第571話 物騒な雑談

「シカシ広イナーコノ麦畑」

「ソウダナー」


小声で語り合うオークども。

まあ混合農法の有用性についてはあまりピンと来ていないようだが、その後はだんだんと彼らの専門分野の話へとシフトしてゆく。


「コンダケ奪エタラ『仕切リ』ニナラナクテモイッパイ分ケ前モラエソウダナー」

デモ腹イッパイ喰エソウダ」

「俺ハ米ノガイイナー」

「「ソレハアル」」

「早ク家ニ帰ッテ米喰イタイ」

「オムスビー…」

「銀シャリトツケモノ…」

「米ノ酒……」



……もとい、ため息をつきながら妙に文化にそぐわぬ郷愁に囚われていた。



このやや風変わりな感想は彼らの長年の食生活に起因している。


オーク族が村々を襲撃して収穫物を奪う際、大概の麦はそのままの麦束か或いは長期保存のための天日干しの最中か、もしくは製粉された小麦粉の袋として入手される。

小麦を干すのは〈保存ミューセプロトルヴ〉の奇跡を教会の頼めるほどに余裕がない場合、少しでも対象から水分を減らすことが長期保存に有効だからだ。


だが麦を麦粒のまま手に入れてもそのままでは食べられない。

煮ても硬いしそもふやかしてもあまり美味しくない。

麦が真価を発揮するのは製粉後にパンや麺などに形状を変えた後の話だが、彼らオーク達は手にした麦をそのように加工する知識や技術を持ち合わせてはいないのだ。

パンなどが手に入れられれば最高だが、そうそう都合よく彼らが満足する程の大量の製パンが田舎にあるはずもない。


一方で米は精米すればそのまま煮て食べられるし、炊けばさらに美味しく食べられる。

いやそもそも精米しなくても玄米として煮炊きしてそのまま食べることが可能だ。

のである。


これは別に米が麦より優れている穀物である事を示すものではないが、少なくともオーク族にはそのが受けた。

手に入れればいちいち水車小屋などで粉にしてさらに加工するなどという面倒な手続きはいらず、すぐにそのまま食料として使う事ができる。

なんと便利な食べ物だろうか。


…というか、森の中の集落で暮らしていた当時の彼らは、そもそも小麦が粉になることもその粉がパンになることもよくわかっていなかったのだが。

そんなわけでミエが栽培を始めた米はオーク族を中心に瞬く間に広まり、定着していった。

栽培しているのは現在クラスク市のみだが、問い合わせ自体は各地から相次いでいる。


ミエは製法などについては素直に全部公開しているため、現在各地で米の栽培についての試行錯誤が始まっているらしい。

とはいえ高温多湿を好む米は乾いた盆地であるこの地域にはそもそも栽培不適穀物であり、ミエのような力技でも使わない限りなかなかにその定着は難しいだろうけれど。


なお最近は米の特性や適正環境などについて記された書物が製本され、各国各街が飛びつくように買っていったという。

商売繁盛に次ぐ繁盛でアーリンツ商会会長兼盗族酒場統括であるどこぞの猫獣人の高笑いする姿が目に浮かぶようだ。


「シカシココハ敵ノ本拠地ダゾ」

「オイ敵ッテイウトラオ隊長ガ怒ルゾ」

「敵ジャン」


小声で話しつつ徐々にヒートアップしてゆく議論。


「騎士団ガ討伐ニ来タラドウスル?」

「俺マケナイ!」

「俺モ!」

「俺モ!」

「俺モ負ケル気ハナイケドサー」


話がそれ以上進まず腰に手を当てて少し考え込むオーク騎兵。


「ソウダ、ジャアココノ麦奪ウノハ相手ノ兵糧ヲ減ラスタメト考エロ」

「ソレデモ戦ウ!」

「イヤソレナラ話違ウ。戦ッテ怪我人死人出スヨリ無傷ノママデタクサン麦奪ッタ方ガ得!」

「「ナルホドー」」

「ダカラココハ逃ゲノ一手ダナ。逃ゲテマタ別ノ場所デ奪エバイイジャン」

「「ナルホドー」」

「クラスクノ大将ミタイナコト言ウナー」

「ソウカナ…ウエヘヘヘ」


オーク一人の意見に他のオークどもが瞳を輝かせる。

その口調からどうにも『面白そう!』『やってみたい!』のような心根の者が少なからずいるようだ。


なんとも物騒な会話だが、同時に遠くで手を振る村娘に笑顔で手を振り返したりもしている。

クラスク配下のオークどもは見た目に寄らずなかなかに芸達者のようだ。


「追ッ手ハ誰ダヨ」

「都カラコノアタリマデ派遣サレルナラ馬ニ乗ッタ奴カナー」

「「騎士カー!」」

「機動力アル。騎兵槍ランス強イ。厄介ダナー」


すっかり王国の騎士団を仮想的に対処を考え始めるオークども。


「ドウヤッテ逃ゲル?」

「アイツラ馬乗ルノ上手イカラナー。騎馬同士ダト追イツカレルカモ」

「…馬ハ悪路ニ弱イ」

「悪路ナンテドコニアルンダヨ。ズット街道続イテルゾ」

「俺達ノ左右ニズット広がッテルダロ?」

「「麦畑カー!!」」


おお、と感嘆の声が響く。


「俺達ノ馬ハ荒野走ル訓練シテルシ畑ノ中モ慣レテル。麦畑ノ中全力デ四方八方ニ散レバ……」

「「「面白ソウ!!」」」


すっかり興奮して盛り上がっていた彼らは…いつのまにやら前にいたはずの騎馬が彼らの斜め前方まで速度を緩め降りてきている事に気づかなかった。


「オ前達。ソウイウ話ハモット小サナ声デヤレ」

「「ラララララララララオ大隊長!!!!」」


ラオの一瞥にすくみ上った彼らはたちどころに口を針糸で縫い合わせたかのように押し黙った。

無論クラスク市の兵はすべてクラスクの配下ではあるけれど、実際にはクラスクの直下にラオクィクがいて、彼がオーク兵全ての統括を務めている。

それゆえにラオクィクの言葉は彼らにとって絶対なのだ。


「……止メナカッタガ、イイノカ」

「構ワン。ヤラセテオケ。暇ナンダロ」


再び馬足を速めクラスクの隣まで戻ってきたラオクィクが念のため再確認し、クラスクは小さく頷いた。

はしゃぎすぎには釘を刺すけれど、ああいった会話自体を止める気はない、というわけだ。


メナクテイイノカ」

「アア。オーク族の長所ダからナ」

「長所……?」


クラスクの言葉にラオクィクが怪訝そうに首を捻る。


クラスク市は文化的な街である。

オーク族生来の攻撃性は平和裏な文化文明にはそぐわない。

長所というよりむしろ矯正すべき短所なのでは…とラオクィクは思っていたのだ。


「有事の際の覚悟ト対策を常に怠らナイのはイイ事ダ。それがオーク族の本能ナノカ教育ナノカハこれからワカル」

「コレカラ」


鸚鵡返しに呟くラオクィクを前に、クラスクは大きく頷いた。


「これからダ。俺達の街デ生まれたオーク達ハ戦争も襲撃も知らん。平和な街に生まれ育っタオークがそれデモ戦イを好んデ優れタ戦闘勘を発揮するかドうかはこれからわかル」

「……!!」

「ああしタ考え方ハ貴重ダ。オーク族の強味ダト思ウ。ダカラ戦イを知ル世代ハ大事にシタイ」


ラオクィクは瞠目した。

彼が普通のおしゃべりとしか思っていなかった彼らの雑談に、クラスクはそこまで見だしていたのだ。

そして今後そうしたオーク族の戦闘勘が平和な街で育つことによって失われてしまうかもしれないことを危惧している。



これが上に立つ者の考えなのだろうなと、ラオクィクは素直に感嘆した。

まあ彼自身もそうした立場にいるはずなのだけれど。



「トこロデラオ」

「なんダ」

「お前今回は俺の護衛ダヨナ」

「そうダナ。キャスノ代役ダ」

?」



クラスクの言葉に……ラオクィクは小さく頷く。






「俺達ヲ……奴ガイルナ」








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