第644話 大きな出会い

下クラスク西の下街、そこに建てられた家の少なくない数が木造である。

それは街が公的に建てたわけではない、いうなれば不法に占拠して建てられた家が多い、ということだ。


この街へ訪れる前に財務大臣たるニーモウからこの街の制度についてわかっている範囲の事を教えてもらっていた。

他の街と大きく異なっているのは周囲の土地も含めて全て太守を名乗るクラスク(様)個人の所有物を謳っている点である。


通常の街は貴族領主が治める。

領主が治めている土地は彼のではあるけれど、その貴族個人のではない。

瘴気法レイー・ニュートゥン』によりその所有権は自らその土地を耕した農家個人に帰属するためだ。


だがこの街で開拓をしている者達は厳密には農家ではないし、農民でもない。

賃金を対価に働く賃金労働者である。

言うなればクラスクが自ら土地を耕すかわりに、賃金を支払うことでその行為を労働者が代替している、という形式だ。


つまりどれだけ農地が広がってもその権利は全てクラスクに帰属する。

各地の貴族たちと比べても圧倒的な耕地保有率と言っていいだろう。


ただそうした事前情報と抱いていたイメージからすると眼下の光景は少々奇妙に映る。

木造建築の建物は街が公的に大量産出している石材を利用できぬ、いわば街と無関係の個人が勝手に建てた不法建造物のはずだ。

そして彼らが勝手に建てた家々は、先ほどの理屈通りならすべて太守であるクラスク個人の所有地の上に建っていることになる。

つまり彼らの家を打ち壊そうが追い出そうが全てクラスクのほしいままのはずなのだ。


だがこの街はそうした行為をしていないようだ。

それどころか彼らごと城壁で囲い庇護しようとしているようにすら見える。


「う~ん…なんでだろ」


エィレは歩廊を歩きながら腕を組んで考え込む。

不法に家を建てるという事はこの街に住み暮らしたいという希望の表れだろう。

それを無理矢理追い出したとて、結局は城壁の外でまた勝手に家を建てて住み着くに違いない。

街の管理外で好き勝手をされるよりも、いっそ囲ってしまって支配下に置いてしまった方が扱いやすい…といったところだろうか。


「…まあこの城壁の内側だけでもまだだいぶ入りそうだしねー」


見たままの光景で言うなら彼女の言葉は当てはまらない

城壁の内側の街並みはびっちりと店と住居が立ち並び、新たな居住者を迎える入れる隙間があるようには見えぬ。



だだし…、だが。



クラスク市の中心部である上街はほぼすべての建物が高層建築(と言ってもその多くは四階建てから六階建て程度だが)であり、エィレのいる外城壁から二つの城壁越しにその屋根を確認できる。

中街も既に半分以上が高層建築となっていて、現在建造中の建物がここからも見て取れる。

明らかに高い建物がない区画があるが、そこはここからは見えぬが位置的におそらく卸売市場だろう。


それに対してこの西の城壁から見下ろす下街の町並みには高い建造物が殆どない。

移住希望者が勝手に建てた家々がまだ多く残っているせいだ。

同じ下街でもエィレの暮らしている下クラスク南…つまりクラスク市南部にはマンションなどの高い建造物があるけれど、あれは外交大使以外の大使館街の人員の住居として街主導で建てたものであり、例外と考えていいだろう。


とするとこの下街には『先』がある。

そう、この木造の家々を取り壊し、そこに街の予算でアパートなどの高層石像建造物を建てればいいのだ。

そうすれば人口はことが可能となる。


アパートを建築している間、取り壊した家の住人には別の公的なアパートなどに入ってもらい、かつて平屋だった場所にアパートが完成したらその内の一室を当てがえばいい、という寸法だ。


そうした施策を取ると推測されることから、この街は移住希望者を受け入れる方向に舵を切っていると思われる。

これまたアルザス王国にて財務大臣ニーモウから聞いた話と少し異なる。

この街は移住希望者を厳しく審査しているという話だったはずなのだけれど。


「方針転換とかあったのかな?」


もしくは増え過ぎる人口になし崩し的に居住を認めざるを得なくなったか。

詳しいことは判然としないけれど、ともかくこれまでとは街の運営方針を変えた可能性がある。


「わあ……!」


そんな下町の光景は、彼女の足が進むにつれ徐々に変わっていった。

下クラスク北、クラスク市の大鍛冶街と小鍛冶街である。


ここにはさらに製紙工場や印刷所などの工場もあり、郵便局も設置されている。

上から見下ろせば街のあちこちで天翼族ユームズが羽を広げ郵便配達にいそしんでいた。

現在クラスク市で最もホットなスポットの一つと言っていいだろう。


「へー、へー! あの店の裏あんなふうになってたんだ! へー!」


先日訪れた時には見落としていた様々なものを上から見下ろすことで発見し、興奮する。

そして後日またここに遊びに…もとい調査しに来ようと心に誓った。


そんな中にあって、街の中央部に伸びている大きな街道を幾つもの馬車が通り抜けてゆく。

彼らは北外大門を抜け、街の外へと進んでいった。

エィレはまっすぐ街の北へと伸びるその街道を視線で追ってみる。


とてもゆるやかな起伏を越えて街道は続いてゆく。

左右にはチェック柄の畑が一面に広がっていた。

その視界のずっと向こうには小さな屋根が見える。

街道に連なる集落があるようだ。

この街と連なる畑に囲まれているところをみるとおそらくクラスク市の衛星村なのだろう。


そして彼女は視線を戻して視界の手前、城壁の下を見た。

荷を運ぶ人足。人足。人足。

なにやら結構な量の荷物を人海戦術で運んでいるらしい。


人足。人足。人足。

人足。人足。巨人。

人足。人足。人足。


「……うん?」


今何かいたらいけない何かを見かけたような気が、した。


「って巨人族ー!?」


そう、城壁から見下ろす彼女の視界には、明らかの他の人足より数倍大きな巨人族が人間達やオークどもに混じって肩に大荷物を担ぎ運んでいたのだ。


「…こんにちわ」


エィレの叫びに反応し、その巨人族が城壁の上を見上げ、声をかけてきた。

驚くべきことに、イントネーションに少々おかしなところがあるものの立派な商用共通語ギンニムである。

巨人族が共通語を口にして、エィレに語り掛けているのだ。


「こんにちわ。キレイなお嬢さん」

「ええっと…こんにちわ! 巨人さん!」


その巨人は女性のようだった。

ただなんというか、とても


エィレが耳にしたことのある巨人族と言えば獣の皮を纏っただけの原始的な衣服に棍棒を持ち、知性が低く単純で粗野で粗雑で乱暴…といったものだった。

だが眼下の娘はその身の丈に不似合いなくらい立派な服…民族服だろうか、この街の女性がよく身に着けている服装である…を纏い、身だしなみも小ぎれいである。


いや、むしろ有体に言ってお洒落と言っていい。

エィレはオシャレな巨人族なんて見たことも聞いたこともなかった。



「巨人さん…」

「あ、ごめんなさい! お名前がちゃんとありますよね!」


巨人族に巨人さんと話しかけるのは人間相手に人間さん!と声をかけるようなもので、少々失礼かもしれない。

すぐにそう思い至ったエィレが大きな声で謝罪する。


相手の姿が大きすぎて勘違いしそうになるが、二人の距離は少し離れていてエィレは大声で叫ばなければ声が届かないと思ったのだ。


「だいじょうぶ。へいき」

「あの、もしよかったらお名前教えてもらえませんかー!」


つい、そう尋ねてしまった。

だって巨人族である。

絵本の中でしか見たことがなく、家庭教師の話でしか知らぬ巨人族である。


それが目の前にいて、あまつさえ共通語で会話ができるのだ。

この機会を逃すことなどできはしない。

エィレのお転婆魂に火が付いた。


「ヴィラウア」


巨人族の娘は己を指さし、そう告げた。


「わたし巨人族の娘、ヴィラウア」

「ヴィラウアさんですね! ご丁寧にどうも! 私は人間族の娘、エィレッドロです!」




二人の出会いは…そんな自己紹介からはじまった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る