第735話 閑話休題~外交官としてのお仕事~

「トゥヴァッソ様。お届け物が届いております」

「わかったわ。そこに置いておいて頂戴」


ここは王都ギャラグフ。

その王城ザエルエムトファヴ城。


その居館のひとつ、王家の者達だけが住まう第一居館の三階。

そこに彼女の部屋があった。


アルザス王国第三王女アルザス=トゥヴァッソ。

外交官エィレッドロの二つ年上のの姉である。


豪勢な調度。

きらびやかな装飾。

色とりどりの宝飾品。


カーテンやカーペットまで凝っていて、かつてエィレがクラスクへの想いで懊悩していた彼女の部屋がいかに質素だったかがよくわかる。


だが彼女はただ単に高価で華美なものをいたずらに集めているわけではない。

全体としてみると彼女の部屋は不思議と調和が取れていた。

また実際に彼女が購入した価格を調べてみれば、その見た目ほどには高価ではないものも多く含まれているのがわかるだろう。


彼女が求めているのは彼女なりの美的センスであって、別に値段だけで決めているわけではない。

単に彼女の眼鏡に叶う品々が技術や芸術の粋を尽くして生み出されたものが多いため結果高価な買い物となってしまうだけなのだ。


「さあてそれじゃあ今晩着てく服はこれとして…あら?」


彼女なりの用事を終わらせて、改めて先刻の品を確認すべく振り返ったトゥヴァッソはそこであからさまに眉をひそめた。

相当な不服と不機嫌がその寄せられた眉に見て取れる。


そこには箱があった。

いわゆる宅急便の箱のようなものだ。

だがそれは彼女にとってである。


彼女は王女なのだ。

それも美と享楽に生きる放蕩の娘である。


国王も彼女の我が儘にはある意味エィレ以上に手を焼いていた。

エィレも問題児ではあったけれど、その行動の根底には常に善意と正義感があった。

彼女の失った記憶の中にいるミエの薫陶がその心の内に宿っていたからである。


だがトゥヴァッソの行動にはそれがない。

彼女は徹底的に利己的である。

正直自分が好き勝手に暮らせるのなら庶民が何人死のうと気にしない。

王侯である己と下々の有象無象などその価値を比べるべくもないとすら思っている。


そう言う意味で彼女はエィレとはかなり対照的な意見の持ち主……旧来の支配体制の申し子のような存在であると言える。


そんな彼女が目を剥いた、その理由…

それはことだ。


彼女は様々な注文をする。

遠方からの届け物なども結構な量だ。

高級な馬車などで大事に届けられるものもあるが、木箱などに梱包されて送られてくることも少なくはない。


だがそうして送られてくるものは全て執事達の手によって開けられて、彼女の手には品物が届くのみなのが通例だ。

このように木箱をそのまま置かれても彼女にはそも開け方すらわからない。

そんなものを自分の手でやったことすらないのである。

それは立腹するのも当然と言えよう。


彼女は怒り心頭のまま扉の方へと向かい怒鳴り声を上げようとする。

彼女おつきの執事が普段部屋の外で待機しているはずだからだ。


だがそこでふとその箱に紙切れが結び付けられているのに気が付いた。

どうやらこの届け先であるこの城と届け主について記されているようだ。


それを見た瞬間……彼女の動きはぴたりと止まった。


そして大きく息を吸って、吐いて、己の内の怒りを無理矢理収めると、つとめて静かな声でこう告げた。


「じいや。部屋に入りなさい。




×        ×        ×




「どうしたのですかトゥヴァッソ。このような夜更けに」


アルザス王国第一王女エリザメスが冷徹な顔でそう尋ねる。


ここは応接間。

以前エィレが姉三人を説得した部屋である。


「申し訳ありませーん。お時間を取らせまーす」

「…構いません。私の方も少し用事がありますから」

「あーら奇遇。流石姉妹と言ったところかしら。ならアッロティラソ姉様も?」

「あらあら、まあまあ。そうよトゥヴァッソ。わたくしも時間を取らせていただきました」

「ふうん…?」


そのやり取りだけでこの姉妹は全員相手の用件を察したようだ。

なんやかやで彼女たちは王女であり、王家の娘としての教育をしっかり受けているようである。


「じゃあとっとと済ませましょうか。今日私に荷物が届いたわ。エィレから」

「でしょうね」

「あらあらあら、まあまあまあ」


つとめて落ち着いた声で長女エリザメスがそう呟き、次女アッロティラソが嬉しそうに手を合わせた。


わ。エッゴティラ特製の」


むん、と鼻息荒く瞳を輝かせながらトゥヴァッソが口を開く。


「鮮やかな緑色で! 首回りも袖口も好みばっちり! 刺繍の腕も流石の一言だし裏地の処理も完っ璧! サイズもまるで私自身が注文してあつらえさせたかのよう! ほんっとに素晴らしい出来だったわ!」


興奮しながらまくし立てる彼女を、目を細めながらエリザメスが窘める。


「王族たる者もう少し落ち着いた声で話しなさい」

「いーじゃない嬉しい時は喜ぶ。なんでも抑え込んでたらつまんないでしょ?」

「トゥヴァッソ」

「あらあらら、まあまあまあ。いけないわ姉妹で喧嘩なんて」

「喧嘩ではありません。教育です」

「姉様から教育を受けるいわれはないのですけどー」

「まあまあまあ。エリザメス姉様。姉様の御用事もお聞かせくださいませ」


この三姉妹は別に仲が悪いと言う事はないのだが、向いている方向が違い過ぎて噛み合わぬことが多い。

ゆえにこういう時第二王女であるアッロティラソが仲介役となることが常だった。


「…私の部屋にもエィレッドロからの荷箱が届きました。入っていたのは冷蔵庫とその中に仕舞われたケーキですね。ケーキ屋さんヴェサットラオ・トニアのものでした」

「いいわねー! 後でご相伴してもいいかしら!」

「違います。あのケーキを好む貴族は多い。エィレッドロはあれを貴族たちへの交渉材料とせよと言っているのです」

「ええー、食べちゃいましょうよー」

「食べません」


不服そうに頬を膨らませるトゥヴァッソにじろ、と冷たい視線を向けるエリザメス。

とはいえ彼女は別に妹に何か暗い感情があるわけではない。

単にこれが彼女の素なだけだ。


「アッロティラソ。貴女にも届いているのでしょう?」

「ええ、ええ。届きました~。エルフ族のお花の種ですって! 最近この街でも売られているらしいのですけど、すぐに売り切れてしまってなかなか手に入らなくて困っていたのー」

「なるほど」


長女エリザメスは三人に届けらえた品についてふむ、と考える。


「確認します。貴女達も全員部屋にのですね」


エリザメスの言葉に妹二人が無言でうなずく。


「梱包を開けずに直接部屋に届けさせたのはエィレからそう指示があったから。ではなぜそう指示したかと言えば、余人に知られたくなかった、ということでしょうね」

「つまり…余計な茶々を入れられたくなかった、ってことよね。私たちがこれらの品をだって知られたくないような連中に」

「そうなります」


彼女たちの処に届けられた品々は皆クラスク市の名産ばかりである。

それらの品が高品質で優れたものであることを三姉妹は以前から知っていた。



…が、は今日まで知らなかったのだ。



それはつまりこの城にはそうした情報を隠蔽しようとしている勢力があるということであり、エィレはクラスク市の名産の内姉たちが欲しがりそうな品々を用意することでそれを秘密裏に知らせつつ、彼女らの協力を仰ぎたい、と企図したわけだ。


「どうします、お姉さま、トゥヴァッソ」


珍しく次女アッロティラソが話を切り出した。

彼女はこの中で唯一小さい頃からエィレッドロを可愛がり続けている。

そのエィレから協力を要請されて黙っていられないのだろう。


「決まってるじゃない。私にエッゴティラ服飾店の場所を伏せた事を後悔させてやるわ」

「ふむ。我が妹ながら家族を使ってまで目的を達成せんとするこの、評価に値します」

「まあ、では……!」


アッロティラソの言葉に長女エリザメスが応える。


「ええ。これより私達三姉妹は、エィレッドロの目的に協力することとします」





王宮内に……頼もしい味方ができた瞬間であった。





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