第584話 鮮烈
クラスクと愛馬による人馬一体のコンビネーション。
その見事な牽制と回避は彼の眼前に混沌を現出させた。
騎士隊長二人の馬群に背後から突撃してきた第二騎士隊副隊長ドゥリューミューグ を突っ込ませたのだ。
慌てて手綱を引き急停止をかけるドゥリューミューグ。
ギリギリで隊長たちの馬に体当たりすることは防げたが、今度は彼の馬が壁となって隊長二人がクラスクへと近寄ることができぬ。
実に見事なクラスクの操馬と言えるだろう。
まあクラスクが操ったというよりむしろ
だが……今のクラスクの動きに一切動じない者がいた。
左後方から彼に迫っていた第一騎士隊副隊長ウッソアスムンである。
彼は剣を肩前で上方に構え、クラスクの動きを観察しながら接敵してきた。
ゆえにクラスクの馬の咄嗟の後退にも素早く反応し、僅かに馬首を向け直すことで最高速でクラスク目掛け馬を駆ることができたのだ。
一瞬、ほんの一瞬ドゥリューミューグより遅れて、彼は己の手にした刃をクラスクの左脇腹へと突き立てる。
いや……突き立てたはずだった。
鎧で覆われているとはいえ、馬の突撃速度と合わせれば十分なダメージが与えられる……はずだった。
「?!」
その時、彼の目の前で信じがたいことが起きた。
標的であるその巨漢のオークは腰に剣を差していた。
ただ彼は戦場に於いてそれに一切手をかけることなく、妙にねじくれた戦斧のみで応戦していたため。ウッソアスムンもその警戒を最小限にとどめていた。
このオークが≪早抜き≫などを得意にしている可能性はあったため完全に意識を切ることはなかったけれど、それでも過剰な警戒は不要だと判断したのだ。
なぜなら四対一というこの状況に於いて、剣が斧より得意、いや斧と同程度にでも扱えるのなら彼が剣を抜かぬ理由がないからである。
遠心力を利用して威力を上げるためその先端に比重と刃を備えつけられた斧は、それゆえ相手を打ち倒すには向いているものの攻撃を受けるには不向きである。
一方剣には長い刀身がある。
これは攻撃にも有用だが相手の攻撃を受けたり、或いは受け流したりと言った防御にも効果を発揮するのだ。
四対一となればどうしても攻めより守りを重視する戦いにならざるを得ない。
だからもしその剣がただの飾りでなくたとえ最低限でも使えるのなら、斧よりは剣を選ぶべきなのだ。
ゆえに彼はクラスクの腰の剣はただの飾りで、国王陛下にお見せするために持ってきただけなのだと結論付けていたのだが……
その時怒ったことは完全にウッソアスムンの想定を超えていた。
脇腹を狙った彼の長剣の一撃、それをその腰の剣が自ら受けたのだ。
まるで透明な何者かがそこにいて柄を引き抜いたかのようにその剣が勝手に鞘走り、自らその白銀に輝く刀身を抜き放ったその剣は、クラスクが抜くことも手に取る事もなく、勝手にウッソアスムンの長剣を半身抜刀状態で受け止めた。
そしてそのまま勢いのまま鞘から完全に解き放たれると、空中でくるんと回転してそのままウッソアスムンの掌の下、彼が握っている剣の柄との間へと己の刃を滑り込ませる。
翡翠騎士団は全員
鎖鎧の延長として当然腕には
だがその勝手に動いていた白銀の剣の柄を……のっそりと上体を彼の方向けたクラスクがががっしと掴んだ。
そして無造作に90度回転させる。
それは、いけない。
ウッソアスムンが剣を掴んでいる手と、その剣の柄の間に滑り込んだその白銀の刃が縦に回転し、彼の
そして次の瞬間、クラスクは己の手にした剣の切っ先で彼の手から離れた彼の剣の柄をコン、と上に跳ね上げた。
武器を奪い無力化したウッソアスムンを即視界から外し、ぐりんと高速で上体を回転させ前方へと向き直ったクラスクは、続けて己に背を向け必死に馬を御している翡翠騎士団第二騎士隊副隊長ドゥリューミューグが手にしている剣を斜め下から救い上げるように強く撃った。
馬を留める事に必死で背後からの攻撃に気づけなかった彼は、そのただの一打ちで己が手にした弾き飛ばされてしまう。
そしてクラスクが打ち込んだその剣は……彼の前方、第一騎士隊隊長ツォルム目掛けて高速で飛来した。
「ッ!!」
投剣の如く放たれたその一撃を素早く己の剣で跳ね上げるツォルム。
だがクラスクはその時既に次の攻撃に移っていた。
彼の前で馬を御そうとしていた第二騎士隊副隊長ドゥリューミューグは、クラスクに強引に剣を弾き飛ばされたことで態勢を崩し、思わず片手で握っていた手綱を強く引く。
彼の乗馬がそれに釣られるように大きく嘶き、前脚を上げて棹立ちとなった。
クラスクはそれを好機とばかりに己の体勢を低く、低く。
ドゥリューミューグが乗っている馬、その臀部。
その脇から放たれた伸びあがるような長剣の一撃がドレゴムの右手首を強打する。
だが巨漢と怪力で馴らしたドレゴムは、クラスクの一撃を受けてなお己が手にした戦槌を未だ放そうとしない。
真上からクラスクの顔面を打ち砕いてやろうと戦槌を大きく振りかぶって…
そして、手にした戦槌がすっぽ抜けた。
「な……っ!?」
一瞬遅れて彼の耳に届いたのは激しい金属打音。
彼が戦槌を振りかぶっている上から放たれた音だ。
そこには斧があった。
クラスクが放ったのは剣だけではなかったのだ。
その大男の武器は簡単には落とせぬと、クラスクは真下から一気にすくい上げるような長剣の一撃でその手甲を強打して、握力が弱まった一瞬を見切り戦槌の槌部分を逆の手で持った斧でかちあげたのである。
戦槌は長い柄の先端に重い頭部を乗せて打撃力を上げた武器だ。
つまり戦槌の上部には「ひっかける」場所がある。
クラスクはそれを利用した一瞬にして戦槌を跳ね上げたのである。
通常ならばドレゴムが上に構えた戦槌のさらに上部にある頭頂部に攻撃を加えられる者などいない。
巨漢たるクラスクだからこそできた大技である。
そして……クラスクは伸びあがった勢いそのままに大きく右足を伸ばすと、あろうことか己の前で棹立ちになっているドゥリューミューグの馬の尻にその右足をかけた。
そしてそこを足場にドレゴムへの一撃のために真上に振り上げた大斧を、今度は大上段から隣のツォルム目掛けて振り下ろす。
つい先ほどドゥリューミューグの剣を強引に打ち払ったツォルムは、そのせいで態勢が一瞬崩れていた。
その隙を突かれた格好である。
ツォルムはそれでもその斧の一撃をがっきと受け止め、凄まじい膂力と重量に必死に耐える。
だが……耐えた時点で彼の命運は決まっていた。
クラスクが斧を握る力を一瞬だけ弱める。
真上から振り下ろされた凄まじいい一撃に必死で抗っていたツォルムの剣は、上からの圧力が突然なくなったことで一瞬真上に突きあがった。
その下を、一撃。
クラスクがツォルムの剣の柄下を長剣の切っ先でとんと押し込むと、そのままぶうんと力任せにその剣を上に振りぬいた。
掛けていた足を戻し、スッと己の馬に戻るクラスク。
彼が剣についた血でも払うかのようにその白銀の刃を下に振ると……
まるでそれが合図かのようにの宙を舞っていた戦槌が地面にごんと落下して……
その一瞬後、三本の剣が次々と地面に突き刺さった。
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