第602話 (第十一章最終話)魔印
その特殊な製法から決して複製を造ることができず、公式な文書などに押すことで強力な法的根拠を示す事ができる。
国家が発布する正式な法律書類などには基本この魔印が押下される。
そしてこの魔印には、大魔印と小魔印がある。
大魔印は自国の正式な
一方で小魔印は複数造られ、他国との交換に用いられるのだ。
互いの国の友好と通商を表す幾つかの条約と、互いの国の領土を互いに侵さぬという不可侵条約。
それらすべての条約を取り交わした時、この世界ではその二国間が『国交を開いた』と表現される。
そして国交を開いた国同士に於いて交換されるもの…それが
小魔印とはいわば国家が相手の国家を認めたという証なのである。
余談だがこれは必ずしも国家同士でないと成立しない行為ではない。
国家が非常に有力な街単体や、或いは冒険者の一団、さらには個人などと交換することもあり得る。
かつての魔族との闇の
言うなれば国家と対等の個人、などというのも成立し得るわけだ。
さて、国家間の問題、或いは国家を超えた問題を協議する際に執り行われるのが『
長ったらしい名前だが、それだけ重要な意味ということなのだろう。
『国際会議』は魔族の棲みたる瘴気地への討伐軍編成や、地底軍相手の連合軍結成など、
実際にはもっと多くの国際会議が開催されるが、そのほとんどが
人間族を除く他の
この国際会議に於いて、『
小魔印を一つ有している存在は、この国際会議に出席する事ができる。
小魔印を三つ有している存在は、この国際会議で発言する事が許可される。
このあたりからその対象が『国家』と認められる。
そして小魔印を五つ有している存在は、この国際会議に於いて議決権を得る。
言うなれば国際政治に参加できるようになる、というわけだ。
さらに小魔印にはその形状に沿った本来の用途がある。
そう、印鑑として押すことだ。
先述した通りこの魔印は魔具である。
小魔印を押下した時、大魔印を保有している者は押下した文書の内容を知ることができる。
さらに互いの国が交わした個々の条約に背いている時、その印は決して色を付ける事がない。
どんなに濃い朱肉を用いようと、決して印が押されることはないのである。
複製ができぬこと、そして条約に反した押印ができぬことから、この世界に於いて小魔印の押下には重大な意味が与えられる。
そう、『連名』である。
他国の小魔印が押下された文書は、すなわちその両国がその文面に賛同している事を示しており、いわば文書を発布された相手…国や庶民など…に対する圧力や、或いは法律の正当性などを示すのだ。
クラスクが先ほど渡した手紙にも、その小魔印が押されていた。
その殆どがエルフ族やドワーフ族と言った小さな種族国家の小魔印だが、問題は魔印の押下された数である。
その数、実に二十八。
それはこの世界に於いて、一国家が有する小魔印として破格の数であった。
なぜならほとんどの国家は、小魔印を隣接する国家同士でしか交換しないからである。
『
またバクラダ王国のようにその有り様から小魔印を集められぬ国もある。
彼らはその特性上、標的或いはその候補の国家に対し『不可侵条約』を満たす事ができないからだ。
一度交わした小魔印を反故にして侵攻する、というのは国家間の信用を失う事に等しく、いかにバクラダ王国とはいえそうそう取れる手ではないのである。
ゆえにこの世界に於いて各国が保有している小魔印はせいぜい三から七程度。
国際的とされる国家ですら十がせいぜいだ。
そんな中にあって二十八という数字は圧倒的である。
そしてその小魔印がクラスクの書いた手紙に押下されていた。
アルザス王国国王アルザス=エルスフィル三世に宛てた手紙に、我が町クラスク市をよろしく頼むという内容が記された手紙に押されていたのだ。
それはすなわち二十八もの国家が、クラスクを太守とするクラスク市をアルザス王国に認めよと迫っているに等しい。
それは通告である。
アルザス王国はクラスク市との交渉に対し善処せよという達しである。
なぜならクラスク市は既に五つを遥かに超える小魔印を有している。
即ち国際会議を『開催する権利』『参加する権利』そして『議決する権利』を有しているのだ。
魔印が押されている国家の殆どは小さな国で、その全ての国土を合わせてもアルザス王国一国の領土に満たぬかせいぜいどっこいと言ったところだろう。
だが『
一国一票である。
そして…その二十八という数は、バクラダ王国の保有している小魔印より、さらにはアルザス王国の保有しているそれよりも多いのだ。
いやそれどころか両国が保有している全ての小魔印から重複した相手国を引いた合計の数よりも多いのである。
それが何を意味するのか。
これまでアルザス王国はクラスク市との戦いを条件闘争だと認識していた。
なにせクラスク市がいかに力をつけようと所詮街一つである。
軍事力に於いて一国家に叶うはずがない。
今は北の魔族の相手や国土の瘴気を晴らすことが優先で全軍を差し向けられないだけで、戦えば勝つ。
即ち勝利は既に確定していて、ただどう勝つか、どこまで相手を譲歩させ、こちらに有利にその戦いを終わらせるかだけが問題だったのだ。
この認識は秘書官トゥーヴも国王エルスフィル三世も変わらない。
ただバクラダ王国の為にクラスク市を潰しておきたいトゥーヴと、バクラダ王国への防衛線とするため己の手駒にしたかったエルスフィル三世という立場の違いがあっただけだ。
だがクラスクの手紙により事情ががらりと変わった。
この手紙が意味しているのは以下のようなことだ。
・小魔印の保有数からクラスク市は既に国際的には国家と同等の資格を有している。
・アルザス王国との領土問題自体は未だ解決していないけれど、クラスク市側はその気になればいつでも国際会議を招集できる。
・その会議にクラスク市に与する各国が集まれば……国際的に、アルザス王国はその国土からクラスク市とその耕作した土地を正式な領土として割譲せよ、という議案が出され、そのまま賛成多数で可決しかねない。
無論それらは理想論であって、多くの国がクラスク市に賛同しているからと言って国際会議に出席してくれるとは限らないし、手放しで議決権を行使してくれるとは限らない。
だがそれでも、アルザス王国側が敗北する目が、ここに生まれてしまった。
エルスフィル三世は内心頭を抱えた。
これでは話が違う。
太守を名乗るクラスクを呼び出し、顔を合わせ、その人となりを知り、どういう条件で彼が折れるかを探るために提案した謁見だというのに、クラスク市側が一方的に国家として独立する目がでてきてしまった。
王国側からの召集の手紙を受けて、暗殺のリスクまで負ってのこのこと彼がやってきたのは、つまりこの切り札があったからに違いない。
これまでアルザス王国側はクラスク市に対し一方的に剣を構えて対峙してる状態だった。
勝利は確定していて、ただその剣をいつ振り下ろすか、そして相手のどの部位を斬り落とすかを吟味している処刑人のような状態だったのだ。
だが今は状況が違う。
剣を振り下ろさんと近づいたその刹那、相手が隠し持っていた
秘書官トゥーヴの方は国王以上に気が気ではないだろう。
なにせ国際会議でクラスク市の独立が認められてしまえば、自治都市として公式に認められてしまえば、バクラダ王国が出兵する理由が失われてしまう。
不法な占拠者相手の解放戦争ではなく、多数の国家に認められた国相手の侵略戦争になってしまう。
バクラダ王国が派兵する大義名分が今度こそ完全に失われてしまうのだ。
だが、国王には解せなかった。
人間族の国家は人間族以外の国家とあまり仲が良くなく、小魔印を交わしているケースは少ない。
だが彼らの領土に踏み込まぬ限り彼らが国際会議に出張ってくることはなく、ゆえにこれまでは大過なくやりすごしてこれたわけだ。
だが人間族と険悪、或いは疎遠な各種族は、例えばエルフ族とドワーフ族のように、彼ら同志でも仲が悪いのだ。
因縁浅からぬ、不仲な者も多い各種族。
それが皆、字の如くまるで判を押したようにクラスク市を認めているのだ。
ならばクラスク市は、そしてこの目の前のぼりぼりと頭を掻いている巨躯のオークは、一体どのような魔術妖術を用いてこの短期間にこれほどの国家からの信認を得るに至ったのだろうか。
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