第608話 負の遺産
「まあその話はいったん置いといて…」
真っ赤になりながらミエが無理矢理話を逸らそうとする。
「えー別にいーじゃんかよもっと聞かせろよ」
「私が恥ずかしいんですってば!」
「だから聞きてーんじゃねーか」
「ちょっとゲルダさーん!?」
軽口を叩きながらガハハと笑うゲルダ。
むきになってぽかぽかと叩くミエ。
「これこれミエあまりいきり立つでない。ゲルダの奴はそうしてお主から色々話を聞き出して己もラオのために何かしてやろうと思っておるのじゃろ」
「まあ!」
「ちっげーよ! 全然ちっげーよ!」
シャミルの言葉にミエが激しく反応し、ゲルダが真っ赤になってがなり立てる。
「ホントですか! ほんとですかゲルダさん!」
「だああああああああ! 話を戻すんだろー!!」
喰い気味に身を乗り出すミエとなぜかサフィナ。
強引に話題を変えるゲルダ。
「ああそうでしたそうでした。でこの街の目的はオーク族の種族問題を解決すること…ですが、そのためには何をすべきだと思います?」
今度のミエの質問に真っ先に手を挙げたのはサフィナであった。
「おー…他の種族となかよくする……」
「そうですねー、大正解! サフィナちゃんのあたまをぐりぐりなでなでしちゃいます!」
「おー……」
ミエがサフィナを後ろから抱きすくめてぐりぐりと頭を撫でつけるとサフィナが両手を挙げてバンザイをする。
「ミエ、それはおぬし自身の褒美じゃろ?」
「否定はしません!」
「否定せい」
シャミルとそんないつもの問答を繰り返すミエだったが、そこにゲルダが口を挟んだ。
「つーてもオークのヨメ問題を解決するってーなら別に今のままでもよくねえ? 人口どんどん増えてんじゃん」
そう、現状クラスク市は周囲の街などからどんどんと人を吸い上げて急速に拡大している。
まあ街の外に勝手に居着く者はある程度仕方ないとしても、移住希望者に関しては当然ながら女性優遇なのは前と変わらないが。
確かにこのまま拡大を続けるならいずれは他部族のオーク達の配偶者も賄える規模まで大きくなってくれるかもしれない。
そういう意味では確かに無理に他の種族と仲良くなる必要はなく、現状維持を続ければいいのかもしれない。
だがその論法をミエはきっぱりと否定する。
「確かに街の人口自体は大幅に増えてますし街も拡大と発展の一途を辿ってると思います。でもそれは近くの近隣の国や街から人が集まってるだけで、その向こうでの評判は未だに芳しくありません」
そしてミエの言う事も正しい。
確かにこの街の評判は上がってはいる。
他の街から商品を買い上げる際の金払いもいいし、逆にこの街から輸出される商品の価格はやや割高ながら圧倒的に高品質で、品質を鑑みるならば破格と言っていいレベルで安い。
護衛についてくれるオークどもは皆気風がよく腕も立ちなにより皆
けれどそれはクラスク市と隣接している諸都市とそこから派生するひと回り、せいぜいふた回り程度外側の街々まで。
もしくは直接クラスク市に助けられた個別の諸都市にすぎぬ。
そこから先の、或いはそれ以外の街にはなかなかその評判は浸透せず、未だにオーク族への偏見は根強いい。
隊商などであればそれより遥かに遠くの行商などもクラスク市の評判を聞き知っているし、なんなら実利も得ているだろう。
だがそうした個人の評価はそのままでは街そのものの評価には繋がってくれない。
吟遊詩人なども各地へ出向きクラスク市の評判などを喧伝してくれているけれど、それも下からの評判の底上げであって、なかなかに為政者までには届かない。
言うなれば現状のクラスク市の経済圏でのみ街の評判が上がっている状態と言える。
「それでなんか問題あんのかよ」
だがゲルダの言う事ももっともではある。
魔術以外での遠方への交通手段と通信手段が発達していないこの世界に於いては仲良くするのは近隣の街だけで十分なのだ。
それ以上先まで食指を伸ばすことにはあまり意味がない。
ただこのあたりの感覚が、ミエは他の者と根本的に異なっていた。
かつての世界、その『星』中の国が…その全てが友好的ではないにせよ…繋がっていた地に住んでいた彼女には、この世界の国際感覚にこそ違和感があったのだ。
「困りはしませんがよくないことだと思います」
「よくねーのか」
「よくないですね」
小さく咳払いをしてミエが話を続ける。
「いいですか、そもそもオーク族には『負の遺産』があります」
「フノイサン」
「そうです旦那様。これまでオーク族が長い年月、時間をかけて地道に積み上げ続けてきた財産です」
「…戦イの技術?」
「まあそれもですけど、というか無関係じゃないですけど、『その戦いの技術でやってきたこと』です」
「アー」
そこまで言われてクラスクも理解した。
オーク族が磨いてきた戦闘技術でやってきたこと…それはすなわち襲撃であり、略奪であり、収奪であり、惨殺であり、誘拐であり、拉致であり、そして監禁である。
そうした積み重ねがオーク族の悪評を招き、他種族との間に深い深い溝を造り上げた。
そして他種族との融和や友好に価値を見出さなかったオーク達はこれまでそれを一切気にせず、好き勝手に振舞う事でその溝を自ら広げていった。
「ナルホド。マイナスも財産カ。それデ『負の遺産』ナンダナ」
「そういうことです。確かに私たちの街はすごく頑張ってますし、いっぱい加点もしてると思います。でもオーク族はそもそもマイナスからスタートなんです。他の種族並に扱ってもらうためにはまだまだ足りてないんです」
「なるほどの。他の種族の国々と仲ようなってそれでようやく一人前、と言いたいわけか」
「そーゆーわけです」
シャミルの言葉にミエが強く頷く。
「…ので今まで色々やってきたんですけどねえ」
「悉く上手くゆかんかったの」
「いかなかったニャー」
「イカナカッタ」
そう、実はクラスク市は以前からそうした交渉を行っていた。
使いを出し、手紙を出し、思いつく限りの手で遠方の各種族に訴えてきたのだ。
我が町と友諠を結びましょう、と。
だがそれは全て失敗に終わった。
なにせまず会ってくれない。
門の前で追い返される。
話を聞く耳ももってくれない。
手紙なぞ当然受け取ってくれない。
受け取ったと思っても目の前で破り捨てられる。
それが…オーク族が延々と積み重ねてきたものの代価だった。
クラスクがいくら反省しようとも、道を改めようとも、変えられないものがある。
過去。
歴史の積み重ね。
溜まり続けたオークという種そのものに対する怨恨。
クラスクは今を変え、未来を変えようともがき続けてきたけれど、今も足掻き続けているけれど、ここにきてオークという種の過去が彼の足を引っ張っているのである。
「なんかこうその国の偉い人に一度でもうちの街に来てもらえれば全部解決すると思うんですけどねえ」
クラスク市は先進的な街である。
その街の構造も、文化も、農業・畜産・工業も、その全てが他の街と一線を画している。
以前よりさらに進んだこの街を見れば、大概の者はオーク族に対する固定観念を打ち砕かれる事だろう。
「じゃが来まい。決してな」
「そうなんですよねー…」
シャミルの言葉にミエが嘆息混じりに答え、がっくしと肩を落とす。
「まあ彼らの気持ちもわからんではないがな」
「どーゆーことだよキャス」
「ゲルダ、考えてもみろ。いみじくもミエが言った通り彼らの目には、耳には、そして思考にはオーク族の負の遺産が覆いかぶさっているのだ。そしてこの街のオーク達の実態を知らん。つまり彼らにとってこの街の誘いは『旧来のオークどもが自分の集落に他国の要人を誘き寄せようとしている』ように映ったことだろう」
「あー…そりゃ駄目だな」
遠方にあってクラスク市の実態を知らず、そこに住んでいるオークもそこらのオークどもと大差ないと認識していると仮定してみよう。
クラスク市を謳っていても彼らの脳裏には集落に毛の生えた程度のものしか浮かぶまい。
そして旧来の残虐さそのままのオークが、国の要人をその集落に招こうとしているのだ。
捕まる。
間違いなく捕まる。
捕まって人質に取られて莫大な麦と出産適齢期の娘を大量に要求される事疑いない。
となると
変に知恵が廻る厄介なオーク族ということになる。
しかもその頭領は各地のオーク族をまとめ上げた大オークというではないか。
ますます警戒を厳にしなければ…
まあそんなわけで、クラスク市の遠交計略は悉く失敗に終わっていたのである。
「それを……まあ、どうにかしちゃいましょう、って話です!」
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