ
その軽さと骨の頑丈さがあればこそ彼女は無事に済んだのだ。
これがもし人間族などであったならユールディロに腕を引っ張られた瞬間骨折していたに違いない。
運がよくてせいぜい脱臼程度だろうか。
「ついた。ここだ」
「わっひゃあああああああああああああああああああああああああああああうっ!!?」
どん、と地面を蹴ってユールディロが急停止する。
だが彼の首にしがみついていたリムムゥは停止しきれず、慣性の法則に従ってつい先瞬の勢いのままに彼の首を支点にぐるんと回転してしまった。
「到着。ついた」
「は、はひ……ちょっと待ってください……目が回ります……」
息を切らせユールディロの背から地上に降りたリムムゥは幾度か深呼吸して呼吸を整え、やっと息を吐く。
「では……早速お邪魔しましょう」
「邪魔するのか。なんのだ」
「そういう言い回しです!」
そんなやり取りを交わしながらリムムゥは目の前の扉のノッカーを鳴らす。
「すいません。クラスク新聞社ですか。お話したいことがあって参りました」
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