第574話 見定める
「ソウイエバクラスク」
「ナンダ、ラオ」
「オ前ナンデ聞カナカッタ」
「何ヲダ」
「ココノ親玉ノコトダ」
「……ああ、キャスからカ」
「そうダ」
予定より若干早い行軍のためあまり急ぐ必要がない。
ゆえにラオクィクは少し馬を急き立てクラスクと馬首を並べた。
「ココノ親玉一番知ッテルノハアイツダロ」
「そうダガ……ドうイウ人物カハ俺ガ見定めル」
「ム……?」
親玉、というのはこの国の国王アルザス=エルスフィル三世のことだろう。
一国の王に対して随分と無礼な口の利き方だが、ラオクィクもクラスクもそこは一切気にしない。
オーク族に対し権力や肩書は一切の圧力になりはしないのだ。
それは己の部族の族長相手ですら同じである。
オーク族にとって族長が絶対であるのはただひたすらにその強さと指導力あってこそであって、族長と言う肩書きに対する者ではないのだから。
「キャスは元この国の騎士団の所属ダ。ドうシテも視点ガ偏ル。偏っタ視点ノ話を聞イテ相手を見れバ偏っタものの見方になル。ダからあえテ聞かなかっタ」
「ナルホド」
クラスクの言い分を理解し、ラオクィクはしばし押し黙った。
これまで彼女…キャスの口から語られてきたこの国のボス…国王評と、アーリが集めてきたこの国の内情などを総合的に判断すると、彼は優れた統治能力と外交能力を有した人物、ということになる。
他国を攻め滅ぼし併合し肥大化していった軍事大国バクラダ。
このアルザス王国成立の過程で、巨大な盆地の内に広がる荒野を開拓したのちに現出するであろう広大な耕地……その大量の食糧庫をどうあっても軍事大国に与えるわけにはゆかぬ、そんなことをすれば次の標的は自分達になりかねぬと、他国が協力して楔を打ち込んだ。
それが現在のこの国の宮廷の構図である。
すわなち国王以外の国の重責を担う者達……大臣や秘書官など……は代々他の国から派遣された者達であり、彼らの合議によってアルザス王国が運営されている。
この地から北方の『
それがこの国の政治の裏に潜む闘争の正体なのだ。
バクラダ王国に不利なその条件を、彼らは最終的に受け入れた。
なぜならこの国の王を彼らの手で選出できたからだ。
バクラダ王国の貴族の一人を新たな王国…アルザス王国の国王に据えさえすれば、囀る武官文官どもなど時間をかけて排除してゆけばいい。
当初はそんな目論見だったはずだ。
だがアルザス王国国王となったアルザス一世は、バクラダからの独立を望んだ。
そしてそれは歴代の…と言っても未だ三代しか続いていないが…国王全てに共通する野望であった。
無論表立ってそれを宣言したことはない。
立場上国王はバクラダに任命された元バクラダ貴族であり、バクラダ王国には知己も縁戚も多いし、バクラダ王国との友好を謳ってはいる。
彼らの申し出も表向きは乗り気なように見える。
ただもし国王が親バクラダ派なら、とっくにバクラダ王国がこの国を攻め滅ぼし併合する準備は整え終えているはずなのだ。
だが建国より五十年、バクラダ王国の計画は遅々として進んでいない。
流石にここまでくればバクラダ側だとて気が付いている。
アルザス王国国王の目的はバクラダ王国からの完全な独立であり、そのための時間稼ぎとして友好を装っているだけなのだと。
無論のことバクラダ王国はそれをよしとせず、自国に隣接している小国ディスティアの代表である歴代の秘書官を己の手駒として操り、国王に圧力をかけ続けている。
つまりアルザス王国の宮廷は以下のような勢力図を描いている事となる。
一つ、この国の開拓を進め瘴気を晴らす点に於いて、宮廷の者全ては協調する。
二つ、アルザス王国北方の『
三つ、バクラダ王国からの要請や要望に関しては、表向き国王及び秘書官がそれを推し進めんとし、それ以外の宮廷の全ての者がそれに反対する。ただし実際には国王は反バクラダ派であり、自分が表向き進めようとしているその案件をどうにかして頓挫させようと画策する。
四つ、上記以外の国政に関しては、宮廷の者はそれぞれ己を派遣した国家にとって最大の利益となるように動き、必要とあれば他の勢力と共闘、或いは反目する。
これらの面倒な勢力図の中、現国王アルザス=エルスフィル三世はのらりくらりとバクラダ王国の要望を跳ね除けることなく、けれど巧みに聞き流しながら国内の開拓を推し進めてきた。
各国の利益を求める大臣たちとも協議しながら、闇雲に彼らを否定することなく、相手国にも利益がもたらされるように、けれど同時にそれが自国への利益にも繋がるようにと腐心している。
相当に優れたのバランス感覚の持ち主でなければできぬことと言っていいだろう。
ラオクィクはそれらの事を総て把握しているわけではない。
ただクラスクやキャスの話を円卓で聞いて、大隊長として大まかな流れを理解しているだけだ。
ただ…だとしてもラオクィクはクラスクの言い回しがやや気になった。
「見定メル、ッテ言ウノハドウイウコトダ。『倒ス』カ『仲間ニスル』カ会ッテ決メルッテコトカ」
「ダイダイ合ッテル」
ラオクィクの言葉にクラスクは大きく頷いた。
とはいえここはアルザス王国の王都ギャラグフのほど近く。
この地の於いて彼我の勢力の差は圧倒的である。
なにせクラスクらは騎兵隊を五十騎ほどしか連れていない。
全員幾つもの戦地戦場を潜り抜けてきた猛者共ではあるけれど、王国軍総出で囲まれたらすり潰されてしまうだろう。
だというのにクラスクもラオクィクも戦闘を選択肢から消していない。
厳しい戦いになるとしても、圧倒的な戦力差だとしてもなにかやりようはあると考えているのだ。
このあたりの感覚をアルザス王国側は検知できていない。
これだけの圧倒的な戦力差があるのだし、向こうもオークとしては理性的なようだから不用意に暴れ出したりしないだろう、という認識でいる。
無論オーク族相手なのだから警戒自体はしているが、それは万が一のことと考えているのだ。
だが万が一どころではない。
百に一…いや状況によっては十に一くらいはオーク達には暴れ出す用意と準備がある。
そのあたりは種族性の差であり、オークと交渉を持ったことのない王国側の認識不足と言っていいだろう。
まあそもそもクラスクより以前に交渉可能なオーク族がまずいなかったのだけれど。
「タダ『仲間ニスル』ッテのハナイナ。向こうハあくまデこっちより上の立場ダト思イ込んデル。『仲間にナル』ナらあルかもしれんが」
「! ……コノ国ニ降ル気カ!?」
驚いて目を剥くラオクィク。
その答えは完全に予想外だったらしい。
「俺トしテハあの街が残れバそれデイイ。税を納めロッテ言うなら幾らデモ余裕ハあル。この国の王様トやらの落トシドコロもそんナものダロ。ただ街が残っテモ制度を残せナイんじゃ意味ガナイ。そのアタりのコトドう考えテルか、信用デきル奴なのカ、今回デ確かめル」
「ソウイウコトカ…」
ラオクィクは感心して大きく口を開けた。
クラスクは悠然と手綱を握り、一路王都を目指す。
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