第686話 閑話休題~クラスク市市民になる二つの方法~
「ほらどいたどいたー!」
「木材こっちよこせ!」
「こっちもだ!」
「この蕪どこに運ぶんだ!」
「ちょっと待ってろ! 今調べる!!」
街のあちこちで喧騒が響く。
あちこちで活気ある声が聞こえる。
そして音が聞こえる。
槌の音。
鋸の音。
鑿の音。
それらは建築の音だった。
街のあちこちに建築中の家屋がある。
今この街は急速に拡大中なのだ。
「あの…こっち……」
三角帽子を被った娘が喧噪の中道案内をしている。
後について歩いているのは女性ばかり。
皆若い娘達だ。
見た目からすると全員人間族だろうか。
中には幼い子連れの者もいる。
同じ人間族の子供である。
皆どこか不安げな、少しおどおどした印象を受ける。
親がそうした態度だからなのか、子供がぐずって泣き始めた。
「こら、泣かないの!」
「だって、だってええ……!」
なおもぐずる子供に母親が厳しい声を変え、それがますますその子の不安を煽ったようだ。
「だ、大丈夫ですよ。ここのオーク達は、人を襲うことはありませんから……」
そう返事した先頭を歩く三角帽の女性……グロネサットは、ぎこちない笑顔で振り返る。
そう、彼女たちの周囲で働いている者達……その少なからぬ数がオークどもである。
声を出して指示を出しているのは人間だが、それに従って力仕事をしている者の中にオーク達が混じっているのだ。
だが当たり前だろう。
何せここはオークの街だ。
ただクラスク市ではない。
クラスク市が外部からの移住希望者を受け入れるには大きく二通りのルートがある。
ひとつは初期から行っている移住希望者の採用面接。
これはこの街のコンセプト上独身女性(独身であれば既婚かどうか、子持ちかどうかは問題とはならない)およびこの街で不足している技術者を優先として採用する傾向がある。
この面接を通ればとりあえず貸しアパートに住めるようになるし、仕事の斡旋なども積極的に行ってくれる。
女性の場合さはさらに様々な生活や税制のサービスを受けられると至れり尽くせりだ。
ただしこの面接に先の条件を満たさぬ既婚者や独身男性などが通ることは殆どなく、また条件を満たした者であっても移住希望者は常に列を成しており、面接までに結構な時間がかかったりする。
その間に旅費や滞在費を切らしてしまうような者もいないではないのだ。
そうして面接を通れぬ者達が取るのがもう一つの方法……即ち不法占拠である。
街の周囲に勝手に家を建てて、あわよくばそのまま居着いてしまおいうという算段だ。
クラスク市はそうして街の周りに勝手に住み着いた者達を、その外周を城壁を囲う形で半ば公的に認める形で受け入れてきた。
何故そうしてきたのかと言えば、市民を守るためだ。
たとえそれが違法なものであろうとなかろうと、人が住む限りはそこに生活の営みというものは発生する。
簡単に言えば衣・食・住が必要になるからだ。
そして相手が喩え違法占拠者であろうと、金を持っている限り商売人はそこへやってくる。
掘っ立て小屋同然の家を売り、着るものを売り、そして食料を売りつける。
街の者達がそうして街の外の不法占拠者相手に商売をする以上、外敵が攻めてきた時に彼らの身は危険に晒される。
それを防ぐためには周囲に土塁を張り巡らさねばならぬ。
こうして仕方なく城壁の内側へ招き入れてしまった者達が、のちのクラスク市市民になるわけだ。
だが…クラスク市はそうして不法に住み着いた者を常に100%受け入れてきたわけではない。
こちらのルートであってもやむなく追い出さなければならない者達もいたのである。
ではどんな者達が定住を許されなかったかと言えば…これまた答えは明快だ。
家を持たぬ者達である。
王族や貴族は自らの収入とするために様々な税金を勝手に考案し、自領に適用してきた。
関税・五分税・人頭税・通行税・関税などがそれだ。
だがクラスク市にはそれがない。
街を通過するだけの者から、クラスク市は一銭も徴収しないのだ。
アルザス王国の国土に勝手に街を作った上に、その地を通過する者から王に許可なく勝手に税を取れば、王国側からの討伐や派兵の大義名分となってしまうためである。
クラスク市は税収を市民の住民税・所得税・賃料から賄っている。
賃料が税金というのは一見妙な話だが、クラスク市及び周囲の耕地はクラスク市が主張している範囲ではすべて太守クラスク個人の開拓所有物であり、その上で住み暮らす者は皆彼の土地の借りてその上に家を建てている事になる。
ゆえにクラスク市の住民は100%賃料を支払う義務があるのだ。
これが税収の大きな柱ともなっている。
逆に言えば…家に住んでいない者からは賃料が取れないのだ。
住民税や所得税にしても納める相手の場所が特定できて初めて督促できる。
対象に住んでいる家があるかどうか、というのはこの街の税制構造上市民である必須条件なのだ。
またこれに関しては太守であるクラスクの個人的気質も問題となっている。
彼は太守を名乗っているがその根本は『族長』であり、族長とは己の下に就いた者を責任を持って率いる存在なのだと強く信じている。
まあ実際全てのオーク族の族長がそういう立派な志であったかはともかくとして、少なくともクラスクの考えている族長像とは己が率いる者…『子分』を大切にする存在なのだ。
ではオーク族の集落からクラスク村となり、今ではクラスク市となった彼のなわばりに於いて、一体彼は何を以て相手を己の子分と見做しているのか。
それは住民票であり、戸籍である。
この街に市民として登録された相手に対し、彼は己の子分としてできる限りの助力をしてやりたいと思っているのだ。
そして戸籍を登録するためには住所が必要だ。
住所を記録するためには住んでいる家が必要だ。
つまり城壁……その初期段階に於いては掘と土塁だが…で囲まれた時、家を建てられていればその者は後からやってきた衛兵たちによって住所を確認され、市民として登録される。
市民として登録されることで税金納付の義務が生じる代わりに、市民としての恩恵を受けられるようになる。
だが逆にその時点で家を建てられなかった者は、不法占拠者と見なされ街から追い出されてしまうのだ。
計画を立ててこの街に移住を試みた者はある程度の予算を確保しており、到着と同時にすぐに家を建てる。
家さえあればそこを拠点に郊外の畑仕事などの募集に応じ、その賃金で当面生活することができるからだ。
街のそういう事情を知って野宿や安宿などで過ごしながら慌てて金を稼ぐ者もいる。
幸いこの街には求人自体は多くあり、さらに賃金労働制が定着しているため働けばその日のうちに給金が支払われるため、その気になれば現金を稼ぐ事はそう難しくはない。
そうして土塁が築かれるまでに商人に頼み込み家を建てられればギリギリセーフ、なんとか滑り込めたことになる。
だがそうした情報に疎かったり、移住希望の面接待ちをしている間に体調を崩してしまったり等々、色々不運や不手際、間の悪さなどが重なったり者や、或いはそうした街の事情を知りそびれてしまった者などは…時間切れとなって街から追い出されてしまうのだ。
だが…そうした街から放逐された者達を野ざらしに、街の外に放置しっ放しにできるほど、この街の太守夫人は無情でもなければ甘くもない。
路頭に迷った者達に別の場所にて家と仕事を提供し、金を稼いでクラスク市に戻って来る足掛かりにしてもらおうと、彼らを導き案内する。
クラスク市の北方に点在し、クラスク市に多くの作物や
幾らでも人手が欲しい。
たとえそれが男でも女でも。
そんなクラスク市第二の都市。
元オーク族北原集落。
族長…もとい町長ゲヴィクルが治める、現ヴェクルグ・ブクオヴ街である。
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