第582話 翡翠騎士団対太守クラスク
「そうダナ……貴様ら、誰デモイイ。四人ダ。四人デ俺の相手シロ。真剣デイイ」
「なにぃ……?」
「もし俺がお前らに屈すルトコあればこの娘は大人しく引き渡す。ダガ俺が満足デきなかっタ時ハ……」
ニィ、と歯を剥き出しにして傲岸不遜に
「わかっテイルナ。オークの流儀ダ」
「貴様ァ……っ!」
少女の身に起こるあられもないことを一瞬想像し、激高した騎士共が一斉にクラスクに襲い掛からんとする。
それに応じて瞬時に臨戦態勢を整えるラオクィクと配下のオークどもだったが、クラスクはそれを片手で制した。
有象無象の騎士共は確かにそういう反応をするだろう。
だがそれをよしとしない『層』がいるはずだ。
少なくとも七人いる。
「待て」
静かな、けれど凛とした声。
その言葉を聞いて騎士たちの動きが一瞬で止まる。
そして馬を脇にずらしながら、その声の主が前に出てくるのを待った。
「四人と言ったな。その人数の意味は?」
現れた騎士は三十台前半といったところだろうか。
常に眉根を寄せているためどうもずっと難しい考え事をしていそうというか、目の前の相手をどう処断してくれようかと考えているように見える。
「? ハンデダロ?」
「そうか。死を恐れぬのはオーク族ゆえか」
クラスクの挑発に乗ることなく、長剣を抜き放つ。
「では私が相手をしよう。我が名はツォルム。ウッソアスムン、出でよ」
「ハッ!」
ツォルムと名乗った男の命に従って騎士がもう一人馬群の中から現れた。
こちらも三十台中ほどの人物で、やや痩躯で片眼鏡をしている。。
ただ体形のわりに隙のない身のこなしで、表情はまるで能面のように動かない。
彼らが前に出たことで騎士たちがおお…とどよめいた。
クラスクは周囲の騎士達からの強い信頼が目の前の二人に集まってゆくのを肌で感じる。
「知っテルカ」
「知ってるも何も第一騎士隊の隊長さんと副隊長さんよー!?」
小声でエィレに耳打ちし、エィレがわなわなと震えながらこれまた小声で返す。
その光景を見て僅かに眉をしかめる翡翠騎士団第一騎士隊隊長ツォルム。
「お前が出るなら俺も出ようかね。四人必要なんだろォ?」
「……そうだな」
「この面子なら俺も参加していいですよね? 隊長?」
「まあそうなるな。ガッハッハッハ!」
他の騎士たちに比べやけに大柄な
そしてその横にこちらは少々小柄な若者が剣を抜きながら馬を合わせてきた。
「フム。今度のも悪くナイジャナイカ。なかなか粒揃イダナ」
「粒どころじゃないってばー! ドレゴムさんとドゥリューミューグさん! 第二騎士隊の隊長さんと副隊長さんだよー!?」
感心したように顎を撫でつけるクラスクに小声で最大限の警鐘を鳴らすエィレ。
このオークは彼らの圧倒的な強さを知らないのだ。
でもいくら言っても耳を貸してくれそうにない。
(あそっか、みんなは私を取り返そうとしてるんだから……)
その時エィレは妙案を思いついた。
そしてクラスクも同じ考えだろうと推測した。
彼らが激昂しているのはクラスクの騎馬の鞍上エィレが乗っているからで、この国の王女がオーク族に酷いことをされないかと危惧しての事である。
だがこの状況でいくら説明しても納得してくれるとは思えない。
クラスク側が挑発したのもあって戦闘は避けられないだろう。
だが彼らの目的はエィレの奪取である以上、彼女自身を傷つけるような攻撃は控えるはずだ。
つまりクラスクが攻撃を受けそうになったら自分がここから身を乗り出して両手を広げ、そう、襟首を掴まれてひょいとつままれて……
「……あれ?」
クラスクに右腕一本で軽々と摘まみ上げられたエィレは、そのまま隣のラオクィクの馬の背に乗せられた。
「下がッテロ」
「イイノカ」
「問題ナイ」
相手側から出てきたのが思った以上に強そうだと肌で感じたラオクィクが助勢とばかりに駒を進めてきたが、クラスクに制される。
というか相手が求める少女を己に預けるという事は、戦闘に参加せず彼女を護れという事だ。
ラオクィクはこれ以上抗っても詮方なしと察してそのままオーク兵たちのところへと戻る。
(なんでぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~?!)
当てが外れたのはエィレである。
子の戦力差を考えればクラスクは自分を盾にして戦うべきだと思い、クラスクも同じことを考えていたからこそこんなハードルを上げたのだと思っていたのに、ここで馬上からどかされたら戦いの推移を祈りながら見守ることしかできないではないか。
「安心シロ。戦イの最中にハ何もさせン。遠慮せずかかっテくルトイイ」
「場合によっては五体満足で国王陛下に謁見できぬかもしれんが」
「その時ハその時考えル」
「そうか……では」
第一騎士隊隊長ツォルムがくわと目を見開いた。
「「「「覚悟!!」」」」
四人並んで横列による一斉突撃が敢行された。
全員
騎兵槍は3~3.5ウィールブ(約180cm~225cm)ほどの長い槍で、揺れる馬上で相手に正確に命中させるため腕でがっちりとホールドする。
そのため騎兵槍で突撃する際必ず片腕は塞がってしまう。
残った片腕は通常馬を操るために使うか大盾を構えて相手の騎兵槍による攻撃を受け流すために用いる。
『受ける』ためではない。
互いに突進する騎馬の速度を合わせた威力の騎兵槍を盾一つで受け止められるはずがない。
まともに受ければ最悪肩が吹き飛び残りの五体…いや四体だろうか…が空を舞って墜死しかねないからだ。
だが彼らは全員残った腕で抜剣しており、盾を構えてはいない。
これはクラスクが背後のオーク兵どもと異なり
つまり守りを重視する必要がないから全員攻撃に全てを傾けているのである。
騎士達から見れば、この時点でほぼ勝負は決まったと言ってよかった。
互いに飛び道具のない状態であれば武器のリーチがものを言う。
クラスク側が
さらに互いに馬上で、空を飛んだり地に伏せたりはできぬ。
クラスクがその場で迎え撃たんとすれば正面の隊長二人…即ち翡翠騎士団第一騎士隊隊長ツォルムか第二騎士隊隊長ドレゴムのいずれかの騎兵槍に刺し貫かれる他ないし、横に逃げようとすればそれぞれの騎士隊の副隊長、ウッソアスムンかドゥリューミューグ の騎兵槍の前にその身をさらすこととなる。
そして馬首を騎士団連中の方に向けている以上後方には逃げられぬ。
つまり詰みである。
その場にいた騎士団の連中全員が確信した。
そら、考えなしの愚かなオークが挑んだ無謀な勝負の結末があっさりとつくぞ、と。
「
だがクラスクは特に慌てた様子もなく己の愛馬の頭部をやさしく撫でる。
彼の愛馬はそれを合図とばかりに己に向かって横並びに突撃してくる同族たちの方へ顔を向け、その眼をぎんと見開き睨みつけた。
「ブッヒヒヒヒヒン!!」
「「「「ヒンッ!!?」」」」
突然、馬たちの軌道が変わった。
「ッ!?」
「おい、どうしたドリュー!」
「何があった!?」
口々に叫ぶ鞍上の騎士ども。
だが彼らが自在に操っていたはずの騎馬達は、まるで二股に裂けた川のように進路を変え、クラスクの目の前から左右に散った。
クラスクの愛馬は一歩も動かない。
その鞍上のクラスクもまた微動だにしない。
だというのに、必殺のはずの陣形を敷いた騎士たちは……まるで預言者に断ち割られた海のように自ら左右に避けて彼の進路を広げていったのだ。
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