第591話 それぞれの寝所で

「ツマリ太守大将ガ国王ダカニ喧嘩売レバ俺達ハソイツノ敵ニナルカラ始末サレル?」

「混ゼルナ混ゼルナ」

「太守カ大将カドッチカニシロ」


オークどもがアルザス王国の兵士に案内された宿舎で随分と物騒な会話を交わしている。

とはいえ彼らは別に政治の話が好きなわけではない。

なぜこんな話をしているのかと言えば…


「ドウ始末サレルカナ」

「攻メ手ハナンダロ」

「ドウヤッタラ反撃デキルカナ?」


…これである。


「タクサンノ兵士デ数押シカナヤッパ。ココ敵地ダシコッチハコレ以上増援呼ベナイシナー」

「デモコノ部屋扉ヒトツ。窓アルケド位置高イカラ出入リ不向キ。ドンナニ数来テモ扉ノトコデ一人ニナル。怖クナイ」

「「「ウン怖クナイ」」」


まず数押しは地の利で押し返せるから怖くないと結論が出た。


「ナラ不意打チトカ?」

「不意打チッテドンナダ」

「エーット寝テル間ニ闇討チ…?」

「闇夜デ困ルノ人間族。俺達夜デモ目見エル。闇討チ怖クナイ」

「ソウダッター」

「真ッ昼間ダト太陽眩シイ。俺達陽光少シ苦手」

「デモココ屋内ダシ窓ニ木蓋ツイテル。陽光怖クナイ」

「ソレモソウダナ」

「デモ不意ニ襲ッテクル危険ハアルナ」

「寝ルトキ当番制ニスルカ」

「賛成ー」

「俺モー」

「モー」


そして急襲に備え常に見張り番を立てる事となった。


「毒トカドウダロ」

「「毒カー!」」

「酒トカニ混ゼラレルト弱イナー」

「飲ンジャウ?」

「飲ンジャウ」

「「ダヨナー」」

「コレハ困ルナ」

「ドウスル?」

「俺達ニンゲンドモヨリ毒ニハ強イッテ話ダケドナ」

「比ベタコトナイカラナー」

「好キデ毒トカ喰ワナイシナー」

「……アレハドウダ。毒見」

「ドクミ?」

「交代デ飯食ッテ、先ニ喰ッタ奴ガ無事ナラ他ノ奴モ喰ウ。毒見役以外奴ノ飯ノ時間ガ遅レルガ」

「アー、イイナソレ」

「戦力ガ一人減ルノハ困ルケドナー」

「他ノ部屋ノ連中ニモ伝エトクカ?」

「部屋カラ出ラレルナラナー」

「後デ試シテミルカー」


そしてとうとう毒殺についての対策まで始めてしまった。


驚くべきことにこれはこの部屋のオークどもだけでなく、他の部屋に案内されたオーク達の間でも少なからず行われていた。


これはクラスクとミエが彼らに商用共通語ギンニムを教え込み、知恵をつけさせてしまった事に起因している。

かつて戦いと言えばいかに相手の首を落とすか、いかに相手を多く殺すかばかりにかまけていたオーク達が、クラスクの指導、キャスの教えなどを吸収することでいかに効率的に戦うか、いかに戦術的に戦うかと言った思考回路に切り替わっていったのだ。


彼らの部屋の前の廊下では見張りの兵士たちが緊張感を湛えた面持ちで巡回している。

オークを城内へ入れたことなど初めての彼ら(当たり前の話である)は、オークどもが騒動を起こさないかと気が気でないのだ。



とはいえ彼らが心配しているほどその宿舎に押し込められているオーク達は荒くれ者ではない。




ただ…単なる荒くれ者などより遥かに警戒すべき知的な戦闘狂の集まりなのだけれど。




×        ×        ×




クラスクは己が案内された部屋でどっかと床に座り込み、愛剣を軽く磨いていた。

放っておいても勝手に輝くその剣は、今やその輝きをいや増して部屋中に光芒を振りまいている。


一方でその輝きに照らされてなんとも面白くなさそうなのは壁に立てかけられているクラスクの魔斧である。

眩い光に強くさらされたその斧の影は、一見すると背を折り曲げ聖なる光に喘ぐ悪魔のように見えなくもない。


「そうぶータれルナ。次はお前もやっテやル」


クラスクの台詞に斧の影がまるで嬉しそうに背筋を伸ばしたかのように見えたが、それは単に聖剣の方の輝きが鈍って光の加減が変わったからに過ぎない。

……そのはずだ。


「ふう……」


クラスクは一息ついて額の汗を拭い、右手でその剣を頭上に掲げた・


燦然と輝くその剣の煌めきは目を細めなければまともに眺められるぬほどであり、その剣が機嫌がいいことを如実に示している。


どうやら御機嫌取りが上手く行ったらしいと肩をすくめたクラスクは改めて部屋を見渡した。


そこはいわゆる王宮の貴賓室であり、調度も皆立派なものばかり。

そして一人部屋だというのに相当に広い。

この部屋だけでクラスクの家がだいたい入ってしまいそうなほどである。


まあその場合問題なのはむしろ太守の分際で大人五人幼児三人を擁しながらその程度の大きさの屋敷で暮らしているクラスクの方なのかもしれないが。


「しかしお前ら仲悪イナ。もう少し仲良くデきんノカ」


鞘にしまった剣と壁に立てかけられた斧、いずれも別に声に出して喋り出したりはしない。

しなけれどそれぞれの刃から放たれる剣呑な雰囲気が互いの不仲を物語っていた。


特に彼の剣……“魔竜殺し”の方は自ら飛行する事が可能で、そこらの山賊風情程度なら単独であしらう程度の事はできる。

ただ持ち手である人型生物フェインミューブがいないと踏ん張りが効かないせいか、大きな相手と戦う際にはやはり人の手を借りた方がいいようだ。


それはともかくクラスクの台詞に剣と斧はそれぞれ無言のまま全力で抗議した。

…ように見える。


斧の方は不機嫌そうにその身を震わせ、剣の方は納められた鞘から出ようとしてはその都度クラスクに押し込められた。


まあ一方はオーク族の歴代の怨恨の体現とも言える呪いの斧で、もう一方が魔竜を退治せんと打たれた伝説の聖剣である。

込められたいわくも大違いなら性質も真逆。

仲良くできるはずないのである。


まあそもそもそれぞれの本来の役割を考えれば対立する立場にあるオークの狂戦士と人間族の騎士の手にでも持たれ、互いの血を求めて激しく刃と刃が打ち鳴らされるべき存在であって、その両者を同一人物が所有するなどという事は本来起こり得ないはずなのだけれど、なぜかクラスクは当たり前のようにその両者の主となってしまっていた。


それは彼が聖剣に選ばれる程の優れた人格と技量の持ち主であると同時に、闘争を求めるオークとしての本質を失っていないという非常に稀有な存在だからであって、余人ではなかなかにこうはいかないだろう。


「トもあれ明日はお前のお披露目ダ。あまりやんちゃハすルナよ」


クラスクがそう教え諭すとその白銀の剣はぐぐいと彼の手を押し返し鞘から半分その刀身を出して、しばらくそこに留まった後そのままクラスクによって大人しく鞘にしまわれた。

まるで、そう…



当然ですわ。誰に向かってものを言っていますの?



とでも言いたげな風である。


ともあれクラスクは明日の謁見に備え入念に準備を整えていた。

その準備が一段落したところで…今度は己の斧の手入れをはじめる。


斧の手入れは明日の準備には必要ない。

どう考えても呪われた斧を携えたまま国王に謁見できるとは思えないからだ。

思えないけれど…そうしておかねばその斧がへそを曲げてしまう。

ゆえに手入れは怠れない。


その聖剣を手に入れてしまった事で……

戦力やら武名やらはともかくとして、随分と扱いが面倒になったクラスクの得物事情である。



×        ×        ×



ごろん。

己のベッドの上に寝転がる。


アルザス王国第四王女エイレッドロは、ふかふかのシーツの上で物思いに耽っていた。


広めの部屋。

全体的にピンクの配色。

そして天蓋付きの見事なベッド。


総じて少女趣味に覆われたその部屋の寝室にて、大きなウサギのぬいぐるみを抱きかかえ彼女は独り悶えていた。


ぎゅ、とぬいぐるみを抱きしめて、ごろん。

ぎゅぎゅ、とぬいぐるみを抱きしめて、逆の方向にごろん。


ぎゅ、ごろん。

ぎゅぎゅ、ごろん。


ごろごろ。

ぎゅぎゅっ。

ごろごろ、ごろん。



「あー、もー!」



だがやがて耐え切れなくなって、少女はぬいぐるみを放り出してベッドの上で手足を大の字に広げる。


そして思い出す。

いやずっと思い描いている相手を思い出すとは表現すまい。


そう、もはや言うまでもなかろう。

彼女が想起するたびに寝所の上で悶え転がっている当の相手とは……







彼女の父である国王アルザス=エルスフィル三世に謁見しにはるばる遠方よりやってきた大オーク、クラスクその人であった。







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