第758話 対象
「相手……知ってる人じゃないとダメなんですね?」
「はい」
「アイツハドウダ。あの若造り」
「若作り? 旦那様どなたかご存じなんですか?」
「向こうデ会っタ。ヴィフタなんトカ」
「大司教様ですか!?」
クラスクの言葉にイエタはびっくりして目を丸くする。
「あー、そういえばアルザス王国の大司教様って
「そう、ソレ」
「確かにお若くていらっしゃいますけど……」
大司教ヴィフタ・ド・フグルは結構な年配だが見た目上は三十代程度にしか見えぬ。
これは
「確かに大司教猊下であれば存じ上げております。ですが……わたくし猊下に対してだけはお伝えする事はできないのです」
「ふえ? なんでです?」
「ゲイカ……ゲイカ。大司教の敬称カ?」
きょとんとした顔で尋ね返すミエの背後で聞き慣れぬ呼び方に対しクラスクが片眉を吊り上げ自己流に解釈する。
そして彼の認識は正しい。
「〈
「う~~ん、それは困りましたねえ」
遠方の見ず知らずの土地に知り合いを探す。
ミエは少し腕を組んで首を傾げていたが、すぐにある事に気づいた。
「あ! 王都にも
「そうかもしれません。ですがアルザス王国とは未だ友好条約を結んでいませんし、そうした情報もこちらに伝えられておりませんから……」
「言われてみればそうでしたね!」
聖職者は単なる教会で祈りを捧げるだけの人物ではなく、回復や治療といった奇跡の御業を振るえる希少な術者でもある。
特にその真価は戦に於いて遺憾なく発揮される。
本来であれば戦場復帰が絶望的な大怪我を即座に治療することもできるし、振るう奇跡によっては欠損した四肢すら再生することができる神聖魔術はこの世界の戦争に於いて不可欠なものでり、当然敵側には彼らの情報はできる限り洩らしたくない。
聖職者は傷を治せるが、逆に言えば聖職者自体が殺されてしまえば大幅な戦力ダウンになりかねないからだ。
「でもでも、他に知り合いって言っても……あ! そうだ! トレノモさん! トレノモさんがまだ向こうに残ってらっしゃいましたよね!?」
トレノモはクラスク市の住民であり、クラスク新聞本社の社員として採用された
印刷機などの機器の使い方を理解でき、かつ新聞記事を書くことができる才もある希少な人材だ。
そうしたこともあってクラスク新聞アルザス王国王都ギャラグフ支部の立ち上げの際、初期スタッフとして現地に赴いてもらっていたのだ。
…まあなまじ優秀だったせいで向こうの支社長に引き止められて未だに王都に留まっているのだけれど。
「それは……無理ですね。彼は
「あー! そうでした!」
「あの……」
ミエが絶叫し頭を抱えてたところで……円卓の端から挙手をする者がいた。
「わたし、言えると思います」
「ふえ? エィレちゃん?」
アルザス王国第四王女にして外交官、そしてクラスク新聞新聞記者たるエィレッドロである。
「言えるって……何をです?」
「教会にいる神父と修道女、全員」
「ふえ……?」
ミエが目をまん丸く見開いてエィレを見つめる。
「言えるって……全員ですか? すごいじゃないですか!? でもどうして?」
「その……街中で怪我人とか見つけた時運び込むのに都合がいいので、一応ギャラグフの各教会の位置と教会関係者の顔と名前は全員分把握してます。その……私が王都を経った後の人事異動までは保証できかねますが」
「そういう事は確かに姫様の得意分野でしたな……」
呆れとも感心ともつかぬ呟きをもらしながらキャスがため息をつく。
「ともあれそれが本当ならとても助かります、姫様。では早速伺っても?」
「もちろんよキャス。じゃあまず中央の
「はい、お願いします」
エィレが名前を次々に挙げてゆくが、イエタの首はその都度振られた。
「いませんかー」
「そうですね。名前自体を聞いたことがある先輩はいらっしゃったのですが、知り合いと言う程では……」
「そうですね……となるともう町はずれの小さな教会の
「…………………」
一瞬固まったイエタが、すぐにぱああ、と表情を明るくした。
「知ってます! リムムゥ! 同期の子です!」
おお、とどよめく円卓の面々。
「なら連絡取れルカ」
「はい! いけると思います!」
「準備が整うまデの時間ハ!」
「数……そうですね、一鐘楼で整えます。ただこちらでは設備が足りません。教会で祈りに入ります」
「わかっタ。衛兵つけル。シャミル、文面考えロ、デきルカ」
「要件はなんじゃ」
「現在のドルムの状況、通信魔術と転移魔術に関する魔族の策謀、それから……」
「わかった。引き受けよう」
クラスクの言葉を素早くメモしたシャミルが、すぐに難しい顔をしてペンを片手に原稿の執筆にとりかかる。
「ミエ、エィレ、お前達ハ時間にナっタら新聞社行け。ついでに号外の記事も考えておけ。他の連中は記事の手伝イダ」
「「「はい!!」」」
一同勇躍して準備に取り掛かる。
イエタは衛兵に護衛されながら足早に退出していった。
「ネッカ」
「はいでふクラさま」
部屋を出るイエタの背中を目に焼き付けながらクラスクが尋ねる。
「ああイウ準備トカ詠唱トカハ短縮デきナイのか」
「理屈上は可能でふね。儀式魔術にすればいいでふ」
「儀式魔術……」
「はいでふ」
「そうそう儀式魔術って前にもちょっと出てきましたけど、それって儀式魔術の呪文って言うのがあるわけじゃないんですか? 儀式魔術に『する』っていうのはどういうことです?」
「……そうでふね。ものすごくざっくり言うと長い長い詠唱を分割して複数の術者でその部分部分を受け持って同時に唱える感じでふね。どんな呪文でも最終的に魔術式として完成できればいいわけでふから、それが一人の術者で達成しようと複数の術者で完成させようと問題ないわけでふ。儀式魔術にすればこう…12の詠唱時間を2人で儀式魔術化すれば半分の6にできまふし、3人で儀式魔術化すれば三分の一の4にできる計算でふ。まあ実際には定型句などもあってそこまできっかり短くはならないのでふが…」
「へー! へー! へー! 詠唱の分割とかできるんですか!」
「はいでふミエ様。国家レベルの大魔術になると詠唱時間が長すぎて儀式魔術でも使わないと唱えられないでふ」
「なるほどー。じゃあイエタさんの今回のも短くなったりは……」
「それは難しいでふね。やっていることは結局呪文の詠唱なわけでふから、儀式魔術に参加する術者は全員その魔術が詠唱可能な実力がないと無理なんでふ」
「あーそっか、すごく高位の呪文って言ってましたものね」
ミエの言葉に……ネッカは、少し重々しい表情で頷いた。
「はいでふミエ様。なので今回は……イエタ様だけが頼りでふ」
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